第2話 おっさん、戦場を駆ける

 竜騎兵、五○○がバルト王国軍の左翼に向けて突き進んでいた。

 先頭になって軍を率いるのはもちろん、おっさんだ。

 おっさんは腰に佩いていた大太刀を抜くと、右手に握りしめる。

 刀長にして2.5m以上はあり、名前は『無双切敦盛むそうきり あつもり』だ。有名な刀工、敦盛派初代の作である。


「あれ? 重くない……?」


 おっさんは右手の大太刀をマジマジと見つめると、ブンブンと振ってみる。

 有り得ないほどの軽さに思わず顔が綻んでいる。

 これなら騎乗したまま、刀を振るうことができそうだ。


 それに竜に乗るのは無理かと思ったが、くらのお陰で乗り心地は悪くない。

 ただあぶみがないので安定性に欠ける。

 そもそも馬に乗ったこともないのに、これほど上手く乗れるとは思ってもみなかったが。


 夢なのでその辺りはご都合なのだろう。


 おっさんがそう考えている間にも、敵兵との距離が縮まってくる。

 敵軍後方から矢の雨が飛来するが、走り続ける我が軍には当たることはなかった。

 そしてバルト王国軍の左翼へ肉迫する。


「斬って斬って斬りまくれッ!! ひたすら突き進めッ!!」


 おっさんの指示に兵士たちが大声で応える。

 敵兵も悲鳴や苦悶の声を上げていた。


「な、なんで……ぐはあッ」


「走竜で突っ込んでくるなんて聞いたことがねぇぞッ!? おぶおぶッ」


「うわああああ! 来るなぁぁぁあべぐわしッ」


 突撃を受けてバルト王国軍は完全に恐慌状態に陥っていた。

 アウレア大公国軍、竜騎兵は一旦敵軍を突破すると反転して再突撃を敢行する。


 バルト王国軍は正面にラグナリオン王国軍の重装歩兵、右翼からおっさんが率いる竜騎兵、左翼から老兵率いる歩兵に囲まれて壊滅しかかっている状態だ。

 勝負がつくのも近いだろう。


「一気に押せッ!」


 おっさんは、先程から人間を斬りまくっていると言うのに特に罪悪感や嫌悪感はない。むしろ大太刀の斬れ味が鋭すぎて感動しているくらいだ。


「あれはアルデ将軍だッ! あいつを、ヤツを討ち取れぇッ!!」


 そう吠えるのは馬に似た動物にのる人物だ。

 きらびやかな装備や貫禄のある風体からも敵の指揮官だと判断できる。


「あの赤い鎧のヤツだッ! 速い! 速過ぎるッ!」


「手柄は俺が頂く」


「首だッ! 首置いてけッ! なぁ!」


 混乱する兵の中にも勇敢な者はいるらしい。

 敵指揮官と何人かの敵兵がおっさんに襲い掛かった。

 だが、おっさんはそれを容赦なく薙ぎ斬った。

 1人だけ活きの良い強者妖怪首置いてけがいたが、取り逃がした。


 後は敵の指揮官をれば一気に瓦解させることができるだろう。

 それほど戦況は有利に推移していた。


「そこの指揮官ッ! いざ尋常に勝負ッ!」

「よう言うたッ! 脳天を叩き割ってくれるわッ!」


 おっさんの挑発に乗ってむざむざと向かってくる敵指揮官。

 挑発に乗ってと言うより、この圧倒的不利な状況を打開しようとしていると言うのが本当のところだろうが。


 馬と思しき物――アドに乗って一直線に向かってくる指揮官に、おっさんも一気に間合いを詰める。


 そして交錯――


 次の瞬間、おっさんは敵指揮官をその鎧ごと袈裟斬りに斬り捨てていた。

 アドは肩口から腰の辺りまでの上半身を失った主を乗せたまま走り去って行った。




 ―――




 バルト王国軍の部隊長を務めるクローズは驚愕していた。

 名将の呼び声高いアルデ将軍の話は聞いていたが、これほどまでに思い切った用兵をするとは思わなかった。任されていた左翼の隊列が突き崩されたのだ。

 最初の竜騎兵突撃だけではない。

 アウレア大公国軍は軽歩兵ですらここまで強いとは全くの想定外であった。

 前年の戦いで多くの戦死者を出し主力を喪失したにもかかわらず、まだこれほどの部隊を持っていたなど密偵からも情報は上がっていない。

 強国のラグナリオン王国軍よりも強いと感じるほどだ。


「ええいッ! 踏みとどまれッ! 隊列を崩すなッ!」


 必死に大声を張り上げるも何故かアウレア兵の動きが半端ない。

 俊敏で強力ごうりき。その上、士気も高い。


「何故だ……こっちは重装歩兵なんだぞ……」


 前列の者から順に突き崩されてゆく。

 アウレア軍は、鎧を軽々と斬り裂いてその勢いは弱まる気配はない。

 普通の剣や大剣を持つ普通の軽歩兵にしか見えないのに、まるで南方の蛮族のような素早い身のこなしだ。 


「強えぇぇぇ! こんなのに勝てるかよッ」


「支えきれねぇ……クソったれッ!」


