余談話 緋水鶏、正中往かん①
わたしは、じいじを追いかけてまた
わたしのじいじは、機織りの職人です。
稲墻神社にくると、わたしをいつも出迎えてくれる
「おじいさんは、忙しいからもう少し待っていられるかな?お嬢ちゃん」
いつもの言葉を出仕さんが、わたしの頭を撫でながら口にしました。
もう、中学生になるのに子ども扱いです。
悪い気はしないけどちょっとムカつきます。
「わたし、車の方にいます。出仕さんはこっちにこないで」
「えー。お兄さんと遊ぼうよ。お菓子あげるからさ」
「不審者さんの遊びって、境内の掃除ですよね」
「……その通りですが!なにか!手伝って!って、不審者言うな!お嬢ー!」
「…頑張ってください」
見捨てるなー。と声が聞こえる。
だからいつまでも出仕なのだと思いました。
駐車場にあるじいじの車は神社の外です。
神社を出るために、鳥居の前までくると。
優しい涼しい風がやってきました。
鳥居の前で風が吹くと、神さまが喜んでいるとじいじから聞いたことがあります。
わたしは眼をつぶり、風をやり過ごしてゆっくりとまぶたを開きました。
赤色というより朱色がかった古い鳥居。
見上げれば、白い紙がひらひらとさっきの風に揺られていました。
「
鳥居の上には
しかも、今度はしゃべっていました。
わたしは、眼を輝かせて鳥居の上の狐を見ます。
とても、綺麗な毛並み。
「なんじゃ、この
否───ほぅ。視えておるのぅそこの童──」
「はい?当たり前ですよ。たまにいらっしゃいますよね」
「……ほ、ほぅ、じゃ。仗も、
わたしは、疑いの目で狐さんを見ます。
狐さんは小さな眼をさらに小さくさせました。
「して、何用じゃ。心中は
「おしゃべり」
きっぱり言いました。
狐さんも退屈してたみたいだし、わたしも暇だから。
お話をしようと決めました。
「……不気味がられるのが関の山じゃろう。童は
「やだ。せっかく狐さんから話をしてきたのに、それをやめさせるなんてしたくないです」
狐さんはわたしを睨んでそっぽを向きました。
わたしは狐さんの顔追いかけます。
じいじを追いかけるのに、慣れていたのが役に立ちました。
「──あっ」
けど。
追いかけるモノが上にあったせいで下を見ていませんでした。
石につまづいて。
頭から鳥居をくぐるための階段の方へ落ちていきます。
怖くて、怖くて。
頑張って目をつぶりました。
「──迷惑じゃ」
目を開けると、わたしはふかふかの
……間違えました。
狐さんに乗っていたのでした。
「あったかー」
「…近代の童は労いさえ、疎かじゃのう。──全く、暢気なものじゃ」
狐さんは、社会に駆り出されるブラックなサラリーマンのような雰囲気でした。
背中をさすれば分かります。
社畜と言われているそれです。
「いつまで跨がるのじゃ。終いじゃ、おしまいじゃ。仗を動物と扱うのではない」
「はーい。ありがとうございます」
また、乗せてもらおうと思いました。
「じゃあのぅ。仗は駄弁などに付き合う時は赦されておらんのじゃ。他をあたれ」
「分かりました」
「おぅ─物わかりがよいな。もちっと、せがんでもよいのじゃからな。童はわらべらしく、幼稚な返答を志してもよい。赦す」
なにを焦っているのか分からないけど。
今日はこの辺にしておきます。
じいじもそろそろ帰ってくるので。
「じゃあ、狐さんの名前を教えて下さい」
「ふむ。幼稚な言の葉よ。仗は、─────じゃ。童にはちと難しい撥音じゃが、じき慣れよう」
「聞きたくない名前でした…」
狐さんは、丸く細い眼を目一杯開いてわたしを捕らえます。
「仗の名が──不遜にも貴様に劣るということか──?」
朱い毛並みが逆立ち。
口元から黒い煙が沸いてきました。
ギラギラと鋭い眼がわたしの頭を噛み砕こうと見ています。
ちょっと怖いです。
けれど、こうなっては引けません。
じいじに言われました。
売られた喧嘩は、桁を三割増しにしてど突き返せ。
と。
喧嘩はまだしたことがなかったけど、いいチャンスだと思いました。
「わたしの名前は──
かましました。
渾身の自己紹介です。
「……──は。くっははは!腹が捌けそうだのぅ。名は仗の方が俄然頂点じゃが、夢は立派じゃ!」
狐さんは、笑いました。
なにが面白かったかは分かりません。
「おーい、お嬢ちゃん。おじいさんが帰るってよ!」
出仕さんがわたしに呼び掛けました。
すぐに返事をしようと、階段を上ります。
「狐さん、ごめんなさい。続きはまた来たときにしてください」
振り返ると。
狐さんはいませんでした。
神社の方からは手を振る出仕さんと身体が悪いのに煙草を吸い続けているじいじ。
もう一度、二人に会うために鳥居をくぐります。
くぐると。
笑うように優しい涼しい風がわたしを通り抜けていきました。
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