17話 本音とホンネ

 光に当たった髪は、深紅薔薇よりしとやかで薄紅より艶やかに透き通っていた。


さっきは、カーテンやらの影響?で暗がりになっていたから気づきずらかったが。


今は、はっきりとこうして髪のいろが見える。


精霊ショウレイであると発言した彼女の髪の色は見事なであった。


西日柊佳が持つ荘厳なの髪ではない。

髪の長さは一緒ではあるが。


その髪の色が、何よりの西日柊佳ではない証明であった。


だが、そこを除けば彼女は西日柊佳と瓜二つの容姿ではある。


西日柊佳と初めて会ったときのなんとも表現しがたい既視感はこのせいか。


で。

なんで学校にいるんだろう?


それと、なんでまた丁寧な口調に戻っているんだろうか?


緊張しているからか。

そうとは、感じないけど……。


……よし、諸々はあとで聞こう。

いっぱい、話すこともあるし。


「あれ?二間くんが起きたの?」


カーテンと彼女精霊越しに淺水あさみ先生の声が聞こえた。


「はい、やっと起きました。体調は心配なさそうです」


「うん、はぁ……。ま、それはよかったね。ただそれでも、保健の先生としてはちゃんと確認はしないとだから……よっと──」


そう言って、椅子から立ち上がる音が鳴った。

淺水先生はカツカツとベットまで歩いてくる。


凛とした姿勢で俺の正面まで。

揺らぎのない冷静な瞳をこちらに向けて、淺水先生は一度眼を細めた。


そうして、俺の前で屈む。


「二間くん、おはよう。いきなりで悪いけど痛むところはない……?」


俺に呼びかける声は、いつもより幾分か軽い調子であった。


「…おはようございます。あの、特に痛みがあるとかはないです。あ、あの、今日もベット使ってしまってすみません」


「……。使うのは、別に構わないよ。だけど、最近は多すぎて心配。私が心労で倒れないくらいにしてね」


面目ない。

内心怒ってるんだろう。

肝に銘じよう。


「ところで。俺はなんで保健室にいるんですか?」


当然の疑問を口にする。


「それは…──」


その疑問に精霊がなぜか口を挟んだ。

申し訳なさそうに、僅かに瞳が揺らいでいる。


心配してくれているのかもしれない。

どうせ、俺のドジだから心配するだけ無駄だけど。


それでも、嬉しい。


「二間くんは、巨体な男子からのタックルに襲われそうになった柊佳ちゃんを庇ったらしいよ。

そして、記憶が朧気なのは……おそらく、軽い解離性健志かいりせいけんしじゃないかな。そのときの記憶が曖昧になってしまうものなんだ、それはね」


西日を庇った……?

俺が?


確かに、なにか危ないと思ったような気がしたのは覚えているような……。


「…西日さんは、それで無事でしたか?」


「そのことなら、心配ないです。トウカは貴方に悪態を思わずついてしまいそうなくらい元気でした」


精霊が答える。

淺水先生から聞こうとしたけど、彼女も知っていたらしい。


「──え、そうなのか?なら、よかったけど…。」


とりあえず、ほっとした。

彼女が言うなら本当だ。


見たところ、ベッドは……一つ使われているけど、本当にここにはいない。


時刻は9時だ。まだ、授業をしている時間帯。

無事に学校で授業を受けていることだろう。


「じゃあ、ありがとうございました。次回は、気をつけます」


そう言って、安心して立ち上がろうとする。

だが。


「──待って。まだ話しは終わってないよ」


膝をつかまれ、立ち上がれなくなった。


こうした行動に出るということは、怒っているのかもしれない。


淺水先生は、怒らせたら一番いけない人であると俺は思っている。


だから。

この先生には心配かけないように努力してたのに。


結局は、この人にも辛い眼をさせてしまった。

情けない。


「──そうですね。すみません。俺が貧弱だったからケガして、先生に迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした」


