18話 空白の現実①
カーテンが開かれる。
それとともに。
カーテンは霧のように霧散していった。
酸素と混ぜ合う度にカーテンは、景色に溶け合い、変わっていく。
景色は。
晴天。
曇りなき、朝日の後光と。
囲う木々の木漏れ日から、流れる優しい風。
ジャリ。
と、地面は途端にがさついて。
砂利にしては大きめの石が大地となって、広がっている。
「あ───?」
まるで、神隠しのよう。
それか、キツネにつままれたか。
正面には、見たこともないボロボロの神社が元から目の前にあったかという風に建っていた。
「なんだよ、ここ」
冷静になろうとすればするほど。
落ち着こうすればするほど。
わけが分からなくなる。
今、俺はどこかの神社の境内にいるのだ。
そして、この肌がひりつく感覚。
どこかで似たようなことがあった気が─。
「安心してください、トオル。私たちは、アサネの
だから、それが分からないんだ。
「その、精聖錬って人間も使えたりするんだっけか」
とぼけてみる。
「いえ。普通は使えません」
「じゃあ……やっぱり」
つまりは。
「はい。
本当に精霊なんだ。
淺水先生……。
……。
謎がある人だと思ってたけど。
こういう、突拍子もない謎があるとは思わなかった。
まぁ、腕が何本もあるとかよりマシだが。
「そもそも、精霊が使えるセイセイレンっていうのは全部がこんなヤバい能力なのか」
そうであるのなら。
人間は陰で守られているしか生き残る道はない。
そして。
この能力が世間に明るみになったら、人間はどう精霊を扱うのだろうか。
考えるだけでも、ゾッとする。
「全部が全部。このような
「そう、なのか」
「精霊は存在していた年数で大きく能力が変わります。ですので、アサネは恐らく。
400年ほどは存在しているでしょう」
400年?
そんな、とんでもない時間生きているのか。
「
とすると。
「淺水先生はその、精霊の中でも断トツで頭一つ抜けているのか」
「はい、その通りです。アサネは特例と特殊性が重なり、このように──」
彼女は、ポケットから小さな腕時計を出した。
「時間を確認してみてください」
「ああ、うん」
9時16分。
長針と分針がそう指し示している。
秒針は……。
止まっていた。
「時間が止まっている?」
「正解です。アサネの世界と現実の世界。そもそも、世界が違います」
「ということは、ここは?別世界みたいなモノなのか……」
「端的に考えると、そのようなものです。現実に観測されない世界。人間で言う、意識の空白。世界が失神を連鎖的に起こしているようなものなのです。ですから、時間を忘れている。ユメに近い世界とでも呼べるモノがこの世界です
そして、この世界こそ。
彼女の生まれた
「なるほど。全く分からないな」
「分からなくて、結構です。分かるように誠心誠意頑張ったつもりでした」
「ごめん、怒らせた」
もちろん、無表情のままで彼女は言い切っていたが。
声の調子で微妙だけど、分かる。
ぶっきらぼうに声色が下がっていたからだ。
「怒ってません。なら、いっそ。プランクトンでも理解できる〔改訂版〕。を──」
俺の読解力のなさがまた悪いことをした。
まぁ、異世界に来てしまったと思えばいいか。
「……。うん。少しだけ、話してくれないか」
そんなことを考えながら発言すると。
彼女は俺の発言に少し驚いたようなそぶりを見せていた。
「…。分かりました。いいんですね」
彼女はおかしなことを聞く。
「いいに決まってる。俺だけ何も知らないって不公平じゃないか」
「それも、そうですね。トオルはやはり、そう言ってくれると信じてました。……でも──」
「?」
「──いえ。トオルが決めた道ですから、やっぱりなんでもないです」
彼女の無表情にヒビが入る。
精霊にとってみれば、それは痛みと表現するにはあまりに個人的な想いだった。
彼女は、彼が進んで知ろうとする心に。
自身への疑念と焦燥が浮かぶ。
果たして、この話により。
彼にもしも動機ができてしまっては困る。
そう思った。
それでも彼女は。
彼の聞きたいことを知ろうという願いには、やはり拒めなかった。
「トオルは何を知りたいのですか?」
「全部知りたい、って言っても。どうせ俺のことだからパンクする。だから、まず。精霊が使える能力?その、セイセイレンというモノを知りたいかな」
「了解しました。精聖錬を知りたいのですね」
