16話 再会

 暗がりの底で──誰かに別れを告げられたような気がして眼が覚めた。


「……」


見れば、暗い影が定住した部屋だった。

いつの間にか、何処かに連れてこられたらしい。


目が覚めたら、最近はこんなことだらけだ。


それに、頭がヒリヒリする。

胸焼けが頭にこびりついたみたいだ。


何より、虚脱感がすごい。

疲れる夢でも見ていたのだろう。


その両方が重なって、身体がいつもの二倍はだるかった。


だから、20秒くらい経ってようやく、ぼーっとしていた意識がはっきりとしてきた。


──そうだ。

俺は……。


なにがあって、なにをしていたんだっけ。


クラスの連中が騒いで西日に文句を言っていたことは思い出せる。


そこから、靄がかかったみたいに思い出せない。

事故のようなことは起きた気がするが、どうだろう。


意識ははっきりしてきたが。

記憶ははっきりしていない。


なにかを、思い出そうとして辺りを見渡すと。


「あ──?」


驚いた。

今まで考え事をしていたせいか。


よく、周りと自分の身体の感覚を細部まで確認していなかった。


白いヒラヒラとしたものが周りを覆っていて。

ちょっと硬い感触のある、人間一人分置ける平たい物に乗っていた。


つまり、カーテンとベットがある所に俺はいた。


そして。

寝ている体勢のまま、俺は90度右腕を挙げている。


眠っている状態で何かを殴ろうとしたのだろうか。

それに、ひどく、力が入っていた。


とりあえず、いつまでも腕を上げていてもいられないから降ろした。


降ろしたが、手の力だけは一向に緩まることはなく、むしろ強く握っている気がする。


手だけつってしまったのかと思い、確認するために頭の方へと腕をもっていく。


普通にここまでなんなくもっていけたから、つってはいなようだった。


手を見る。


手は、腕を上げているときは握りこぶしに見えていた。


だが、間近で見たら違った。


「──。誰と約束してたんだか……」


指切りげんまん。

俺は、小指だけ上げてそれをしていた。


無意識にそうした行動をとるということは、夢の中で本当に誰かと会っていたのかもしれない。


……まさかな。


第一、もう夢を見ていたかも内容も覚えていない。

きっと、昔の夢でも見ていたに違いない。


そう考えているといつの間にか、手の力は緩まり。

自由に動かせるようになっていた。


とりあえず、このままでは現状がいまいち分からないから身体を起こした。


「───っ」


その際、右肩の痛みがきた。

まだ、完治していないらしい。


起き上がると、やはりベットの上だった。


三日前に熱中症で倒れたときに使ったベット。

二日前に助けられたときに使ったベット。


そして、今日。


こんなに連日使ってしまって、本当に淺水先生に申し訳ない。


そんなことを胸のうちで反省し。

ベットの端に腰を掛ける。


さぁ、立って。

お礼を言いにいこう。


「──んっ」


立って、カーテンに手をかけようとしたとき。


ベットのもうひとつの端。

俺からすれば眠るときに足がくる側にいる何者かを見つけた。


驚きはしなかった。

むしろ、感心した。


俺は、ちょっとの物音や気配なんかで起きてしまう体質である。


だけど、この子はそういった俺にとっての不快になることをしていても俺が起きなかったから。


うとうと、と。


小さなパイプ椅子に座って西日柊佳彼女は、うたた寝をしていた。


本来は、居眠りと表現するのが的確だろうが。

どうもそう表現したくなかった。


似合わないから。

そうとも思ったが。


居眠りをしているというのに、彼女は眠っていない気がしたからだ。


さすがに勘違いだろう。

自分でもその考えはおかしいとも思っている。


微かな寝息も聞こえるし、それこそ穏やかに眼を閉じている。


嘘寝と表するには、白々しいほど。

ぐっすりと。


あまりにも深い眠りだったから。

つい。


「眠ってるのか?」


と声を掛けてしまった。

もちろん、返答は静寂だった。


俺は、やっぱり気のせいだったと思い。

カーテンに再び手をかける。


淺水先生に、どこから謝りをいれようか考えながら──。


カーテンをいざ、開けようとする。


「……いえ。私は眠ってはいません。トオル」


「──え」


眠っていたはずの彼女から、遅れて返答が返ってきた。


驚きは、さすがにした。

予想が当たっていたからということもあるが。


寝起きにしては、声が透き通っていたからでもあったからだ。


「なんだ、やっぱり起きてたんだね。びっくりした」


「よく、私が起きていたのに気づきましたね」


「そんな気がしたというか……なんというか。勘というか。曖昧なものなんだけど、そういう──」


彼女は、無表情に首をかしげる。

説得力のない発言をしてしまったからだろう。


「直感。貴方は、そういった力が強いのですね。納得です。ならば、あのときもそれが功を奏したのでしょう」


俺の預かり知らずのところで納得された。

まぁ、よし。


人生ってそんなもんだろ。


「…西日さんは、俺を待っていてくれたの?」


「……」


彼女。


西日は、黙っている。

待っていたんじゃなかったのか?


とすると、ただ眠りたかったから?

