11話 通りすがりの日常③

 と呼ばれる西日にしび柊佳とうかは、どんな人物なのか。


齒刈 士 曰く。

小熊なら3手で殺し。

ホオジロザメなら5手で絶命させられる。


月縄 日鞠 曰く。

男子なら後手に回った瞬間にされる。

女子なら先手をうつ前に吊るされる。


………超危険人物じゃないですか。


「…んで。なんで合気道4段の公女さまが徹に手紙なんか、書くんだろうな?しかも、待ち合わせときた」


「ねー。どうしてか、話てくれるかなぁ…徹?」


二人に問い詰められる。

だが、生憎。


「自分でも全く見当もつかない」


本当にその剛健の公女とは接点はないのだ。


「というか。名前、今日知ったばっかだ」


「……くっ!こいつ、いいよどむことなく言いやがる!本当になんもないのかよ…」


「や。まだよ。新手のポーカーフェイスかも知れない。そんな芸当、徹には無理だけど」


「ん。そのくらい、俺でもできるはずだ!」


「じゃあ、やってみなさいよ。私、気持ちいい押してあげるから…」


日鞠が指をポキポキしながら近づいてくる。

あきらかに、殺意のあるにやつきも加えて。


「さぁ…て。ごたんのうあれ!…よっ!」


日鞠が肩を刺激する。


「………ん。いっ!」


「え?」


「ははは!ポーカーフェイスできてないぞ、徹!」


士はツボに入ったらしく。

手をたたいて笑っている。


あと、気持ちいいってウソついたな日鞠。

めっちゃ痛い。


「…んー。おかしい。ちょっと、身体みせて!」


「どうした!いきなり!」


強制的に日鞠に衣服を脱がされそうになる。


「…!抵抗しない!」


「するだろ!普通!俺にだって多少は人権あるからな!」


「…あぁ!ハサミないかなぁ…」


すごい怖いことを言う日鞠。

どうすれば……!


