14話 Life is beautiful because it doesn’t last.


 今日の空は、ずいぶんとごきげんなよう。


 だけれど、おかげさまで大地は少し騒々しい。


風は喜んで踊るし。

木々はつられて、踊ったり暴れている。


川は急いで空のごきげんをとって。

花は大地をなだめている。


──今日もこのように世界は生きている。


その世界で。


森に逃げるモノ。

教会に隠れるモノ。


空と遊ぶモノ。

大地と、共に寝てしまうモノ。


こんな風に生きている私たち。

───ホントに、我々は自由な存在だと思う。


「きょうは、どこに遊びに行くの?」


最近、この島に訪れた人間の子どもが言った。


「今日はね。私の友だちを紹介するために森に行こうと思います!」


「ともだち?ボクもいるよ!ちょっと、うるさい子だけどね」


「そうなの?やっぱりキミにもいるんだ、ちゃんと友だちが」


「うん!いっしょだね」


「……うん。いっしょね。……じゃ、行こっか!」


私たちは森に駆けだす。


私たちが生きている森へ。


森は何重にも迷路が重なってできている。


人間が入ってしまったら、寿命がくるまでに抜けれるかは、自身の運しだいと聞く。


でも、私たちがついていればそうはならない。

私がついていれば!


…………。







あれ?ここ、どこ?


「おーい。こっちだ、こっち。おてんば天然記念物!」


───そうだった。

こっちだ!


12本目の檜の木を三回廻って7時の方向へ進まなければいけなかった。


私はどこでも道に迷ってしまう。

たとえ、住んでいるなじみのある場所でも。


そして、どうやら私は能動的に生きているらしい。

だから、あんなバカにも変なあだ名をつけられる。


「……やっときた。おまえはアホなんだから、ちゃんと森のに祈っとかないと危ないぞ。まぁ、祈ったところで迷うと思うがな」


一言多いよこのバカは。


息をきらせて、ついた先は待ち合い場所。

先についていたバカがいて助かった。


「祈るの苦手だもん。だから、祈らない。私は、私の好きな通りに進むんだ!」


「それで、帰れなくなったらどうすんだよ。オレ、おまえ捜すの得意じゃないからな。泣いたって助けてやれない、覚悟しておくことだな」


「えー。そこは助けに来てよ。あんたは私の──なんだっけ?」


「おい──。そこは根幹に関わることだからな。忘れてくれるなよ。……ところで、おまえ、あいつどうした?」


「ん?あいつって?」


なんのことだろう?


「ほら。さっきまで付いてきた人間の子ども」


「あ」


……まさか。


すっかり手を繋ぐの忘れてた。

あれしなきゃ、私を見失っちゃうんだった。


「……どうしよう!?森の中の迷子さんにあの子がなっちゃった!!」


「……かぁ。おまえなぁ……まぁ……。しかたないよな。迷うよな。よし、しょうがない、一緒に捜してやる」


「……」


「…なんだよ。その眼」


「……やーね。やけに、素直だなと思って」


そう言うとバカは視線をずらす。


これは何かあるなと思い。

周囲を見渡してみると……。


「……あれ?あの子は?」


私の大切は友だちがいなかった。


「…その。すまん。眼をはなしたすきにその、な?」


「な?…じゃないよ!バカァーーー!!あんたも私とおんなじでバカァ!!」


「分かったから、そんな騒ぐな。他のやつらが起きる」


「……ハッ!そんなことより、早く二人を捜さなきゃ!」



「……そのなぁ。悪かったな。オレ、今ごまかそうともして。……すまん。オレが……ん?───もう、いねぇじゃねぇかぁ!!あのアホ!!」




 森は人間が迷いこんだら、ある場所に連れていかれることを私は知っている。


なぜなら、他の人間を森に招いたときにやってしまったからだ。


最短でその場所に飛ぶように足を靡かせる。


滑走。

滑空。

闊歩。


しだいに、身体は弓を引く弦の動きさながら、音を超越する。


だけど。






……迷った。


どうしよう。

困った。


こんなときはお祈り、お祈り。




……啓示がこない。

あっ、そうだった、にもとから祈ってなかったんだった私。



……助けてーー!