いや、眠ってなかったしな。


じゃあ……。


「なにをしてたの?」


「トオルが起きるのを待っていました」


なるほど。

待っていたからか。


そうかー。


……ん?

さっき、待っていた?と聞いたはずなのに。


なんで、そのとき待っていたと答えなかった?

……なにか、おかしい。


いや、深く考えすぎか。

からかっているのかもしれない。


「西日さん、どのくらい待ってた?」


「……」


返答がない。


無視された?

どういうことだ?


……もしかして。


「どのくらい、俺が起きるまで待っていたの?」


「…1時間ほどでしょうか。そこまで長いわけではありませんでした」


無表情に彼女は答えた。


まるで、感情が固定化された人形のようで、人間と話している気さえしないほど。


それは、熱を知らない。


感情が消えていると表現するほうが的確かもしれないが。


さて。


「それじゃあ、待たせちゃったね。は、俺になにか用事でもあるのかな?」


「はい。トオルに話しがあります」


やっぱりか……。

こんなこと、あり得ないと思ったけど。


どうやら、そうかもしれない。

彼女も勘はいいと根拠もなく、俺に言っていたし。


なら。

こんなこともあり得るのかもしれない。


「おかしなこと言うけど。、西日柊佳さんじゃないよね?」


もちろんのこと。

目の前の人物の顔は、まごうことなき西日柊佳である。


少々暗がりになっている部屋で顔を見ているが。


自分が感じた第一印象である和風と洋風の良いところを合わせ持った少女がいる。


だが、まず言動が違った。


西日は、敬語をあまり用いなかった。

俺やクラスの連中と関わったときなんか、敬語なんて使っていない。


そうして、しっかりとした感情と言い分があって。

俺やクラスの連中に対して積極的に話しかけた。


対して、今回は受動的かつ感情の起伏があまりにない。


これが、素の姿であるかもしれないが。


西日さん。

と言って反応がなかったからでもある。


つまり、このことから怖いことに兄弟説も消えた。

だから、合っていたら怖すぎる。


あと、自分が一回しか西日さんと会っていないから本人かまだ曖昧な判断しかできないというのもあるな。


ま、どうでも──。


「……。私は西日柊佳ではありませんが、それがどうしたのです?」


「……あぁ。どうしたって……。えーまじか。まじなの?本当に西日さんじゃないの、君」


「……はい。そう申したはずですけど。不満がありますか」


「いや、不満というか……。びっくりというか」


じゃあ、なんだこの子。

ドッペルゲンガーとかかな?


それぐらい瓜二つだし。


でもそれでは、西日さんになる。

ほんとに、誰なんだろう?


「…じゃあ、その。君はなんなんだ?」


俺が発言をしたほんの一瞬、無表情が、なにか別の表情に一度変わった。


ここは暗い?ので、憶測でしかないのだが。

彼女は、表情が変わった瞬間俺を睨んだ気もした。


「──。…………。……プイッ」


あれ?

そっぽ向かれた?


彼女は、無表情のまま俺から顔をそらす。

無表情だから、怒ってるかは分からない。


でも明らかに、俺の発言がなにかしたらしかった。


「──はは」


つい、声に出して笑ってしまう。


あまりにも今までの感じから、人間らしいところを見せなかったから、安心して笑ってしまった。


「……なにが、おかしいのですトオルは。私は、別に真っ当なことをしただけです」


顔をそらしたまま、彼女は言う。


確かに。

なんなんだ、と言われれば答えずらいかも。


「そうだね、おかしなことなんてなかったよ。真っ当でかわいかった」


あれ、なにを口ばしってるんだ俺。

こんなキャラじゃないのに。


「───。トオルは卑怯ですね、そんなことを言っても私は許しませんから」


もしかしたら、ほんのり怒っているかもしれない声色。でもやはり、無表情で淡白に彼女は言い切る。


なぜか、その表情をもっと見ていたい。

もっと、そばにいたいと思った。


初めて会ったはずなんだけどな。


「……体調は大丈夫そうで、よかったです。では、カーテンを開けますね」


彼女は、ほんのり安心したのか胸に手をあてて、こみ上げるものをかみしめた。


それを俺なりに表現するなら、雨がやっと上がった晴れ晴れとした高原のような笑顔だった。


カーテンが静かに開け放たれる。


無色の暗がりから、色彩を誇る光側へ。

光は影にいろを与え、暖かさを放つ。




彼女はそれを正面から迎えた。



つい、眼を細める。

決してそれは、眩しくて行った行動ではない。


ただ、思い出したことがあった。

ただ、助けられたことがあった。


そこにはいつもあった……。









──その背中を俺は憶えていた。






苦痛でも。

誰もが望まなくても。


俺の前に立つ光景を。


まるで、太陽を直視しても焼けない夜空の向日葵のような彼女を。


何故、ここまで気づかなかったのだろう。


無表情で無機質だが、常に誰かを想う暖かい口調をしていたのに。


俺を心配してくれていたのに──。


「──トオル。私が何者なのかという質問に、まだ答えていませんでしたね……」


振り向かず。

誰かの声にいつまでも応えるように。


彼女は──。


「私は、貴方との約束を果たすモノ。

貴方のそばにいると誓った、精霊ショウレイです───」


約束を交わすように俺に答えたのだった。


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