「…あの。お二人さん。すごい見られてますよ」


と、士のその一言で日鞠の手が止まる。

その隙をつき。


席から高速で離れる。


「はぁ、はあ…。助かった、士。ありがとう」


「……。もうしないから座って」


日鞠はこちらに顔を見せない。

唯一見える耳だけが赤くなってることから。

俺の服を脱がせられなくて、怒ってるのだろうか。


「本当か」


「……だから。もうしない」


「わかった。もう一回したら、普通に怒るからな」


俺の発言に顔を見せないで黙って日鞠は頷く。


「…座った」


「…徹。いつ怪我したの」


「……!?」


そうか。

肩の包帯に触ったから気づいたのか。


だから、脱がせて確認しようと日鞠はした。


「えっ?怪我してんのか?」


「あぁ、ちょっとな。無茶しちゃって。…あっ。もうこんなことしないから、大丈夫だ」


「大丈夫だ…って。なにしたの!」


「…言えない、ごめんな。そんなに心配する必要のないことだし。いまは、ほら。健康だ」


肩回りを動かして見せる。

すこし、痛い。


その動きを見て。

日鞠は怖い顔と心配な顔が混同している。


怒るに怒れない。


心配だけど余計なことを言ってしまえば、自分日鞠が余計混乱しそうになって寸前で問うことを止めている。


俺は日鞠の幼なじみだから。

そんなことを考えていると分かってしまう。


「…そう。なら、もう聞かないわ」


「…ありがとう。日鞠」


信頼なのか。

呆れてるのか。


日鞠は悪態もつくこともなく。

自分の席に戻る。


「ところで…。西日柊佳の件は…どうするんだ?」


「どうせ、徹のことだからなんてことないわ」


「そうだな……ま。こいつに限って色恋沙汰はないに等しいからな。女子の前だと、えらく緊張して喋れないし。あんな調子じゃ、彼女なんてできない」


「おい。それはそうかもしれないけど!もっと、ポジティブに変換しろ。頼む」


「無理だ。自分のことはポジティブに考えてるが。自分以外は、正論をオレは言う主義だ」


「………私は」


突然、日鞠が口を挟む。


「……私は。私は、その女子に含まれないの?」


「あぁ。当たり前だろ」


「…そう。…で。なんでそんなにニコニコなのよ」


それは勿論。


「──日鞠だから」 


そうして、昼休みは終わりを告げた。


       *   *   *


「てめぇら。ワズに何か仕掛けてないよなぁ?」


帰りのHRが始まって、奥村先生から初っぱなからそんなことを言われる。


「仕掛けるもなにもないです。彼はですから。観察したところまぁまぁ高スペックな…」


教卓前に座っていた男子がワズを流し目で見ながら、未だに先生に文句を言う。


「特になにもされてませんよ。先生。心配はいらないです」


「…ほぅ。それは嬉しい。だがすまんが。危機感が足りない。こやつらはまだ変身を53個ほど残している」


「…結構多いですね……」


ワズは困ったように笑う。


「が……。とにかくだ。困ったことがあれば、先生に言え。おまえは今日からここのクラスだから……な!」


カッコつけて先生は腕を組み。

不敵な笑みを浮かべる。


「……。はい。分かりました。ありがとうございます」


ワズはそれに、微妙な表情をして返事を返した。


「それでは、これでHRを終わりとする。道草せずに帰れよ!部活はサボんな!以上、解散!」


その先生の発言を機に号令がかかった。



 「すまん。オレ先に帰るわ。実家にまだやり残したことあるんだよ…疲れるぜ…全く」


「そうか。じゃあ、またな」


「おぅ。それじゃあな!」


豪速球でクラスから出ていく士を見送り。

自身も部活の身支度をしようと席を立つ。


「ねぇ。少し、いいかな?」


と。


転校生のワズにいきなり声を掛けられた。


「…あ、ごめん。部活の準備だった?」


「ん。まだ時間あるから、大丈夫だ」


「そうか。…さっき去った男子生徒。ハガリって言う苗字?」


「あー、そうだけど。会ったことあったのか?」


「いや、初対面」


…そうか。彼がの長男か。

とか、小声でぶつくさワズは続ける。


「もしかして、仲良くなりたいか?それなら紹介するけど」


「…いや、そういうことじゃない。彼は有名だから」


「有名?」


あいつ。

なんかやってたっけ?


「うん。彼のが有名。という方が正確かな?」


家?

士の実家は確か、老舗のラーメン屋だったはず。

そっちの市だったら有名なのかもしれない。


だったら俺は分からないな。

有名なんて。


…一度は行ってみたいな。


ところで…。


「ワズってここ最近でこっちに引っ越したんだろう?」


「?…そうだけど」


「なら、なんで士の家のこと知ってるんだ?」


「あぁ。外国人は日本のラーメンに目がないんだ。…親がこの辺りで有名なラーメンがあるってもんで調べてさ。というのはそういうこと。それで気になったわけ」


ワズは片目を閉じて。

やけに軽い調子で経緯を伝える。


にしても日本語がうますぎる。

まるで日本人だ。


「まだ行ってないなら、一緒にいくか?」 


「…おぉ。いいのかい?だが、遠慮してお…おくよ。まだなにかと生活に慣れてないからね。慣れてきたら、そのときこちらから誘うよ」


「…了解」


そして、しーん。となる。


これで会話を終わり。

俺は身支度を再開しようと──


「…キミはあれだな。人をたらしこむのが上手い」


だが、以外にも。

会話が終わりそうだったのに、ワズは続ける。


「え?たらしこんだつもりはないんだけど。」


「そういうところだよ。それじゃあ、じゃましたね。。また明日…」


「あぁうん。…また明日」


なんだったんだ?

今の会話。



      *   *   *


 夕暮れ間近の空が流れはじめてきた。

夜へ近づくたびに生乾きのような空気が流れる夏。


グラウンドの熱気にあてられた身体はくたくただった。


汗がべたつくから頭に水道水をかぶり。

頭をシャキッとさせる。


「徹!…はいよ」


「あっ。…ありがとうございます!」


部活の先輩から親方というお茶をもらう。


「今週の目標は達成できそうか?」


「はい。この調子だったらなんとか」


「だからといって、飛ばしすぎんなよ。熱中症にまたなられても勘弁だ。俺がしかられちまう」


先輩はぐびぐびと親方をおいしそうに飲む。

つられて、俺も飲んだ。


「他の先輩方は帰りましたか?」


「そりゃあ、勿論。あいつらはこれがあるからな!これ、これ」


と言って先輩は小指を揺らす。

海外の映画のような仕草だった。


「こんなときに…彼女がいるやつは大変だわなぁ。全然羨ましくないわー」


「久礼野先輩。彼女ってどんな感じなんですかね」


「おまえは俺に皮肉を言わせたいのか?」


「そんなんじゃありません。ただ、辛くないのかなって気になって」


「…はぁ。辛いもなにも。渦中のやつらの幸せを俺が願うくらい、とんでもないときさ」


「……先輩。気になったんですがB級映画でも見ましたか?」


独特な言い回しでつい疑問を俺は口に出していた。


「あれはB級じゃあねぇ。号泣ものだぁ」


「上手いこと言ったつもりになってるところが、実にB級っぽいですよ」


そうか?と先輩はにやついた。


「んにゃあ。まぁ、元気そうでよかった」


「ん。はい。熱中症はもう大丈夫です」


「あぁ。徹の体調も分かったことだし。

俺、帰るわ。くれぐれも夜道は気を付けろよ」


「…はい。お疲れ様でした!」


背を向けて。

右肩くらいまで手を上げた先輩が面倒くさそうに手を振る。


あの先輩。

めっちゃ映画とかに影響を受けるタイプだったこと忘れてた。


陸上入ったのも『炎のランナー』見たからって言ってたな。

こんど見てみよう。



部室の鍵を一年から預かり、職員室に向かう。


普段は一年が鍵を返すのだが。

俺は今日。学校に重大な予定が残ってる。


なので、ついでに返すと言って。

一年から鍵を受け取って、今進行中である。


───どうするか?


