12話 帰り道での邂逅

 学校から出たら空は曇りだった。


灰色の湯気が空に立ち込め。

煙のように空へと登り。


そこにいた匂いだけを残して天へ還っていく。

夏の長い昼が曇天の岩戸に隠れてしまった。


つまり、もう夜のようだった。


そんな暗さだからか、地面の色も分からず。

アスファルトと靴への摩擦の音だけが居場所を伝えている。


ジャリジャリと、早々に校門をぬけ。

バス停までおよそ10分程度の道に入った。


絶妙に長く感じる学校への小高い丘の道を慎重かつ、速やかに下り。


ふと、町に眼を向けると、町もやはりうっそうとしていた。


下り終えて、ようやく平坦な道が現れる。

慣れ親しんだ通学路はうす暗さを帯びていても、普段と変わらず安心安全の道だった。


だが。


歩行者のために設置したであろう、手入れされていないままの頼りない光を放つ電灯が妙に不気味さを醸し出していた。


バス停まではそんな弱々しい明かりを放つ電灯が点々と道しるべになっている。


まるで余命が少ないホタルの大群のよう。


さることながら、夏であるからして。

そのホタルを喰わんと蛾や蝿がたかっている。


その風物詩を横目に。

少しだけ怖いので足早に通り過ぎることにした。


最後の電灯を通り抜け。

やっと、いつものバス停に着く。


バス停に着くと、一つ。

妙に長い影を見つける。


こんなところに小さい電灯あったかな。

と思ってゆっくり歩いていくと。


「やぁ。随分遅い帰りだね。家族は心配してないのかい?」


着いた、途端。

そちらこそ遅い帰りの転校生が話しかけてきた。



      *   *   *



 バスの乗客は俺とワズだけだった。


疲れを知らない学生はいないし。

サボりのやつらもいない。


なんせ。

もう午後七時になろうとしているのだ。


学生はよっぽどの理由がない限り学校から退散する。


そう。

俺も、よっぽどの理由らしきものがあった気がすることから逃げて今にいたる。


だから最終便に乗っている。


対してワズは、転校初日ということもあってか学校の紹介やらを先生から受けていて遅くなったのだろう。


それは、彼の眼を見れば明らかだ。

ワズの眼は死んでいる。


疲れ目というものになっていた。


「その、お疲れ様。学校紹介とか受けてた感じか?」


「あぁ、そうだよ。部活の紹介もされた。1日に詰め込みすぎて少々頭が痛いほどに」


「そうか。やりたい部活のめぼしはついたりはしたか?」


「そうだな……天文部は良いと思ったよ」


そこに興味があるのか。


背が高いし、運動神経抜群だったし。

てっきり、運動部に興味を持ってると思ったが。

違ったようだ。


好きなものと得意なものが一緒とは限らないように、ワズは好きなものを選んだのだろうか。


「それは良かった。うちのクラスのヤツも勿論いるから仲良くしてやってくれ。だけど、あまり甘やかしたりしないことだ。特に後嶋ってヤツには気をつけろ」


「忠告どうも。まぁ、忠告されなくてもクラスの雰囲気を見れば……ね」


「……あぁそうだった。悪い、いらない忠告だった……」


俺たちは一緒にため息をつく。


そして。

どうやら、やっぱりワズはまともでいいヤツと改めて会話をしてみて、しみじみそう感じた。


さぞ、これから苦労しそうだと心配になってしまうほどに。


「二間くんはこっちが家なのかい?」


ワズは俺が難しそうに頷いているのを気まずいからと、判断したのか話しかけてくる。


「ん。徹でいいよ。これから一緒に苦労するんだし」


「……うん?そうかい。じゃあ……徹で。……それで、こっちが家?」


「あぁ…肝心なのはそっちだった。…そうだ。來嶺くれ町の方に住んでいる。ほら、繁華街の西口に近いところだ」


「……繁華街。馳部はせべ市に繋がる、あの繁華街のことかい……?」


「あぁ。八将繁華街はっしょうはんかがいって呼ばれてる繁華街だ。俺も一度行ったことあるけど、4つの市を繋いでいる場所だけあって、4つの市の特産品やら、なんやらが全部あそこに揃ってる。すごすぎて、4つの市がいらないくらいだ」