俺が身体をもっと鍛えていれば、こうはならかったんだ。


「………」


淺水先生は、俺の発言が気にいらなかったのか。

咎めるように俺を睨んだ。


「前置きは長くはしたくないけどね、二間くんは視野が一方通行なんだよ。サイドミラーやバックミラーがついていない小型車でもある。道や時間と都合を注意しているようで、無視している。もしくは、注意喚起の標識を信号機だと勘違いしている」


……。


「だから、このままだと君は独りの人間として生きていけなくなるよ。

──知ったような口でごめんね。でも、言っておかなきゃと思ったから……二間くんのためにも、私のためにもね」


「────」


「この先の、例えば社会に出るときにね。

自身の責任だけを認識していて、周りの人にも等しく同じく責任があることを忘れてはならないの。

これは、自分の身の丈を知るということ。良い意味でね。だから、二間くんは、これからを考えるときにしっかりと周りを見ることを忘れないこと」


いいね?

と、淺水先生は声は優しく、顔は真剣に。

言葉を足した。


やっぱりだ。

この人は、どこか姉と似ている。


怒っているはずなのに、こっちを心配する感情が勝ってしまって、怒るはずが悲しく泣くように諭そうとする。


空振りばかりの俺とは、格が違う。


「…肝に命じときます。それで、話しというのは」


俺の返答に、軽く頷くと。


淺水先生は、微睡むかのように穏やかに息をはき。

気合いを注入するが如く息をのんだ。


「うん、そうだったね。二間くんはそのままかけてくれていていい。私は話しをする前に準備があるから」


淺水先生は鞭がしなるように立ち上がる。

いきなり、動くものだから驚いた。


白衣の着崩れを長い白衣の袖ごしに両手で直し、片手を白衣のポケットにつっこむ。


取り出してきたのは、古めかしい高そうな白銀のライターだった。


持ち手の部分に文字が掘ってあるライター。

丁度文字は見ることはできなかった。


ライターには詳しくないが、ジッポーあたりだろうか。やけに、年季が入っていそうだ。


そうして、白衣ごしからの慣れた手つきでライターの火をつけ。

内ポケットに手をいれて、数秒固まった。


「……。煙草最後の一本は、まだサキの約束じゃった」


一連の動作が鮮やかでカッコよく。

無駄がない動作で大人の余裕を肌で自然と感じてしまう。


さながら、出来る大人という端的な感想が脳裏に浮かぶ。


煙草、似合うな。先生──。

───て。

感心してしまったけど。


まさかの淺水先生、煙草やっていたのか。

普段のイメージからかけ離れていて驚いた。


「二間くん、時間が少しかかるから彼女──西ちゃんと談笑でもしておいて」


そんな訳が分からないことを言って、もの悲しそうな眼でライターの火を消し。


カーテンが閉じられた。



 淺水あさみ旭音あさね先生は、年がら年中白衣を羽織っている。

なんでいつも着ているんですか?と聞いたところ。


安心するから。

ということだった。


そんな白衣は、淺水先生より大きめである。

腕がすっぽり隠れてしまうほど大きい。


だから、いつも腕や手を見ることができない。

生徒の治療のときも片時も腕を見せない。


それが、淺水先生のおかしな謎だった。

白衣が好きで、というのは分かる。


だが、大きい理由が分からなかった。

大きければ、生活するにも不便で邪魔だ。


保健の先生であれば、尚更手作業は欠かせない。


他の生徒がこの件について聞こうにも何故かそれだけは、はぐらかされてきた。


なので、一時期謎を解き明かそうとやっきになる生徒があとを立たなかった。


結局、解き明かせた生徒はいなく。


淺水先生の腕はタトゥーまみれだから見せられない。


実は腕が四本ある。

そもそも存在しないのではないか。


など、おかしな謎が深まっただけになった。


でも、唯一。

ヒントをもらったらしい生徒がいた。


先生は、巫子さんが好き。

だ、そうだ。


ヒントにもなっていない、怪しいヒント。

絶対ヒントではないと思う。