職員室に鍵を返したあと。

そのまま帰宅と行くか。


職員室に鍵を返したあと。

西日柊佳が待っているであろう図書室に行くか。


西日柊佳の情報なんて聞かなければよかった。

すごい怖い。

干されるとはどういうことだ?


怖すぎてその疑問を口に出せなかった。

それくらい怖い。


でもとりあえず。

鍵は返さないと。


そう思い。職員室に入る。


「失礼します。部室の鍵を返しに来ました」


「……!二間くん!」


入って鍵の置き場に行こうとすると、淺水先生に声を掛けられる。


「なんですか?」


「朝の件だけど…」


「……。あぁ!そうでしたね」


「忘れてたの?」


そっちの予定もあったこと忘れていた。

というか。

同じ放課後か……。



───よし。保健室に行こう

先生の予定の方が大事だしな。


       *   *   *


「失礼します」


保健室の扉を開け、入る。


「まぁ、長くなりそうだから座ってよ」


2つのコーヒーカップを持ちながら先生は言う。


どうやら片方は俺用のようで。

テーブルにコーヒーを置いていれる。


「?どうぞ、かけて」


「…はい。ありがとうございます」


続いて、近くの椅子に俺は腰をかけた。


「それで、なんのこと聞いたんでしたっけ俺?」


「んっ。……!……自分から聞いてきたのに忘れてたの?」


淺水先生はコーヒーに口をつける前に俺の発言に驚いて、コーヒーが手にかかった。


「あーはい。いろんなこと、立て込んでまして…」


「そうなの?それはお疲れ様。えーと。二間くんが私に聞きたかったことはおそらく、肩のことでしょ」


「……!それでした。…。先生が処置をしてくれたのかと気になって……」


「えぇ。勿論。私がしっかり処置をしたよ」


淺水先生は朗らかな口調で答える。


ということは……。


先生は居たんですね。どこに隠れてたんですか?いきなり、停電したりして──」


「そうね。本当にびっくりした。……それより私は、二間くんが学校にいたのが驚きだったのよ!廊下に倒れてて…」


廊下に倒れてたのか。

正直、あの優しい精霊と別れてからの記憶は朧気だ。


何とか言われた通りに保健室へ向かって歩いていたのは覚えている。

だが、たどり着けた自信はない。


つまり結局。

保健室まで行けなかったのか。


「そうですか。心配をかけました。…肩の件ありがとうございました」


「はい。どういたしまして。これからも、安静にしておくこと…!」


と、やれやれという顔で警告をされる。


そんな顔を見て。

最近、先生に心配させてばかりだなと思った。


「……そうだ。あの、稲神?さんは、先生といましたが大丈夫でしたか?」


「あの子は全然平気だよ。先に帰ったからね。なんなら今日も見たでしょ、あの大胆不敵に私の保健室を根城にしてるのを…」


偽りのない笑顔をして説明をする先生。

そこに邪気など一切ないであろう。


「なるほど。根城と。稲神さんは別に体調が悪いというわけではなくていつもいると?」


気になったので聞いてみる。


「あの子とは長い付き合いだからね。もう本当に困ってて。去勢できないかしら…」


さらっと怖いことを言う淺水先生。


「……?長い付き合いって、稲神が入学してから半年くらいしか経ってないような…」


「……。彼女とは前の学校でもこういう関係でね。運悪く、ここの高校で再会してしまったの。それで、長い付き合いってことになるのかな」


天井の染みの数を数えているかのような眼をして、俺に小さく笑ってみせる淺水先生。


察して。と、言わんばかりの表情である。


「そうなんですね。腐れ縁ってどこにもあるもんですよね」


「そうよねー」


納得と共感する俺たち。


それから。

他愛ない話が続いて、気付けば18時を回っていた。


「淺水先生。俺、もう帰ります。バス間に合わなくなっちゃうので」


「あら、そう。じゃあ、コーヒー飲んじゃってね」


言われてコーヒーを見る。

コーヒーが出てたの忘れてた。


つい、話が盛り上がって。


「あっ。はい!いただきます」


もう温かくはなかったが。

冷めたコーヒーもなかなかに美味しい。


「口に合ってたらいいいのだけど?」


「はい!美味しかったです!」


「それはよかったよ」


安堵と驚きが混じった不思議な顔で先生は返す。


「それじゃ。肩のこと、ありがとうごさいました!失礼しました」


お辞儀をして保健室の扉まで歩いていく。


淺水先生のコーヒーからは少し薬剤が入っているかのような味がしたことを考えながら。


保健室の扉を閉めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る