10話 通りすがりの日常②

 教室に着くと。

クラスは妙にざわざわしていた。


残り10分ほどでHRが始まるのに。

あちらこちらで、盛り上がりを見せている。


「そういや、士。保健室にいなくて大丈夫か?」


「あんなところにいたら、オレにとばっちりがくるだけだ。特にあの稲神とかいう後輩。

オレのこと絶対嫌いだ。ま。それも、認識されていないよりましだが」


「稲神が怖いのか?」


「そうだ。熱中症より怖い。特にあの眼が怖い」


顔をしかめて俺に頷いて見せる士。


天敵を見つけたという顔だった。


「にしても騒がしいな」


「うん。奥村先生が結婚したときくらい騒がしい」


イベント事でもあるのか。

やはり、普段より少しだけ騒がしい。


湯目見高校2年B組は問題が多いクラスだ。


人間関係じたいは、問題は少ないが。

個性が強い。


そのせいで、何かと問題が多くなっている。


例えるなら、群れを作れるボスの集まりのようなクラス。

一人一人がしっかりとした意志と考えを持ち。


行動に揺らぎがない。


だから、協調性が生まれないが。

仲間意識だけはあるへんてこな集団となっていた。


「おい!白川!新聞見てみろ!女子高生が刺されたやつ載ってるぞ!」


黒山コクサン…。また職員室から新聞持ってきたのか…」


「許可はもらったぞ」


「今の時代、スマホがあるの忘れてるのか?」


「新聞のがカッコイイだろうがよ!」


「古風だなぁいちいち」


黒山くろやま白川しろかわがロッカー前で見慣れた光景を披露する。


「お。テツサムライじゃん、おはよー」


その目の前を俺たちが通ると。

白川が挨拶をしてきた。


「お早う!」


「おはよう」


何事もなかったかのように、挨拶を交わし。

席に着こうとする。


「なぁ、士。あれってツッコミを入れたほうがいいのか?」


「1学期から誰もツッコミを入れなかったんだ。そっとしておこう」


「…了解」



 動物園の飼育員かのように、クラスの人たちをかき分け。

やっと、席に座る。

はずが。


「おぅ。今日は随分と到着が遅かったな。……おっと、この席はだ。チッチッチ」


俺の席を堂々と横取りしている後嶋ごとう界十かいとがいた。


「予約ってなんだよ。サボり魔。バスの席なら露知らず。俺は納得がいかないんだが」


後嶋は首をかしげ、なんで納得できないんだ?という顔をする。

素直に殴りたい。


その地味にイケメンフェイスを殴りたい。


「……んっあーー。二間。おまえ、休んでたもんな!そりゃ、この状況も知らないし、納得いかないわな。

だがすまん。決めちまったことなんだ、いつものおごりで勘弁してくれよな」


「そう言っておごってくれたの、二回だけだ。あと七回分残って……ん?なにかやっぱりあるのか今日?クラス、ざわついてたし」


待ってました。

と、顔をにやつかせ。

後嶋は指パッチンをした。


「よくぞ聞いてくださいました。お得意さん。そうです。一大イベンンットがあるのですよ」


一大イベント?