これにはさすがに考察班もお手上げだった。


淺水先生は、物腰が柔らかで少し気さく。

非の打ち所のない生徒の癒しで善良な保健の先生という存在である。


それは、先輩や後輩、誰の評価も同じであった。

異議はなく、一年間たびたび話しをするなかで俺も同意見だ。


ただ、謎が深そうな先生ではあったのだ。




 「何故。トオルは私の顔をまじまじと見ているのですか?」


俺は今、猛烈に人の顔を凝視している。

人ではないか、精霊か。


描写をするのは面倒なので省くが、言わずもがな、彼女の造形には隙がない。


黄金比を万全と光らせ。

堂々と場を照らす。


「確かに──顔はクリソツだけど。髪の毛は──」


無表情のままの精霊。

反応は人形のようで体温を感じない。


だが、眼を合わせようとすると視線だけは逃げるのでちょっと面白い。


あれ?

前会ったときは、こんな感じだったか?


前会ったときは、こう。


最初は丁寧でキリッとしていたけど。

打ち解けてきたらほんとは、さっぱりしていて。

事あるごとに、強く発言を残していた。


そうだ、西日さんではないが西日さんの性格に近しい。ま、西日さんの性格のパッと見の感想だけど。


て──そうではなくて。


「君は、ほんとうに西日柊佳じゃないんだな」


「はい。私はトウカではありません。トウカより、おしとやかです」


「それは、わかる気がしないでもない」


淺水先生は、イタズラに嘘はつかない。

真面目すぎて、天然のいきに達しているとかうちの担任は言っていた。


なら、さっきの発言の真意は……。


精霊自身が自分は西日柊佳ではない。

と言っていたのもあることだし。


まぁ──正直、目の前の彼女が西日柊佳であろうと精霊であろうと。


俺と一緒に居てくれる人はい人だ。


ならば、誰だかを悩んでいる時間がもったいない。



 彼女は、先ほどから声のトーンが低くなっている。


表情でわからない分、そういった機微を注意しなければ感情の推測さえできないだろう。


器用な話題ふりはできない。

俺は元から不器用である。


だから、他人を振り回してしまうこともあって。

自分の行動に自信はない。


けど、それを理由にして動かないのは嫌だ。


「君は、嫌いなモノやコトはある?」


出した話題は、きっと万人にとってネガティブなことだった。


「……?トオルは何故そのような質問を私に?」


彼女は静かに聞いてきた。


「いや、気になっただけ」


共感を求めたわけではなく。

ただの率直な疑問である。


物事をどう捉えているかという、好奇心だ。


「キライな……モノですか」


「あ、深く考える必要はないし、あるのならどんなモノかなってね。話しの基本は話す相手への理解が当然だと、俺は生きてきて思っているからであって」


「トオルは、ありますか?キライなモノ」


「あぁ、もちろん。虫と鈴がキライだね」


「虫……と鈴?」


「虫は言わずもがな、羽音と習性。あんど、寿命。鈴は……音色がちょっと嫌かな」


鈴の音色で起こされてもみろ、頭で繰り返して甲高い音が鳴り響き続けるんだ。


あんなの二度とごめんだ。

あと、音が小さくなっていくのも。


「…終わりが明確にあるモノがキライなのですね」


「そうかな……、そうとも言うかもしれない」


「だとすると疑問が残ります。なぜ、人間は該当しないのでしょうか?すぐ失くなってしまうのは人間も同類なのでは。殿堂入りだったりしますか?」


「殿堂入りはしてない。というか、どこでそんな言葉覚えたんだよ。……人間は、そうだな…終わりが決まったモノではないからかな」


「虫は違うのですか?」


「うん。虫は生き方を決められずに本能で終わりを考えて必然的に受け入れていると俺は思ってるんだけど、人間は生き方をいくらでも変えられるし、人生の終わりを良いモノであったと偶然思える人間もいるんだ。そんな、都合のいい生き方をしている人間はキライにはなれない。でも、人間より俺は感情移入してしまうのはどうしても虫なんだよな……もちろん、キライだけど」


