第4話 おっさん、異世界を受け入れる

 ■中央ゴレムス暦1582年5月25日 ヘリオン平原 アウレア軍本陣


 中央ヘリオン平原には、いくつもの軍が展開していた。

 この辺りの地理はこうなっている。

 ヘリオン平原を中心に西から南にかけて山岳地帯が広がり、その麓は深い森林地帯となっている。北東には低い山々が連なっており、その麓にも森林がある。

 平地が続いているのは北西方面と南東方面で、アウレア大公国は南東側に通じている。西ヘリオン平原付近はラグナリオン王国によって開拓され、発展中であり、北東の低山地にはバルト王国の砦が築かれており、実質的な国境線になっていた。

 今のところ、中央ヘリオン平原は空白地帯となっている。


 今回の戦いはバルト王国がヘリオン平原全域を抑えるべく動いた結果である。

 両国は隣国であるアウレア大公国に加勢を頼んだが、アウレア軍はおっさんの判断で緒戦でラグナリオン王国軍側として参戦し現在に至る。


「ここに来て睨み合いかよ」


 ヘリオン平原に陣を張って1か月ほど経ってしまった。

 おっさんは思わず愚痴を漏らしていた。

 兵力で負けているアウレア・ラグナリオン連合軍であったが、ラグナリオン王国側に攻める気がないらしく、強固な陣地を造って討って出ない引きこもっているため、本軍の到着後もバルト王国軍との対峙が続いているのだ。

 アウレア・ラグナリオン連合軍が一八○○○(内アウレア大公国軍が一五○○)。

 バルト王国軍が二○○○○。


 緒戦で先軍が破れていなければ、バルト王国軍も動いていたかも知れない。


「仕方ありませんよ。先軍があそこまで壊滅的被害を出したんです」

「まぁほとんど殲滅されたようなモンだからな」


 おっさんは、あれから色々考えたが自然体だらだらするのが一番と言うことで部下が接しやすい自分の好きなように話すことにしたのである。


「補給はどうなってる?」

「補給?ですか……? 糧食はまだ半月は大丈夫でございますよ?」


 ノックスが何故か首を傾げながら返事する。

 頭の上には?の文字が浮かんでいた。


「半月ねぇ……」


 おっさんは遠い目をする。

 周辺の情勢とアルデのことを聞いた後、ようやく実感したのだ。

 ここは異世界なのだと。

 日本から違う世界へ来たのだと。

 少なくとも地球上にこんな国名も土地も紛争もない。はずである。


 決定的だったのは、目の前に半透明なボードが出現したことだ。

 そこに書かれていたのは大体こんな感じであった。


名前ネームド:アルデ・ア・サナディア

称号インペラトル:軍神

指揮コマンド:☆☆☆☆☆

所属アフィリエ:‐

個技ファンタジスタ:猛将の神髄(参)

戦法タクティクス:軍神の加護(肆)、赤備突撃(参)、車懸りの陣(弐)

等級オーダー初心者ビギナー(P)


 「このSFすこしふしぎ感、嫌いじゃないぜ。

  だが、ここまで書くなら、ついでにステータスも書いてくれよ。

  必要なのは数値戦いは数だよ兄貴!!」


 おっさんは痛む頭を抱えながらそう思ったのであった。


「問題はこう言う【戦法タクティクス】を敵さんも持ってるか?ってことなんだよな」

「何かおっしゃいましたか?」

「いんや? べっつに~」


 見た感じだとゲームっぽいのだが、ここがゲームの中の世界なのかと言われれば、うーんとうならざるを得ない。この手の歴史シミュレーションゲームや戦国ゲー、三国志ゲーなどは結構な数をこなしてきたと言う自負無駄がおっさんにはあった。

 最近のゲームにこんな世界観のものはない。たぶん。


「気になったんだが、本国は大丈夫なん?」

だいじょばないです大丈夫じゃないです

「こらッ! ドーガッ……閣下に何たる口のきき方だ!」

「あ、いーよいーよ。側近だけだから」


 おっさんのお気楽な言葉にノックスはしかめっ面を作るが、仕方ないと言った感じで口を閉じた。

 流石は最年長、度量が広い。


「で、どうなの?」

「本国はほとんど空も同然ですな。各都市には幾らか兵はおりますが」

「は?」


 おっさんは思わず聞き返していた。

 しかも言葉の後ろに(威圧)と付きそうな勢いだ。


「いやいやいや。マズいでしょ? それ」

「今、首都アウレアにいるのは大公陛下を守護する近衛兵三○○程度ですぞ」

「それ本能寺される炎上するんじゃないのか……」

「ホンノウジ? それはどう言う意味ですか?」


 ドーガが予想外に喰いついてくるがスルーしておく。

 よくよく考えると、主君の顔すら知らないんだが、それはそれで問題あるなと思うおっさんである。忠誠心が一番低いのはおっさんかも知れない。


「俺が燃やすんじゃないよな……」


 おっさんは1人、不安になっていた。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年5月26日 ラグナリオン本陣