「分かりやすく、お願いします」
「精聖錬は、各々の精霊が持つ人間が
「
「はい。例えば、家に宿る精霊ですと。
その家を作った人間たちは、家の中にいる人間を守れるように、安心して暮らせるように。などを想って建築したとします。
すると、その想いは
そして、その起源が精霊の
いわば、精聖錬は精霊そのものの由来です」
「人間って……陰でとんでもない所業してたんだな。想いから、精霊を作るなんて」
「……ですので、家に宿る精霊は家に住むモノを守ることに徹します。
それが、どのような能力で現れてくるのかは精霊によって違います。
家の敷地を精聖錬の能力を使い、自然で満たし、家を守ることもあれば。
ある程度年数がたち、精聖錬の能力が向上すれば人間の形を模倣できるようになり、生活に不備がないか確認してひたすらに住む人を守ることもある。
後者は。記憶によれば、座敷わらし?とも呼ばれいる精霊です。
家に宿る精霊でも、このように精聖錬の手段や方法は様々です」
「へー。座敷わらしって精霊だったのか。俺は見たこともないな。
……!だから、築何年もの家には座敷わらしがいるとか噂されるのか!」
「そうですね。五十年も家が生きているならば、その家に宿っている精霊も年数を重ねているということ。
「……気になることがある。人間を模倣できるようになるって言った気がするけど。精霊の、その、形?こう、姿は決まっていない?」
「精霊は、本来。
「言葉?」
「はい。さきほども言いましたが、私たちは創造主である人間の想いから生まれ、生きています。
つまり、創造主の想いである意思を言葉として実行する実体のない現象。
なので、言葉に年季が加われば。
また、違った解釈が出てくる。
意思を広げ、拡大して解釈を為せる。
それは、創造主に近く。
いえ、人間に近く行為に他ならない。
私たちは、思念体である以上。
どこまでも成長できる存在。
だから、何にでもなれる。
そうして、精霊もまた人間のように人間を真似ていくのです。
より、今まで以上に創造主を守れるように。
これが、精霊が人間を模倣する過程です」
「……?」
「……だから、私たちも同様に善と悪と明確に別れてしまう──」
よし。
わからない。
「……。簡単に言いますと、母親とその子どもの関係です。
生まれてきたときは、自力で立つことも意志を主張することができなかった子どもが。
歳をとれば、母親と同然に自由に動くことができるようになるということです」
「なるほど。ほぼ、精霊は目に見えない第二の人類ってことだな」
「──。否定はしません。……本題に戻りますよ」
「了解」
「精霊は時には、精聖錬で過剰に護ることに固執し。創造主である人間に危害を加えてしまうこともあります。
家で例えるなら、室内の温度を異常に下げる。や、ドアの鍵を開かなくさせたりなど。
家には、家に宿る精霊だけではなく。他にも宿る精霊はいますから、当然危険が及ばないように対処するんでしょう。
家主である人間が持ち込んだモノの中に、危険な、意思を持って精聖錬をしてくるモノがいないかを」
「例えば?」
「手紙や配達物などが該当します。手紙などにも、もちろんのこと精霊は宿っています」
「手紙とかは。なおさら宿る精霊の意思?が強そうだな」
「そうですね。明確に善性と悪性に別れるくらいには強く。
それが、善の場合ならば人間に危害はありません。ですが、悪の場合ならば人間に被害があります」
「善と悪?」
なんで、そんな。
まるで、精霊には善も悪もあるような──表現を。
「精霊には善性と悪性が存在します」
「……?そんな、精霊の中にも区分けみたいなものがあるのか」
「善性の精霊は主に『防衛能力』に秀でている。
悪性の精霊は主に『破戒能力』に秀でています。
さきほど、家の精霊の例をだしましたが、あの精霊は善性の精霊です」
「確かに……。全部人間を守るための行動をしていたな」
「善性と悪性。どちらの側面で生まれるかは、やはりその精霊を生み出す人間の意思に由来します。
この家に住む人間を殺せ。
という意思がこめられて精霊が生まれ、宿ると。悪性のまま成長し、やがて家主をなんらかのカタチで壊すでしょう。
「怖いな。人間を守るだけじゃないのか、精霊って」
「すみません。……私は、トオルを安全な所にいてもらうためにあのとき。ただ、信頼させるがためだけに、あえて精霊の『善性』だけの説明をしました。うそ、をつき、ました」