迷子だよぉー!!




「──そこか!……おい。勝手に先に行くな。危うくオレもおまえのせいで迷子の一員になるところだったからな」


全速力で来たのか、バカは若干息をきらせていた。


「…──。バカだけど、頼りになるね。ありがとう。安心した…」


「一言余計だ。ところで、先走ったはいいが、場所はわかるのかよ」


「…うん。私、こういうこと何回かあるから、どこに行くかわかってはいる!」


「一将功なりて万骨枯る。だな。

感謝するんだ人間さまに。あと、申し訳ないから謝罪もそえろ。ほんと、アホだ」


「一言余計はそっち!あぁ、また先行っちゃおうかな~」


「それだとおまえがまた迷子になるだけだろ」


「そうだわ!」


風の記憶と前の足跡をたどり。

バカといっしょに、迷子の人間たちがいる場所へ飛ぶ。


「……そこ右!」


「了解!は───ぁ。精聖錬せいせいれん──聖製せいせい!!」


バカが道を作る。

木々が石のレンガに変わっていく。


「速くしろ!森の修整力しゅうせいりょくはこの島自体より、この森が上だ」


「わかってるっての……!」


バカの後ろを音速で追いかける。

足跡は──あと30キロほど先まであるようだ。


ちょっと、疲れた。


「さすがに一時間走りっぱなしは疲れたー」


「そんなこと言ってられるか!人間たちが危ないかもしれないんだ!分かるか?1人はのやつだ。なにかあったらこの森はなくなる」


「んんーー。我慢だ私!」


5分ほど飛び、駆けた、のち。

ついに場所が見えた。


「そこ、真っ直ぐ!!」


「おお。了解!──ぬけ───たぁ?」


「わわぁ!?」


くぐり抜けると突然に。

大きな、開け放たれた高原が目の前にでてきた。


さっきの森が虚構のように、木々のベールも湿っぽさもない。


ただの草原が広がっていた。


驚いたのもつかの間。

重力が問答無用で覆い被さる。


どうやら、ぬけたところは地面とは数百メートル下のようだ。


「おちるーーー」


「……なるほど。こういうこともあるんだな」


二人して逆らうことはできず。

地面に激突した。


「いてて。……ってあんまり痛くない。てか、痛みなんかないわ。すごいね」


「それはそうだろ。オレたちはな」


けろっとして、バカは何事もなかったかのようにあぐらをかいていた。


一仕草余計なバカ。


「ここ、なのかなぁ?前と違うような……?」


「はぁ?どういうことだよ。知ってるんじゃないのか。ま、足跡的にはここだろうという確信はある。変に走り回ってるおまえだから、また迷ったかもしれないがな」


「……あっ!あそこ!」


大きな木があった。

そよ風に揺れ、こちらへ手を振ってるかのような大きな木。


すぐさま、立って。

木の下を遠目で見る。


「私、勘が冴えてる!やっぱ!ここだった!」


私が感じた通り。

人間二人はその木の下にいた。


「他も冴えてほしいんだがな。まぁ、上出来だ」


私たちは木の下へ駆けだす。


人間の子どもたちはすやすや眠っていた。


「人間って、案外たくましいな」


「そうだね。それと、かわいい!!」


「そうなのか?オレは不思議な存在と認識しているが」


「この世界、不思議なことばっかりだよ。そんなんで不思議、不思議って言ってたら、疲れちゃう。楽しむのだ、おバカさん」


胸を張って私は言う。


「そうだな、能天気の……いや、それもそうだな」


「ほら、ご覧なさい!」


「はぁ?なんだよ。おい、髪引っ張るな!見てやるから、待て、待て」


「……ほら。まるで姉弟みたい」


くぅくぅ眠る、友だちと人間の男の子。

もし、人間に生まれ変われるのなら、キョウダイがほしいな。



       *   *   *



──ながい。

誰かの夢から、目が覚めた。


俺ではない。