「誰だよアウレアが落ち目だって言いやがったのはァァァ!?」


 方々から叫び声が聞こえてくる。

 それは愚痴であり、嘆きであり、罵倒でもあった。

 左翼は瓦解寸前の状態だ。

 このギリギリの状況で先遣隊総大将コーラル子爵閣下が討ち取られれば、軍の潰走は必至である。


「中軍が来るまで粘れッ! そこの貴様ッ抑えに回れッ!」


 クローズには最早、鼓舞することしかできなかった。

 それが気休めにしかならないと、頭では理解していても……。


 左翼で戦うクローズは、右翼でバルト王国軍の先陣を任されたコーラル子爵が討ち取られたことにまだ気付いていなかった。




 ―――




 時間は少しさかのぼる。


 ラグナリオン王国軍のノルノー・ラ・スノッフ男爵は、功名心に駆られて先走った結果、バルト王国軍にじわじわと押されて焦っていた。敵の重装歩兵隊の圧力が強くなってきたのだ。


「数の上では互角……こんなはずでは……」


 彼自身はアドに騎乗して指揮だけしていれば、後は勝手に勝利は転がり込んで来るものと安易に考えていた。

 ラグナリオンの強兵で押せば何とかなるはずだったのだ。


「ダンケルクッ! 貴様、必ず勝てると言ったではないかッ!?」

「閣下、戦況は常に変化するものです。それに勝てるとは申しましたが、いきなり突撃しろとは言った覚えはございませんな」


 それを聞いたノルノーは頭に血が上って更に喚き散らす。


「閣下、戦端を開いてしまったからには仕方ありません。兵が聞いております。ご自重下さい」


 ダンケルクもまさかノルノーボンボン貴族が目を離した隙に軍を動かすとは思ってもみなかったのだ。彼の顔は苦々しい。まだまだ言い足りないようだ。


「我が軍は精強だ精強だ精強だ。負けるはずがない負けるはずがない」

「その通りです。衝突からまだ3時間程度。まだまだこれからです」


 ダンケルクはアド上でうるせぇなコイツついてないと思いながらも、これ以上は顔には出さず前線に目を向けている。

 ノルノーの副官お守り役を押し付けられたのがケチのつき始めだ。


「ええい……アウレア大公国軍は何をしているのだッ! さっさと動かんかァ!」

「アウレアはギリギリまで動かんでしょう」

「ななな、何故だ? せ、説明しろッ!」

「先の戦いで大敗しております。少しでも長く戦況を見極めた上で、少しでも犠牲を減らしたいと考えているでしょう。そもそも確約が得られておりません。場合によってはバルト側につくやも知れませんな」


 その回答にノルノーが激昂する。

 一瞬で沸騰したかのようにその顔が真っ赤に染まる。


「何ッそうなのか? 日和見主義者共めがぁ!」


 ノルノーは最近、家督を継いだばかりだったが財力にものを言わせ、この一大決戦の先鋒の座を勝ち取っていた。是が非でも手柄を立てようと必死なのである。しかし戦闘経験がからっきしなため、王家直属軍からダンケルク少佐が軍監として派遣されたと言う経緯があった。


「よし。では早く参戦させるために……そうだな。砲兵に威嚇射撃をさせろッ!」

「アウレア軍に攻撃すると? 確かに名だたる将軍を失い、国力を落としたとは言え、相手はあの烈将アルデですよ? 兵力も恐らくほとんど出しているはず……。一○○○から二○○○はおりましょう。怒らせてこちらに攻めてくるのがオチです。撒き込まれるのは御免被りたいものですな」


 「お前どこの古狸家康だよ?」と思ったかは知らないが、ダンケルクは再び困ったような表情で溜め息をついた。


「私は砲兵を連れて前線に参ります。移動高台から射撃すれば敵も怯むでしょう」


 移動高台とはその名の通り、階段状に組み立てられた足場である。

 櫓ほどの高さはないが、味方の背後から敵に向けて射撃できる。


「待て。貴様は残れ。他の者に向かわせろ」


 流石に1人は心細いのか、急にしおらしい態度になるノルノー。

 ダンケルクは仕方ないと諦めて部隊長を前線に派遣した。


 しばらく戦場に炸裂音が響き、攻防は激しさを増していた。

 戦況はラグナリオン王国軍の優勢に傾きつつある。


 そしてその刻が訪れた。


「ん? 何だ……?」


 突如として喊声が起こったため、ノルノーとダンケルクは怪訝な顔をする。

 そこへ、1人の伝令が駆け込んで来た。


「も、申し上げます。アウレア大公国軍が敵、バルト王国軍に攻め掛かりましたッ!」


『何ッ!?』


 2人は揃って驚愕の声を上げた。

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