20話 空白の現実③
見るからにボロボロの神社の周りは、塵や灰ばかり積もっていた。
時折吹く風から、それらが舞い、さらさらと風の吹くままにどこかに飛んでいく。
その風から逃げるようにして、本殿の中に歩を進める。
彼女が先行しているので、大事はないだろう。
入ったところで、倒壊が加速することがないように慎重に、数段の階段を上がる。
横には今にもくずれそうな柱が二柱。
苔が蒸している柱で、接合部分が緑がかっている。
だが、どこか豪勢な
色褪せているが、しっとりと、
そして、屋根を見上げれば。
掠れているが神社の名前らしきものがあった。
『■土■■社』
と書かれていた。
つち……じゃ?
そこしか、読めない。
ボロボロな本殿の中へ入っていく。
不法侵入とも言えなくもない、罰当たりな行為だ。
本殿の中は、外よりも灰が濃密に充満しており。
先が見通せないほど深刻だった。
「えっ、ほっ、え、ほっ……」
眼を開けられないな、これ。
靴で入ってよかった。
靴下だと、入った瞬間に床に落ちている灰で転ぶところだった。
「生製──極大掃除機、ブロアー、と、高圧洗浄機!」
本殿の奥の方から声が聞こえた。
先行していた彼女が、なにか見つけたのかと思って眼を少し開ける。
すると、突風に混ざった灰の塊が押し寄せてきた。
「いっ──!?」
慌てて、眼を閉じて屈む。
バチバチと灰が突風により、弾丸も凌ぐ勢いで身体に当たってくる。
野球のデッドボールが何球もくる感覚だ。
恐ろしい、いつ俺はバッターボックスに立ったんだ?
数回灰の塊が当たった後、突風の軌道がやや上にズレたのが分かり、一目散にその場から逃げる。
本殿の隅っこに逃げ隠れ。
風が止むまで、待った。
数十秒したら、風はぷつりと止んだ。
それと同時に。
「ふぅーー。スッキリしました。トオル?無事ですか?」
という、どこかスッキリとした彼女の声が反響した。
「もしかして、今さっきの風って君がやってたのか?」
「はい。私の
すらりとした口調で、涼しげに言葉を紡ぐ彼女は近づいてきて、座り込んだままの俺に手を差し出す。
その顔は、やはりスッキリとした無表情だった。
「やるなら、一声かけてほしかった。危うく、俺まで灰と一緒にさよならするところだったよ」
「……すみません、つい、大げさにやってしまいました。丁寧に掃除はするべきですよね」
謝ってはいるが、少し見当違いな部分が見られる。
そこのところは敢えて黙ったまま、差し出された手を取った。
そこで、疑問に思ったことがあった。
「今回は、血が出ないんだな」
立ち上がり、彼女の手を見て言う。
見たところ、身体のどこからも出血がない。
彼女は精聖錬を使った後、必ずどこかで出血していた。
それが今回は見られなかったから、疑問に思った。
「そうですね。今回は髪の毛を使いましたから、血が出ていないんです」
「そう言えば、前に俺に銃を作ってみせたときも髪の毛からだった……」
「はい。髪の毛は血で出来ていますから、勿論代償に精聖錬を使うことができます。単純なモノだけですけど」
「単純なモノ?銃器は単純なモノに入るのか」
「部分的には該当します。ですが、私の言う単純なモノとは私の意思です。意思の力、意思力が単純なモノとそうでない複雑なモノで血の代償は大きいのです」
意思力?