「へぇ。ほんと、可笑しなところだな全く」


「な。もう、いっそのこと合併すればいいとも思う。だけど、馳部の市長が嫌がってるらしい」


「……」


「経済格差が大きいだの、なんとかで、いきなり市や街を広げると莫大な費用と損害が出るとか…」


なにより、繁華街の住人たちが合併に反対しているらしい。


商売場所と権利問題が苛烈な繁華街は、これ以上の問題を増やしたくないそうだ。


俺たちにとっては今のままで十分不便はないので、反対も賛成もない。


「……まぁ。僕らにとって、関係のないことだね」


「同感だ。俺らがどうこうできる話しでもないし。どうこうするつもりもないからな」


話しはそこで途切れた。


隣の席に座っているワズは薄暗い街を眺め。

俺は、姉からの連絡を確認する。


どうやら、もう帰っているようだ。

晩飯は姉お手製オムライスが待ってるぞ!

と、早く帰ってこんか。

というメッセージが送られてきていた。


それに、もうすぐで着く。

と返し、降車ボタンを押した。


       *   *   *


 バスから降りて、ようやく來嶺町に着く。

空は湯目木崎と変わらずの曇天模様。


スマホの画面の光が顔を撫で。

遠い星にほのかに輪郭が現れはじめる。


そんな時間帯になっての到着だった。


これは、姉に問い詰められるな。

と確信し。


白い月に説教が長引かないようにと手を合わせる。

身近にある一番神秘的なものが月だったからだ。


「……月に願ってもなにも叶わないのだが。君はどうかしてしまったのかい?」


やはりワズ、君はまともだ。

俺にツッコミを入れてくれるんだもの。


だが。

こちらもツッコミを入れなくてはならない。


「ワズは、なんでいるんだ?」


「へ?なんでって言われても、こっちに家があるからだよ」


降車ボタンを押したとき。

ボタンの音が重なった。


俺とワズは顔を見合せ。


俺は訝しんだ。


ワズは、なんだい?そんなに睨んで。

と、言いたげに不思議そうに首をかしげていた。


そうして。

何事もなかったかのように俺が先行して、歩き始める。


俺に、ならい。

ワズも同じ道を無言で歩き始めた。


数分、物静かな時間が流れ。

家の帰り道を1/3ちょっと過ぎたところで。


俺は、さすがに、と思い。

足を止めた。


「……」


「……空、暗いね」


「ワズ。つかぬことを聞くがいいか?」


「質問責めには慣れてるよ、なんでもどうぞ」


眩楽几まばらきのじぃさんは知ってるか?」


眩楽几じぃさんはうちのご近所さんだ。

昔はよく、スイカをもらえるからと遊びに行っていた。


時折、念仏やらが聞こえてきてからは行かなくなったが。


そんなおじいさんに、最近会ったとき。


『うちに、ホームステイとは名ばかりの遠縁の孫が来ておってのぅ。会ったら、仲良くしてしやってくれ』


と言っていた。


「おっと。その名前が君の口から出るとは思わなかった。知り合いかい?……実は彼とは血が繋がっていてね。今、お世話になってもらっているんだよ」


嬉しそうにワズは言う。


「……あのぅ。隣の者です」


「Really?」


本当だとも。


心底驚いたのか。

ワズは高速で二度、瞬きをし。

口が栗のような形で固まっていた。


「すごいな。まさか、転校生がお隣さんだとは…」


「さすがの僕も取り乱したよ。……天文学的な確率だね」


俺らは、頷きながらまた歩きだす。

今度は俺が先行することなく。


同じ歩幅で。


「俺も昔、眩楽几じぃさんのところで遊んでもらってた。あのじぃさんの家は海外のものとかあって、冒険しているみたいで楽しかった」


いつの頃だったか、もう朧気で曖昧な記憶が流れてくる。


確かあれは、まだ母親が亡くなっていなかったときだった気がする。


俺は眩楽几じぃさんによく懐いていたそうで。

しよっちゅう、スイカが欲しいと、建前を立てて遊びに行っていたんだった。


「そうだったんだね。彼の部屋はいまだに冒険中だ。今度、招待する。来るといい」


トーテムポールなんかもある。

と、そう言って実に優しくワズは笑った。


「……半月か」


そして、唐突にワズは独り言をもらした。


ワズは顔を月に近づけ、俺を横目で静観した後。

優雅に瞳を月に移す。


ワズも俺と同じような記憶があったのか。

月に向けられた瞳はなにかを懐かしむような眼をしていた。


つられて。

俺も月を眺める。


眺めた月はワズがぼやいた通り、半月に近い月で。

なにかが欠けているような切ない気持ちに俺をさせた。


そうさせた正体は分からない。


童心に帰っていたのか。

亡き母親を想ったのか。


結局、なにを想っていたのか分からず。

俺が今、月に思うことは。

姉の説教が長引かないようにしようと、思うことだけだった。










────────────────────ギコ。


 