誰かの夢をているような夢だった。


もちろん、のはずだが。


だからこの夢は、記憶や記録、といった方が正しいかもしれない。


───誰かの記憶を覗いているような。

そんな、不思議な夢だった。


前にも、こんなような夢を見たことあったなと思い出し。


苦笑いを口元に浮かべ。

少し、憂鬱な気分になってしまう。


朝がこんな風に始まると、布団から出るのが億劫になるから嫌いだ。


高校生。

いや、全人類がそうであるはずだ。


起き上がろうにも。

身体は凝り固まっていて、心は更に深く凝り固まっているからである。


難とか上半身を起こし。

カーテンに手を掛ける。


力任せにカーテンを開き。

鈍い朝の日光が身体をくすぐった。


──今日の空はご機嫌なようだ。




 リビングでは、昨日あたりから建物が連続的に倒壊しているというニュースがまた流れていた。


朝のコーヒーを嗜みつつ。

ぼんやりとテレビを見たり、スマホを片手間に見たりする。


世間様は未だにで騒いでいるらしく。


まだ、殺傷されたはずの女子高校生が見つかっていない。

それが原因で長く話題になっていた。


「なーに、見てるの?」


姉が朝食をおぼんに乗せて机に運び終えると。

席に腰を掛けるのではなく。

こちらに身をのり出してスマホを見てくる。


「ん。ピピッターを見てるだけ」


「ほんとかー?朝っぱらからやらしぃの見てたりしない?」


「そんなのみるか!ほら、前にニュースになってたこれ」


そう言って。

姉にスマホ画面を見せつける。


「……あー。あったね、そういうの。まだ見つかってないんだっけ」


姉は興味ないのか。

そそくさ席に着いて目玉焼きを頬張りながら、喋る。


「うん。警察も捜索中らしいけど、見つかったのは腹部に刺さったであろうナイフだけらしい。犯人の証言通りだし、指紋的にも犯人と一致してるし、間違いない。そして、ナイフに付着した血をDNA鑑定しているけど。エラーが起こって鑑定が進まない事態になっている……調べた情報だとこんな感じ。医療機関は不備はない。って証明してる」


情報を漁ってみたら、この事件についてわんさか情報が出てきた。


純粋な血液でないモノが混ざっている。

血液ではない可能性を視野に入れている。


など、よく分からないことまでも書かれていたりする。


「研究熱心ね。もしかすると、その女子高生は人間じゃなかったり!」


「なわけある………か。……ないはず」


脳裏には、うっすらと。

いや、はっきりと。


精霊という存在が頭から押し寄せてくる。


血液がどうのこうの、とか言ってなかったけ。

あのときの精霊。


まさか………な。

もうきっと、関わることはないだろう。


この町にも俺にも。


星霊?だっけか。

あれも、去ったことだし。


確証はないけど。

そんな気がする。


でも、もし次会うことが万が一にもあるとするのなら。


ちょっと、だけ。

ほんの少しだけでも、なんにも気負いせず。


ただの世間話でもいいから、話してみたくは、米粒くらい程度はあるかもしれない。


「……なに。ぼっーーとして。もしかして、好きな子でもできた?なら、紹介しなさい。お姉ちゃんのお眼鏡にかなうものならな!」


キリッ。と。

あるはずのない、イマジナリーメガネをクイッとあげて、ニヤリと姉は口元を歪ませた。


「……。いないよ、別に」


「あ~れ~?想像してた反応と違う。もっと、こぉぉ心底興味ない感じで蹴られるのを想像してたんだけど。もしかして、マジでいらっしゃる?」


「だから、いないって」


「──おや。おや、おや。あの、お姉ちゃん一筋の徹くんがねー。まさかの、こぉい。しちゃってます?恋しちゃってる子に言っちゃおうかなー、徹くんて──」


顔やめろ、その顔。

表現しきれないくらいに、おちょくってる顔を!