そう言って、彼女は騙していたことを後悔するように固く苦しそうに眼を閉じた。
「そうか?だって、君は俺を守るために。安全だって心を落ち着かせるために言ったんだろ。なら、嘘じゃない。なにも、間違った行動はしていない。現に君は俺を守ってくれたんだ。ほらやっぱり、嘘じゃない。だから、気に病む必要はないよ」
あの、
もし、善性やら悪性の話をしていたらそれこそ。
なにも、信用も立ち向かう勇気も出なかった。
そしたらこうして、話そうなんて思わなかった。
「本当ですか?このことを知っても、私のことを、精霊を、信頼してくれますか」
不安そうな、濁った眼が開かれる。
その瞳は心を写したような
「当たり前だよ。だって、君が俺を信頼して話てくれているから」
「──」
口がか細く、い、という形を発したまま。
彼女は瞳をゆっくり閉じる。
そうして、に、という形に変わって。
彼女は瞳を横になびかせた。
「ありがとう。トオル」
「──」
それは、ぎこちない微笑。
自分の心を征してしまうような暖かいモノ。
意図せず、その微笑から視線をずらしてしまった。
「……そ、それで。続きは──」
「はい。そうでした。また、話がずれてしまってすみません。もう一度、本題に戻ります」
ちらりと、彼女の顔を見れば。
普段通りの無表情に戻っていた。
安心したと同時に。
なぜか、後悔したと思った。
「今までの話をまとめますと。
精霊には両側面あり。
片方は、人間を『護る』善性の存在の
一方は、人間を『壊す』悪性の存在の
この、双方はどちらも紛れもなく人間から生まれた存在である精霊です」
「そして、その精霊の
それは、善性であるのなら『防衛能力』に優れており。
それが、悪性であるのなら『破戒能力』に優れている。
これで簡単ですが、精霊のことをふまえての精聖錬の説明は以上です」
話終えた彼女は、理解できましたかと言うように俺の顔をのぞいてくる。
「うん。説明してくれてありがとう。精聖錬は人間を守ったり殺してしまうくらい凄い能力なのは分かった。全然、こう抽象的にだけど」
「はい。よく頑張りましたね。最後に忠告を一つ。けっして、精霊は人間といっしょなんだとは思わないように。精霊は、人間に対して受動的でも能動的でもないのです。使命感で生きているのですから」
「……ああ。そうだね」
一緒か。
確かに、そうは思えない。
人間より、よっぽど強い存在だ。
「そうだ。気になることがあるんだ、君は
……もしかして、君は『悪性』の精霊な──」
「──違います」
彼女は能面のような形相を呈して、俺が言い切る前に否定した。
「……あ。すみません。……私は銃火器を創り、扱いますが。それは、断じて『破戒』のための
『防衛』する、守るための能力です」
そう言うと、彼女は腕を前につきだした。
神経を研ぎ澄ますような呼吸音が聞こえる。
「精聖錬───
──デザート・イーグル」
呼吸を一息。
明解な意思をこめて、形を創る。
パッと彼女は。
一瞬で突きだした腕の手のひらの中に映画で見るような拳銃が収まっていた。
そうして、木々のほうに拳銃を向ける。
カシャ。
馴染みのない、音が響く。
重くて速い風を切る音。
それは、木々に着弾する。
確かに、痛そうな音が鳴った。
いきなり、どうしたのだろう。
そして、俺もどうしてだろう。
その銃声と彼女の姿に恐怖を抱けなかった。
「私はさきほど、『善性』の精霊は防衛を。『悪性』の精霊は破戒に秀でていると」
コトコト。
と、視線を伏せたまま彼女はこちらに歩いてくる。
拳銃をしっかりと握りながら。
「意思の問題です。どれだけ強い意思を持っているか」
彼女は俺の前に立つ。
背中ではなく、正面で。
俺を見上げた彼女の顔は、強い意思を告げるために表情を一切忘れた相貌に変わっている。
熱意と冷却。
温度の停滞により声は平淡になっていた。
もう。
お互いの身体どうしが、距離が、目の前だ。
話しをする距離感ではない。
恋人であるのなら、きっとキスはできるくらい。
恐ろしい距離。
「だから、私は──約束を交わすのです」
この一言だけは、少し不安のこもった声だった。
───バン。
近くで銃声がした。
下を見れば
赤いナニかがポツポツと落ちている。
「え──」
きっと。
あれは。
──血だ。
俺の血?
痛くない?