「成る程。トオルは、ナニモノであっても人間のようにおもうのですね」


「……え?今の嫌いの話しからどうしてそうなるんだ?」


彼女は感心したように眼をつぶり頷く。

感想はどこか胸を張っているようだ。


「私は、───人間がキライです」


彼女は声を圧し殺して、心底発言を悔いるように口にした。


「──そうか。ま、そんな気がしてたし、分からないわけではないよ。俺らは、生きることに怠慢だからな」


「……怒らないのですか?……人間を守るはずの精霊がこんな矛盾したおかしなコトを言っているんですよ」


「おかしなコトなんてない。というか、当然だと思う。守るなら憤りを感じるな。なんて、そんなおかしなコトは言わないよ。君は君が思うことを貫けばそれで十分。だって、生きているならそれくらいはしなきゃ、不公平だ」


「──」


「別に人間に復讐心を燃やせとか、は言っていない。それだと、俺も死ぬことになるし。

……愚痴くらい、聞く。ってことだ」


「……私──、自身の私欲と煩悩のために他者をけをとし、それを利益として売り物にするのはどうかと思います」


外道だな。


「至極全うに働く人を裏で非難する人間がイヤです。他人の命を担保たんぽに自分のやりたいコトをする人間が愚かしくてたまりません」


……。


「けど、けど、ですけど──。私はそんな人間でも守りたいと強く思うのです。だから──私は、私を──」


そこで彼女はやっと、息をした。

呼吸をした。


強く握ったこぶしを膝にかかえて彼女は項垂れる。


顔を見ないように俺は天井を見上げる。

きっと、彼女は悲しんでしまうから。


「なら、守りたいと心のそこから思える人間を護ればいいんじゃないか。

それでもいいと思う。俺がそんなもんだし。守れてないことがほとんどだけど、誰しもが守って欲しいだなんて思ってないかもしれないから」


そうだ。

誰もが守られて、よかった、なんて思うはずもないんだ。


「…私は、人間と直接話しをしたのは貴方が初めてでした。初めて人間と少し話しができて、初めて人間を恐いと思わなかった。私は、トオルと会えて、──よかったです。いきなりでしたけど、グチに付き合ってくれて──嬉しかった。人間の中で一番貴方が、トオルが好きです!」


「───」


俺は見ないようにしていた、彼女の顔を恐る恐る見る。


辺りの暗がりは急になくなった。

はっきりと彼女の細やかな微笑みが瞳にうつる。


きっと、俺は自分に嘘をついていた。


ベッドを囲んだカーテンの部屋。

目を覚ました場所は、明るかったのだ。


一切、暗がりらしきものはなく。

一部、影が薄く存在するだけ。


見ていなかっただけだった。

落ち込んだままというだけだったのだ。


また、ここにきてしまった。

また、不甲斐なかった。


また、誰かを、そばにいたい誰かを悲しませてしまう。


だから、明るいところは眩しく見えて仕方がなく。

影ばかり見つめていた。


これでは、西日柊佳であるかなんて分からないのは当然だったのだ。


眩しい──。


目の前の彼女は、明るい場所で眩しい笑顔を見せている。


あぁ、きっと。

彼女は守れていたんだと笑うように。


「……お話しはここまでですね。アサネの準備ができたようです。またの機会に続きをしましょう。次は楽しいお話を期待します」


「アサネ?」


「─?トオルは知らないのですか。彼女の名前を」


「……いや、知ってるけど」


どうして、下の名前なんだ?

距離感がぶれているのかもしれない。


人間をそれでも守りたいと思えるやつだからか。


「ところで。準備ができたって、何でわかったんだ?」


「それは、アサネの精聖錬せいせいれんが完成したからです。精霊なら、気配で解るようなものです」


は?

いま、なんて──?


「カーテンを開けますが、宜しいですか、トオル」


カーテンをそっとつまみ。

精霊は俺に判断を仰ぐ。


「まて待て!説明を──」


問答無用で俺の反応を無視して頷き。


「急ぎですので。説明は後ほどにしてください」


そう言うと。

精霊は間髪入れずに、ベッド周りのカーテンを半分開けた。

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