 しばらくして、生暖かい風がやってきた。

不気味さを誇張させる肌を這う虫のような風が、音もなしに忍び寄る。


不快感は一瞬だったが。

背中に冷たい汗が張り付いていた。


「……なぁ、ワズ。早く、いかな──あ、あれ?」


怖くなって、ワズに呼びかけるが。


ワズはいつの間にかいなくなっていた。

まるで元からそこに誰もいなかったかのように。


暗闇に溶ける影のように。

人間という存在が一瞬にして消えていた。


───落ち着け。

まずは現状を把握することだ。


もしかしたら、ワズがイタズラで隠れたかもしれないし。

そんなことするやつには思えないが。


恐る恐る周りを確認する。

推測だが、近くに住宅の塀らしき気配はない。


というか、周りを見渡すが、暗すぎて見えない。


そして、おかしいことに気づいてしまった。


ここ、じゃない。

靴から踏みなれた土の感触がする。


どうなってるんだこれ?

確かに、さっきまで道路の上にいたのに。


───────────────ギコ。




変な音がしたような。


────────────ギコギコ。


鉄の擦れる音?


「────」


……身体が動かない?

いや、違う。


意識が──────。












───そこは。


暗闇恐怖が反響する井戸の底へと繋がっていた。


黒い黒い空洞の音。

深い深い黒の奈落。


井戸の中に、はたきおとされた羽虫自分は、泳ぎ方を知らないから溺れるしかない。


羽は捥げて黒い水に流され。

井戸の底の黒い水に身体は吸い込まれていく。


バタバタと羽のない身体で抵抗するが、その度に黒い水が勢いを増し、身体を飲み込んでしまう。


ついには頭の中まで黒い水が入ってきた。


プカプカと意識は暗闇に浮上し。

あるはずのない暗闇恐怖を直視する。


それは、音のしない火葬場。


燃えていることも知らさせず。

ただ、燃えていく自身の身体からでてくる灰を眺めるしかない状況。


抵抗できずに縛られ。

喉元に一本一本針が迫ってくるかのような感覚。




─────ギコギコ。


ふと。

鉄と鉄が擦れる音が頭に響いた。


────ギコギコギコ。


脳ミソをさばかれてるかのような堪えようのない激痛。


眼球と繋がっている脳ミソの神経を千切りされていくような意識の断絶。


───ギコギコギコギコ。


痛みなんか、蚊帳のそと。

垂れてくるは、いったいどこからやってきたのか。


──ギコギコギコギコギコギコ。


あぁ、そうだ。





───キット、ノウミソカラダ。












「───モッタイナイ、ナァ。それだけあって、なんでお兄さんは抵抗しないの?」


「あっ、あ、あ────かっはぁ──は──」


「あーそうカァ。ツカイカタを知らないノカモ…。じゃあ、シカタナイね。う~ん。ドウシヨッカナァ~」


頭がぐらぐらしすぎて、まともに視界が定まらない。


俺、生きてるよな。

恐怖で干からびてないよな。


───イタイ。

息が吐けないくらい頭が痛い。


だからか。


さっきから、小さい子どものような無邪気な声の幻聴が聞こえる。


「…キタナイ方だから、いっか。やっぱりワタシは、が欲しいから」


───パタリと。

いきなり、頭の痛みと気持ち悪さが消えた。


すぐに周りを見渡すと。

先ほどまでの周りも見えないような暗闇はなくなり、薄暗いだけとなっていた。


「………?」


どういうことだ?


辺りには、ジャングルジムやら滑り台。

鉄棒やベンチ。


月明かりに負けそうな電灯があった。


「……公園?」


つい。

理解ができず、声が出た。


さっきまで。

道路にいたのに。


コッチだよ」


──ズキリと。

こめかみをミシンの針先で打ち付けられたかのような痛みがはしる。


子どもの声?