「父親のパンツが一緒に洗われていたくらいきもち悪いよ。姉ちゃん」


すまない、父さん──!

これも姉のせいだ。


断じてそんなことは思ってない。


「くっ──アバラが何本か、いったか──!」


姉はオーバーにリアクションをとり。

指を三本だして、俺のあたえたダメージを表現していたりする。


「あと、ダニ臭い」


「──これが女子高生殺傷事件の全貌……!!」


「いや、姉ちゃんは女子高生ほど、もう若くない」


 その言葉が決め手となって。

もう、姉は無駄に俺を煽ることを放棄した。


姉に、メンタル弱いくせに突っかかってくるのはもうやめたほうがいいと、助言したくなったのは語るまでもない。


 結構ショックだったのか。

洗面台の鏡の前に立ったときに、若々しいポーズをとっていた。


指でかわいらしい動きをしながら、ピースをして。

渾身のウィンクを鏡に披露した。


俺は遠巻きで失笑していた。

ちょうど、姉がギリギリ鏡から見える位置で。


その姿を間近で見た姉は。

この世のものとは思えない顔つきで洗面台をあとにした。


今年で21歳だから普通に若いと考えるのが普通だが。


なにか、気にかけるところがあったのだろう。


そして、姉は虚ろな瞳のまま、仕事先へ行くのだった。


かくいう自分も。

バス停まで時間がかかるから、姉がでたあとすぐに家から出た。


 バス停に着くと、すでにワズがいた。

挨拶をしたら優しい笑顔と、おはよう、が返ってきた。


一緒にバスを待つ。

待ち時間は案外退屈しないものになった。


そのうちバスが来て。

俺たちは乗り込んだ。


見慣れた街路と町を横断するバス。


ときには、都会に旅行してみたいとも夢想せずにはいられないくらい変哲のない平和な道のりだった。


 学校に到着して、何事もなくワズと共に教室に赴く。


そして、いつも通りに教室の扉を開ける──。

つもりだったのだが、開かない。


「あれ……?」


これ。

鍵してあるのか?


「どうしたんだい?なにか、忘れものでも?」


「いや違う。ドアが開かない。鍵閉められているのか?」


また、うちのクラスが何事か起こしてるな。

と、呆れてドアのガラス部分から教室を眺める。


「うそ──だろ。おかしいだろ、これ」


感嘆と、2Bの生徒たちに、そう言葉を洩らすことはまずありえない。


だが。


今回の教室は違った。

というか、どういう状況だ。


皆さん。

揃いも揃って自分の席に着席して、HRを待っていたのだ。


まさに。

感嘆の至り。


このクラス限定ではあるが。

特異中の特異な状況に、ただ今、遭遇している。


「ほんとう──だ。おかしい。これはおかしい。ありえない」


ワズでさえこれだ。

俺は、地球が本当は平面だったくらい驚いている。


そして───。

急激に嫌な予感が背後に迸った。


長年の直感が叫んでいる。


たとえ、四肢がもがれても。

それにだけは捕まるなと───。





───ガチャン。


突如。

鍵の開閉の音が聞こえた。


聞きようによったら、拳銃の引き金の音だったかもしれない。


ゆっくりドアが開かれる。


雑音は、とうにかき消えて、ドアが擦れる振動だけが伝わってきた。


手汗と爪が食い込む手のひら。

目蓋に落ちて眉毛に横たわる冷や汗。


ごくりと毒物でも飲み込むような緊張。

唾が地獄に沈む感触。


喉の最奥で鳴る心臓の猛り。

獰猛な胃の鳴き声。


ついに、扉は外と開通した。

そうして、審判が下る。


「──さて。まずは、自己紹介からね。

私は、西日にしび柊佳とうか

……二間ふたまトオルくん。あなたをずっと待っていたの、ずっと」


鬼の形相で微笑んでいる。


───剛健ごうけん公女こうじょ 西日にしび柊佳とうかが待ち構えていた。




























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