熱くもない。
彼女は固まったまま動かない。
腹にある銃の感触だけが冷たさを持っている。
でも、取り乱せなかった。
だって。
銃からの感触は冷たさだけではなく。
暖かさを抱えていたからだ。
彼女は銃を持って、俺の腹に突きだしながら。
手が震えていた。その振動が伝わってくる。
「私が『悪性』であるのならば、トオルは今ので死んでいます」
「ああ──そうだね。射たれて死んでいる」
言葉にされても、実感がない。
気づいていたけど、彼女にはまるっきり『俺を殺す』という意思がなかった。
だから、俺を殺すどころか。
痛みも感じることはなかった。
その意思がないのなら、きっと人間を殺せる道具でも精霊は俺たち人間を殺すことはできないのだ。
でも、なぜ。
血がでているんだろう。
「今、落ちている血液は私の血です。心配する必要はなく、精聖錬を使う代償によるもの」
そうだった。
彼女は前に言っていた。
精聖錬を使うには、血液が必要だと。
「疑って悪かった。君は『善性』の精霊なんだね」
「──はい。私は善性の精霊。
──人間に宿る、『善性』の精霊」
彼女の言葉が声を越えて、胸に響く。
脈打つ最奥。
伽藍の瞳に灯る、アツイ感情。
きっと、それは。
『懐かしい』という感覚に類似していた。
遠く、昔。
誰かに分けてもらった、大切なモノ。
「トオル──」
彼女の呼び声で、とある昔から今に還ってきた。
震えた手と僅かに揺らめく瞳で彼女は見上げる。
「トオル─。私は──」
今にも、自分のした行動に対して泣きそうな声で俺を呼ぶ。
「私は貴方に、これから一生、
だから、一生赦さなくていい。
だから──約束をしてほしいの」
触れることもせず。
拒ませようともせず。
赦しをこうのではなく。
謝るのではなく。
ただ、彼女は。
俺を想って──。
「うれしい」
ほんと。
おかしいと思うんだ。
「へ?」
こんな。
普通に銃で射たれて、死んでいたかもしれない。
あんな。
嘘をつかれて殺されていたかもしれない。
──だけど。
彼女は出来ない。
そんな。
コトはしない。
そう。
もう。
考えられないくらい。
たとえ。
彼女が『悪性』であっても信じていたから。
おかしいくらい。
どんな意味や意思を持っていても嬉しいと俺は感じていたと思う。
「君が、俺を大切に想ってくれたのがうれしいんだ。さすがに銃は驚いたけど、君が俺を殺さないって分かってたから」
「──」
「約束は必ず守る。君はそういうヒトだ。今回のでよく理解した。それに、俺も約束するよ、君に俺は傷一つつけさせない」
言い切る。
彼女がそうしたように。
言葉を声にして。
彼女は俺の顔を見て、喉にナニか詰まったような顔をしたまま黙っている。
あっちが黙っているので、少々気まずい。
何もできないくせに、大それたコトを言ってしまったからだな。
「そ、そりゃ、君は強いと思うし。俺以外の人も守る役目がある。それは、それだ。俺には何もできないと感じている。それ以外とかで、前みたいに愚痴とかを聞くとか。力になれることはやる。っていう意味だから…」
若干、言い切ったわりには弱音みたいになってしまった。
これでは、せっかくの格好つけも。
カッコウがつかない。
「私も同じ」
「ん?」
彼女はまんまるの瞳を瞬きでおさめて。
視線を別のモノに投げる。
「守るとか、大それたコトを言いましたけれど。
本当は──」
そこで、彼女は言葉を自ら切断した。
あえて、口にしないのではなく。
言葉を切断したまま飲みこんだ。
「──いいえ。約束をしましたね。ならば、守るのが私のできることでしょう」
遠くに視線を向けて彼女は、言葉を自身にかける。
そうして、思い立ったかのように彼女は俺のほうへ振り返る。
「トオルが私を信頼してくれて嬉しかったです。
貴方が銃器を持った私から逃げなかったのは、
『私といっしょにいて』という約束を守ったからでしょ。……褒めてあげる。ありがとう」
彼女は、照れたような口調と表情で俺を見る。
視線が合うことはないが、彼女の気持ちは本当だと感じる。
ところで。
最後の口調、今までと違ったけど。
彼女がもつ本来のモノだろうか。
思えば、あのときも口調が急に変わっていた。
まだ分からないことだらけだ。
……そういえば、分からないことと言えば。
さっき、彼女自身が人間に宿った精霊って言っていたことだ。
あれは、どういうコトなんだろう。
聞いてみるか──。
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