こんな時間帯に?


声のした方へ振り返る。


振り向くと、遊具たちから少し離れたところにブランコがあった。


そのブランコには、つまらなそうに子どものような影が乗っている。


「楽しいよ。お兄さんもヤッテみれば?」


──ギコギコ。

─ギコギコ。


音の正体はブランコだったようだ。

その耳障りな音が鼓膜で踊る。


無性に腹が立って、無意識にヘンナ考えが浮かぶ。

が、それはダメだと考えを止めた。


子どもの影の方へ視線を動かす。

どうやら、音を鳴らすことの方が楽しいようだ。


「ツレナイネェ。せっかくの、思い出の場所なのに。……えっーと。君の───トノ?」


よく分からないことを子どもは言う。

思い出の場所?


俺はこんな場所───。

……知らないはず?


「…うーん。シカタナイカァ。もうになっちゃうし。アソビたいけど、あいさつだけにしておくネ」


そうして、子どもはブランコから降りると。

俺の方へ歩みだしてくる。


一歩、一歩。

進むたびに、楽しそうに首を右へ左へ傾げながら。


徐々に俺と電灯がある方へ。

足取りは、ヒールでも履いてるかのような丁寧な歩幅で進んでいく。


距離は、目測で二メートルあたり。

そこで子どもは止まった。


ちょうど、電灯の真下だった。

電灯に照らされ、子どもの姿が眼に写る。


黒のワンピースに。

白い麦わら帽子。

手首には花柄の数珠。


髪は子どもの膝くらいまであり。

靴は十字架の刺繍ししゅうが施されている黒のヒールだった。


肌は、フランス人形の生き写しのように真白く。


まるで、黒のカーネーションに身を包んだ妖精のような10代に届かないくらいの少女だった。


「私はハ……はもういっか。

じゃあ、ただの

名前は───ナンダッケ?

あぁ──そう。

……申し遅れましたわ。

私のナマエは、

……サンタお姉ちゃんでいいよ!」


少女がそう言ったあと。

黒のワンピースの裾を掴み、優雅に礼をした。


礼を終えた瞬間。

電灯の明かりが消え。


また、暗闇がやってきた。

だが、今度は月明かりが眩しく。


意識は沈みそうになく。

海面に引っ張られるような感覚だった。


「またねー。。今度は、ちゃんとを連れてきてネ」


元気よく、少女は浮上していく俺に向かって手を振る。


少女の口元には、赤い舌べらがのぞいていた。

      


      *   *   *


「……かい。徹」


「──あぁ。ごめん、月眺めてたらぼーっとしちゃって。ところで……なんで俺の肩に手を置いてるんだ?」


「声を掛けても、反応しなかったからだよ。揺すって、やっと反応したってこと」


「……そうか。もしかして、何分もぼーっとしてたか?」


「いいや?3秒ていどだったよ」


「そう、なのか」


「う、うん。おかしなこと言った?」


「いや、全然。……さぁ、帰ろう。姉ちゃんに叱られでもしないと……いや。そんな──」


心配はかけられない。

たとえ、現実かも分からなくなっても。


叱られるのは、もうやめだ。


「徹は、姉がいるのか…」


「…そうだけど」


「お姉ちゃんは好きかい?」


「なんだよ、いきなり。そりゃあ……いろいろとズボラだけど、あれでも大切な人だ。俺が絶対、守らないと……」


って!何言ってるんだ!俺!!


急速に恥ずかしくなる。

俺ってそんなこと考えてたのか!


ワズは……笑ってる。


優しく、瞳を横にして。

微笑ましいものを見た目つきで。


「なんだよ、その顔は」


自分から洩れでる感情を抑えようとやっきになる。


しかし、意に反してむすっとした顔になってしまったのを感じた。


「君が弟で良かったというお姉さんの顔をしているだけだよ。どうせ、君は今の独白をお姉さんに言わないだろうし。……してあげてるんだよ、徹」


さらに、微笑ましさによる顔を加速させ。

もう、からかっているんじゃないかと思うほどに、ワズの顔は笑っていた。


「ん───」


こっちが本当の性格だな。

こいつ。


俺はそれから、ワズに何も言わず。

帰路に戻った。


後ろから着いてくる、まだ笑っているワズに背を向けて。

































































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