「何故、攻めぬのですか!」


 西ヘリオン平原にある本軍陣地ではノルノー・ラ・スノッフ男爵が総大将レイム・ラ・ダック中将に喰ってかかっていた。彼は貴族でもあり、爵位は侯爵である。


「私は先鋒を任されたのですぞッ! それなのにいつまで待機命令など……」

「貴殿が緒戦でバルト王国軍を壊滅に追い込んだのは聞いている。素晴らしい戦果ではないか?」

「お褒めに預かり光栄です。しかし今こそヘリオン平原を手中に収める好機では?」

「本国の方針は現状維持だ。今回の軍事行動はバルト王国軍が侵攻の動きを見せたから起こしたに過ぎない」

「穀倉地帯になり得る土地を前に指を咥えて見ているだけと言うのも酷な話では?」


 ダックはハァーっと大きな溜め息をつくと疲れたような目をスノッフに向けた。


「この平地を抑えるためには、南東山地にある国境沿いの砦まで落とす必要がある」

「ぐ……」

「北西のガヴァリム帝國に動きがある。裏で繋がっている可能性も否定できないし連動して攻めて来られたら厄介だ」

「しかし……アウレア大公国の助力があれば……」

「くどいッ! あんな小国に何が出来ると言うのだ? たかが昔、大国だっただけ過去の遺物ではないか」


 流石に総大将にここまで言われては引き下がらざるを得ない。

 悔しさを滲ませながら自陣へと戻ろうと部屋を出る。


 ノルノーはスノッフ家の次男として生まれた。

 優秀な兄の存在によって陰の立場を痛いほど味わってきた経験がある。

 その兄が事故死したため、後継ぎの座が転がり込んできて今があるのだ。光を追い求める気持ちは人一倍強かった。


「クソがッ……必ず見返してやるッ!」


 ノルノーは隠居した親はもちろん、男爵家に仕える者全てに目に物を見せてやるつもりで強く吐き捨てるように呟いた。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年5月27日 バルト王国 ヘリアラル砦


 バルト王国の国境付近にある砦内では兵士たちが暇を持て余していた。

 3人は見張り用の尖塔で座り込んでおしゃべりに興じていた。


「なぁ、本国からここまで出張でばって来てなーにやってんだ?」

「あーそれな。布陣して睨み合いが続いているらしいな」

「ま、お陰で俺らが後方になったんだからいいじゃねぇか」

「わざわざご苦労なこって」


 女三人寄ればかしましいと言うが男でも同じようである。


「おーい。見張り交代だ。お疲れさん」

「あ、兵士長、お疲れ様です。お先です」


 兵士長を含めた3人と交代した3人組は、そのまま食堂へと直行した。

 どうやら話は終わらないらしい。

 食事を取ってテーブルに着くと、すぐにまた会話が始まった。


「てか先陣切った連中は連合軍に殲滅されたんだろ?」

「ほぼ、な?」

「一応、逃げ込んできたヤツらがいたじゃねーか」

「ああ確かに。でもまさかアウレア大公国が向こうにつくとはな」

「ま、いいんじゃね? あんな小国なんか楽勝だろ」

「でもその小国が参戦したせいで壊滅したんだろうが」

「それもそうか……」


 場に沈黙が降りる。


「でも何で潰さないんだろうな。今の内に潰しちまえばいいのに」

「あれ? 今攻めどきなんじゃねーの?」


 すぐに破られた静けさは、ふらりと姿を現した男の一言によって再び訪れた。


「面白そうな話だな。続け給え」


『ッ!?』


 その姿に3人は絶句して固まる。


「ブラントゥ伯爵閣下ッ!? 失礼致しました!」


 我に返った1人は立ち上がって敬礼の姿勢を取る。

 バルト王国の敬礼は右手を左胸に刺繍された国旗に当てると言うものだ。

 遅れて残りの2人も後に続く。


「それで今が攻めるときだとか聞いたんだが?」


 ブラントゥは皆に座るように促すと、自らも席に着いた。


「はッ……。現在、アウレア大公国の主力がヘリオン平原にいると耳にしました。彼の国は小国であります。今なら公国には兵がほとんどいないでしょう。故に我が国が侵攻すれば容易く落ちるかと考えた次第であります!」

「ふむ。確かに一考の余地はある。君、名前を言い給え」

「はッ! 私はヘリアラル砦、第3軍団所属、ジェラード一等兵であります」


 ヘリアラル砦はもちろん、国境付近にある砦の名前である。

 第3軍団を率いるのはブラントゥ伯爵なのでジェラードは彼の軍団に所属していることとなる。

 ブラントゥは3人から離れるとポツリと呟いた。


「アウレアか……。少しばかり歴史のあるだけの小国だが、潰す価値はある」

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