19話 空白の現実②
一通りの精霊関係の説明と話は一旦終わりを迎えた。
正確には、まだまだあると思うが、今話せるのはこの辺りまでという雰囲気を彼女は声に出さずに伝えている。
しばしの沈黙の後、彼女はボロボロの神社を指差し。
「あそこにアサネは居ます。ひとまず、移動しましょう」
と言い、彼女は歩き出した。
少し神社の方へ彼女は歩いて、その場から動かない俺に振り返る。
無表情なので、怒っているかもしれないとも思う行動だが、あれは心配して待っているのだと感じた。
ここの説明をされていない以上、動き出すのはやはり怖い。
けど、その場にいてもなにもできないし、やっぱり怖い。
なので、とりあえず信頼できる隣を歩こうと深呼吸をして彼女の方へ歩き出す。
歩く感覚。
肌を通る風の抵抗。
境内の自然による澄んだ空気感。
なのに、少し気温は高い。
長時間いたら、汗がでそうだ。
このことから、その全てが寸分違わずの、現実の世界と同質であると理解する。
大きいミニチュアなんかではなく。
絵やホノグラムの写実的な感触ではなく。
五感が自然と通達してくる、ホンモノがそこには実在している。
「すごい…な」
あっけにとられ。
つい、空を見上げる。
雄大な雲と青く遠い一面の空。
雲は入道雲の形をしていて夏の空を連想させた。
「別世界に転送されるのは、よく本でネタにされているけど。実際に体験すると、なんか不思議な感じだな」
いきなりの別世界で丸腰なので、不安でしかない。
対応力や順応性がなければ動揺してすぐ迷子になるな、これ。
それと、ガイドとかいなければ尚更だ。
「はい。幻覚でもなければ夢でもない今と違う世界に来てしまう体験は、現代においてファンタジーと要されるのは無理もないです。
私としてはアサネの技量に驚くばかりです」
「君は出来ないのか?」
「……私は、まだ産まれたばかりですし。このような
せいぜい、私のできることは人間の可能性を武器にすることだけです」
「また、難しい言葉だらけだ…。
──そうだ。精霊のことを大まかに教えてくれたけど、肝心な君のことについては話てくれてない。
可能なら、教えてくれないか?」
この要求は、完全な自分のわがままである。
俺は精霊に関わらないほうがきっと、この先無難に過ごしていけるはずだろう。
でも、彼女を知ることで。
精霊を知っていくことで。
自分は成長出来るかもしれない。
誰かを不幸にさせることはなくなるかもしれない。
彼女は、無言のまま俺の言葉を横切る。
話をしてくれないか、と思った。
もう、目の前にはボロボロの神社。
歩くのはおしまいで、淺水先生に会いにいく手前。
俺のいる場所より数歩先のそこで、彼女は足を止めた。
「私の、何を知りたいのですか?」
振り向くことはせず。
神社に身体の正面を向けたまま、彼女は俺に問いかけた。
息をのむ。
人の事情に勝手に割り込んでしまって、その人を悲しませたことがあった。
それは、自分が無力だったからだ。
手伝うも、力になるも、助けるも、自分が手におえる範囲でしか可能ではない。
軽はずみな、気の効いた言葉は俺には口にできない。
だから、結局誰もかも。
目の前で不幸になっていくだけを傍観するしかできなかった。
踏み出す勇気はきっと俺は脳にない。
身体にあるから不自然に自然と足をついてしまう。
それでも。
動きたいと思ってしまう俺はやはりバカなのだろう。
「言いたくなかったらいい。一つ聞きたいことがあるんだ。さっき君は、『人間に宿る
彼女はやはり振り返ることはせず。
俺の唐突なこの質問に、なんの驚きも戸惑いもせず。
微動だにせずに。
ただ、一歩神社へ踏み出す。
そのとき。
「私は人間を
彼女の口からそんな言葉が流れた。
今にも吐きだしそうな、重罪の声。
顔は見えないけれど、
死人のように強張っているであろう
「──私の身体を見てナニカ感じませんでしたか?」
今度は彼女からの突然の質問。
質問というには、あまりにも冷たい独りゴトのよう。
「なにって。なにも。特には──」
身体つきは適度に筋肉質っぽいな、とか。
すらっとしていて綺麗だな、とか。
は、直球過ぎていいずらい。
濁して言葉にするなら。
一般的な女子の筋肉量より多く、バランスの整っている体型だと思う。
……うん。
気持ち悪いな、この発言。
「──誰かに似ているとかは感じませんでしたか?」
「───」
俺は何故か黙ってしまった。
いや、息を飲んでしまった。
彼女の重い声が頭に響いたせいだろうか。
なんとなく、感じていた『誰か』の既視感がふいに怖いと感じてしまう。