想いの強さということか。
「銃を生製するにも、私の意思しだいでその銃は強くも弱くもなります。
私がトオルの学舎で創った銃は一度だけトオルを星霊の攻撃から守るために創ったモノであり。これは、代償が髪の毛数本で事足りる、比較的簡単な
そして、先ほど私が『善性』であると証明するために創った銃はトオルへは私から傷をつけることは一生しないという想い、トオルをこの銃で必ず守るという想い、トオルとの約束を絶対守るという想いが詰まったモノです。
前者と比べると意思力が強いので、代償が大きく複雑な
「簡単なモノとは三倍ほど想いの分量が多い複雑なモノは、それだけ意思が強く、代償が髪の毛ていどでは足りない……であってるか?」
「はい、正解です。なので、後者はこうしてまだここに形として残っています」
彼女は、制服の裾から先ほどの銃を出す。
そんなところに、よく隠せたな。
という関心と疑問が沸いてくるが。
「……おかしい。星霊と闘ったときは、すぐに霧みたいに消えていったのに、今回は違うのか?」
こちらの疑問の方が勝っていた。
「それは、この銃がまだ役目を終えていないからです。トオルを守るという役目をまだ背負っているからこそ、未だ存在を『守り』続けています」
「銃を創るときに込めた想いが果てるまで、その銃は消えないってことで、いいか?」
「そうです。今回は物わかりがいいのですね。感心しました」
「……」
まるで、彼女は精霊を生み出す人間のようだ。
そう解釈したら簡単に物事の整理がついた。
不思議なほど明確に。
恐ろしいほど難解に。
どこか、彼女の存在に引っ掛かりを覚えると同時に。
「……奥に行きましょう。そこにアサネはいるはずです」
「ああ、うん」
情報を整理するにしても。
この世界にいたら、落ち着かない。
どんな目に遭うかも分からない。
ひとまずは、この世界から出るには淺水先生に会わないとだな。
わざわざこんな真似して、正体を明かした淺水先生の真意も知りたいし。
彼女が先行して、更に奥に進んでいく。
足が床につく度に、ギシギシと
彼女のおかげでキレイになった床は、それはもうツルツルで危うく滑りそうになる。
それに、進む道には明かりが皆無なせいで、床が抜けている確認も出来ないので牛歩である。
一歩一歩進む度に床に眼を凝らせば、焦げた木材が足許に転がっている始末だ。
「ついてきていますか、トオル」
前方から声がする。
おそらく、振り返って俺がいないので声を掛けたのだろう。
「少し離れただけだ。すぐに追いつけるよ」
「いいえ、そのような心配ではなく。着きました。という報告です」
「え?着いた?」
前方は以前として彼女も見えなければ、つきあたりかも確認がとれない。
「トオル。光がなく、見えずらいのでしたらスマホの光を使えばいいのではないでしょうか?」
「あ──」
そうだ。
完全に忘れていた。
急いでズボンのポッケに手を入れる。
考える事と不安で完全にスマホのことを蚊帳のそとにしていた。
すぐに取り出してスマホの電源を入れる。
久しぶりに光を見て、眼が光に怯えるが、なんとかスマホの光をONにすることに成功した。
スマホの光を前方に照らす。
まずは、彼女が見えて、そしてスマホの光が上へ上へと進む。
元の世界の物はこの世界にも持ち込めるのも驚きだったが、それも、目の前の大きな黒い門に全ての驚きを奪われた。
「──大きいな」
「はい。神社の直径と同じ長さです」
それほど大きな、いや、絶壁と言っても遜色ない門が目の前にあった。
「この門の奥に淺水先生はいるのか?」
「はい。待ちぼうけているでしょう。声をかけますね」
「アサネ。トオルを連れて来ました。開けてください──」
彼女の声を聞いて──
門はビクリともしなかった。
「聞こえませんか?連れてきました。開けてください!」
今度は彼女にしては、大きな声で呼び掛けた。
だが、それでも門は開かず。
声も返ってこない。
……。
………。
プチ。
髪の毛を抜く音がした。
「これで、開けましょう」
「待て待て!その、どでかい銃器はなにか?」
スマホで彼女の腕のなかを照らすと、見るからに長くてごつい、重火器があった。
「ロケットランチャーです」
「気軽に創るな、そんなの!門を壊す前に神社が崩れるよ!俺と君も危ない!」
思わず、冷静でいられなくなり。
盛大に声を荒らげて彼女を俺は止めに入る。
「前に立つのをやめてください、直撃して死にますよ。トオル」
「撃つ方をやめてください!ほら、見て!」
俺はボロボロな神社の内部をスマホで照らしていく。
彼女に、撃ったら倒壊してしまうと、分かってもらうために。
「トオルは私が守るので大丈夫です。なの──?
トオル。そこを照らしたままにしておいてくれませんか」
「──?」
そこはちょうど、門の中央。
見れば、紙が張ってある。
「あれ、なんだろう?」
「見てきます。トオルは照らしたまま、ここで待っていてください」
そう言って、彼女は紙まで7メートルほど、軽く跳躍する。
見事な垂直跳びならぬ、垂直飛びだった。
これも、精霊の能力の一つなのだろうか。
彼女は紙を瞬間的に眺めた後。
スッ、と元の位置に戻ってきた。
「文字が書いてありました」
彼女は戻ると、俺にそう伝える。
文字が書いてあった。
となると、淺水先生の伝言かなにか、か?
「詳細には。
『
と書かれてました。
だいじなるモノとは、大切なモノというところでしょう」
所々、古めかしい言葉遣いなのが妙に上から目線に感じる。
というか、上から目線なの確実だな、これ。
誰が書いたんだ?