「精霊は『生きているモノ』には宿ることはできません。元から生きていないモノか、これから命を吹き込むモノ。あるいは、もう命がないモノくらいにしか宿ることは不可能です」
『もう命がないモノ』
なら……なんだ、どういことだ。
それがなんで冒涜しているに繋がるんだ。
「そ、そうなのか。それはそれとして、そのことが『人間に宿る』精霊と、どこで──あ…」
……そう、か。
人間に宿るということは、『人間が死んでいないといけない』ということ。
……か。
「───」
彼女が話していた精霊のことを思い出す。
座敷わらし。
あれは、精霊が何年も過ごしてやっと形にできる人間体。
では、彼女はどうだろう。
彼女は産まれてまもない。
それでは、きっと、人間の真似さえ不可能に違いない。
「──人間ではない私が人間の身体を使っている。
それも、人間の死体を利用して……」
「…………」
「……人間を守るはずの私が、人間という創造主の命を貶している。
──仕方ないでは、すまされないコトです」
俺はその発言に肯定も否定もしなかった。
ただ、黙ることしかできなかった。
「──幸い。私は、目的を果たしたら消えられるそうなのでよかったです。
そのとき、この身体の持ち主である人間の魂は完全に生き返るので──」
「それで……やっと、ようやく。……私は
その日が来るまで、私は闘い、護り続けなければいいのです」
彼女は振り向かない。
依然として背中を残して、言葉から逃げないためにその場から動かない。
大きな背中が小さく見える、そんな普通のことすぎる現実。
錯覚が起きるのは、俺が勘違いをしていたから。
言葉はかけられなかった。
どう、返したらいいか定まらない。
言葉はきっと、想いよりも弱い。
だから、言葉をかけたら彼女を弱くしてしまう。
分かっている。
そんなことは、知っている。
でも、さすがにないだろ。
そんな、言葉に負けないようにこっちを見ない姿は。
「……最後に、君の目的について聞きたい」
彼女は、軽く頭を上げる。
空を仰ぎ見る。
彼女の立っている場所は、もう空の見える場所ではない。
神社に片足を入れていて、見えるモノとしたらボロボロの神社の屋根。
あるいは、欠けた天井から覗く白い夏の空。
青を含まない遠い太陽。
「私の目的は、私の表裏存在である人間に宿る『人間の悪性』の精霊を殺すことです」
言葉を濁すことなく。
彼女は『殺す』と口にする。
きっと、表裏と言うからにはその精霊も。
『人間の身体』を使っているんだろう。
だから『殺す』と彼女は口にしたのだ。
人間を『殺す』ことになるから。
「目的を果たすことができなければ、
──そうはさせません。私がこの町を人間を護ります」
彼女は遠い太陽を見上げるのをやめ。
真正面の暗い神社の中に向き直る。
その小さな背中は、今度は大きく見えた。
彼女の背中、いや、全てに大きなモノが乗っている。
彼女は同胞かもしれないヒトを、理不尽にもそんな運命にあってしまった人間を『殺さなければいけない』ということなのか。
そして『殺せなかった』ら。
今度は、この町に住んでいる人間を『星仕組み』とかいうもので星霊に『殺される』ということ。
──ひどい。
そんな、ひどい結末しか彼女には許されない。
そんなことは、あんまりだ。
あんまりにも、彼女に救いがない。
目的を果たしても、人間に知られず、人知れず消えていく。
どんな、最悪な結末だ。
それで、彼女はいいのだろうか。
「同情は結構です。人間を護ることができるならば、当然のことと、受け入れています──」
奥歯が痛んだ。
眉間がすりつぶされそうだ。
唇の上と下とが反発しあう。
もう、彼女を見ていられない。
けれど、けっして眼を離してはいけない。
「やはり、喋りすぎてしまいましたね。貴方といると、どうしても言葉がでてきてしまいます。
……心配は不要です。トオルが心配するほど、もう迷いはありませんから」
ようやく、彼女はそうして振り向く。
彼女の顔は笑顔だった。
初めて感情を己から生み出す彼女は、おっかなびっくりといったようで何度もその表情と感情を繰り返す。
何回も。
何回も。
何回も。
悩んで。
何度も。
何度も。
何度も。
俺に心配はいらないと。
───ぎこちない作り笑いを繰り返す。
「……ありがとう。質問に答えてくれて、よく、分かった」
「──はい。では、中に入りましょう。アサネが首を長くして待っています」
「ああ──うん」
彼女の背中に追いつこうと歩を進める。
夏の日差しが神社に隠れていく。
太陽はそこにまだあるのだろうか。
あるのなら、いつまでも沈むなと思うばかりだ。
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