順当にいけば、この神社の関係者であるのは間違いない。
けど、この世界に人間がいるとは思えない。
したがって、希望があるとすれば淺水先生なのか。
淺水先生があんな古風な言い回しをするか?
奉れ、とは捧げろってことだけど。
どこに捧げろというのか、そんな献上の品を置く台なんて……。
……あった。
紙のある位置の真下。
そこを照らしたら、ちょうど二品置ける台があった。
「……大切なモノですか…」
「台はあるけど、君は本当にあの紙通りのことをやるきなのか?」
「はい。このままでは、アサネに会うことは叶いません。ならば、やることは一つです。何事も実践を前には、進めません」
「……それは。…そうだな、もっともだ」
「しかし……大切なモノとは──悩みます」
悩んでいるとは思えない
彼女なりに長考している。
紙に書いてある文字を見つけてから、今に至るまで表情こそ変わらないが。
あごに手を当て、首を傾げながら視線はあちらこちらに動き回っていた。
かくいう、俺はやると決まれば即決でもう決まっている。
今ある大切なモノ。
それはスマホである。
これが失くなったら、神社から離れることはおろか。
前にも後ろにも進めなくなる。
だから非常に今、大切なモノだ。
正直な話し、これを対価にするのは惜しい。
ゲームのデータから電子書籍、電子マネーまで、さまざまな大切なモノが内臓されている。
だけれど、この世界から出るには、目の前のことを解決するためには、この大切なモノ──スマホを捧げれば、この現状から打開できるのなら喜んで捧げよう。
さらば、青春。
こい、現実。
「先にやってみる」
「……分かりました」
台に近づく。
台は木の素材で作られた質素な物だった。
ここに置いたらいいのだろうか。
辺りを照らして、再度見渡したがそれっぽい台座はなかった。
深呼吸を一回。
未知なるモノとの邂逅をはたすかもしれないと思うと変にドキマギする。
落ち着いて。
まずは、台の上にスマホを置く。
それだけでいい。
台の上に、スマホを置く。
台の上にスマホを置くだけ。
台の上にスマホを置くだけ。
いきなり、門の中に吸い込まれたりする仕組みじゃないことを願う。
きっと、何かあるだろうけど。
大丈夫だから、と自分に言い聞かせる。
彼女へ振り返ると、こちらをまじまじと見ていた。
気のせいだろうか、彼女の瞳が輝いて見える。
──えぇい。
男子三日会わざれば、なんとやらだ。
なんとか、なれ──!
台にめがけ、スマホをソッと下ろす。
コッと、小さな音が鳴ってスマホが台の上に置かれる。
………。
……。
…?
……なんの変化もない。
手がかりが消えた。
あの紙に書かれてあることは嘘なのか──?
「……!トオル──!」
「………?」
細い風のうなり。
突如として、それは前方から巻き起こった。
前方。
即ち、門の方から。
途端──身体に軽い痺れがくる。
細い風の影響だろうか。
身体に打ちつける風は小さいながら、足がすくんでしまうほどの猛威をふるう冷気だった。
それと、すきま風ならぬ。
すきま光。
縦長い門と門の切れ間より、
その光は俺を捕えて離さない。
「──つまらぬモノだ。浅ましくも、己のが内を見定められぬ斯様な人間よ。
緋い光からの声は、聴覚を通してではなく。
直接脳髄に打撃をあたえるが如く、頭の中で響く。
ジリジリと、頭が擦り切れそうな
脳が言葉だけを最優先に考えようと、他の思考を断絶させる。
思考が追いつかない。
理解が消えていく。
光が眩しいと認識できなくなる。
身体が自分の意識を追い出していく。
──まずい。
そう思考するも、頭がシャットアウトに移行し続けてしまう。
──ど、うすれば。
「──トオル。しっかりしてください」
肩に手を置かれる。
それで、身体と精神の所有権が戻ってきた。
「──はぁ、はあ──ありがと、う」
助かった。
彼女がいて良かった。
何をしたかは分からないけど。
危険な状況からは抜け出せた。
「──ほぅ。そこにおるのは、人の
「今、淺水先生って」
「はい、確かに言いましたね。間違えがなければ、あの光の正体はアサネの中に宿っている、精霊。
──鳥居の精霊です」
鳥居の精霊?
神社へ入るとき、必ずある。
あの赤い門のこと、か。
「……むむ。幼子同士の
緋い光が一層勢いを増す。
急速に昇り、覆い尽くす赤い天涯。
その航行は夜空を塗り替える逆行の直進。
遠のいて行くのに光は輝きを拡大し続ける。
「うぬらが、仗との契約を交わす人間か──?」
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