今日は7月6日だ。


こんな日に特にこの学校はイベント事なんてなかったはずだ。

一週間後に期末テストがあるくらいで。


「ベタなイベントですよこれが。な、な、な、なんと!……転校生がくる」


期待させてからの、さらっと後嶋は言った。


…なるほど。

それは一大イベントだ。


「悪い。徹に言い忘れてたわ、それ」


士は後ろの席に荷物を置いて。

やれやれと、髪の毛をいじりながらきた。


「齒刈はどこ行ってたんだ?」


「や…。ちょっと用事があってだな…」


「そうか…。せっかくのチャンスを逃しよって!」


でも疑問だ。

確かに一大イベントだが。


ここまで盛り上がるだろうか。


「転校生って今頃どこからうちの高校なんかに…」


「な。なんでだろうな。2年ってなると、馴染めずらいし進路もこれからって時にな」


士の言う通りだ。

今頃転校してきて、つらいだろう。


しかも。

よりにもよって。


このクラスときた。


本来の自分の席に座っているやつが誰一人いないクラスだぞ。

せっかく、隣のやつ覚えたのにすぐに変わるとか。


馴染めずらくなること間違いない。


「それがよー。留学生さんだぁ」


「な!?」


「留学生?それは知らなかったな…」


わなわなと震える士を横に。

俺は聞き返していた。


「名前は忘れたが…ほにゃららアイランド高校とか言う、聞いたことのない学校からだそうだ」


「…ごくり。一つ質問いいか?」


「どうぞ。なんとなくは予想がつくけど」


なにを質問する気なんだ士は。


「ふぅーー。…性別はどっちなんでしょう」


「……」


「もったいぶらせるな!分かってるんだろ、どうせ」


「……」


それでも無言を貫く後嶋。


つい、俺も気になってしまう。


「それがよぉー……」


「それが…」


「それが…」








「まだわからないのだ」


分かんないのかよ。


「なんだ。なら、男の可能性があんのか」


「あぁ。でもよ。分からない方が、面白いだろ?」


「………否定はしない」


二人とも頷き合い。

期待で胸を膨らませている。


「じゃあこれ。そのためだけに…」


ふと、俺の席の右隣を見ると。

千円札とスマホがわんさかあった。


「…はぁ。楽しそうだな、全く」


教卓の前の席は人気なようだった。


 

      *   *   *


 俺は諦めて一番後ろの窓際に座る。

普通なら、一番嫉妬されそうな席なのだが。

今は違うらしい。


「久しぶりだな、隣の席は」


右隣には士が座っている。


「こんなことでも腐れ縁が…」


「オレじゃ、嫌かよ。なら、縁切ってもいいぜ。

もう一回友達になれる自信があるからな」


「うん。同感。なんだかんだ言って、結局は友人に戻りそうだ。士はいいやつだから」


「あっえ……。そうか、まぁ、な。だよ、だよな」


天井の方へ移動した士の視線が迷子になる。

時折、ちらちらと視線がこちらを向くがどうしたのだろう。


「照れくさいことを平然と言うなよな……あちぃ」


小声でなんか士が言っている。

てれ。なんだ?



と。


読唇術を身につけていないことに後悔していたとき。

がらがらと、扉が開く。


そこには───




「おはようー!」


「「「「「キーー、月縄つきなわかよ!/じゃない!」」」」」


「えっ……?なんなのこれ。

いつもより、ずいぶんと奇っ怪で……頭痛くなる」


入ってきて早々、困惑している月縄つきなわ日鞠ひまりがいた。


「おはようございます、月縄さん。申し訳ないのですが、貴女の席はボクがしたので座れません。ここ、だったので」


にっこりと、ご丁寧に教卓前の日鞠の席にいる男子が言う。


「あーそう。ならいいわ」


ほけーっと理解に苦しんでいた日鞠だったが。

その答えを聞き。

軽くあしらって、キョロキョロと回りを見渡す。


それと、教卓前のあいつ

日鞠の扱い方を知っているな。


「おい、月縄!空いてる席は最後尾の席しかないからな」


士がどこの席に迷ってるっぽい月縄に声をかける。


「…分かってるわよ。そんなの」


日鞠は知ってか。

しょうがない。と言わんばかりの表情でこちらにくる。


最近流行りのくびれヘア?という髪型を日鞠はしている。

その髪は胸元あたりまで伸びており。

なかなかに、可愛い。


その髪を後ろにやり。

肩にバックをさげて。

迷いのない足取りで空いてる士の隣の席に着く。


と。


「士くん。ちょっと来てもらっていい?」


開口一番。

士の肩を満面の笑みで叩いた。


「痛っ!なにすんだ!っておい!」 


そして連れていかれた。


「あいつ。なんかやったのか?」


しばらくして、士と日鞠は帰ってきた。


日鞠はニコニコしていて。

士も眼は笑ってないが、ニコニコしている。


「…んじゃ。オレは転校生が見やすい隣の席にしたいなー」


「そっか…じゃあ!私の席と変わる?」


「まじかー。らっきー」


なんだ、なんだ。

下手な演劇みたいな声の出し方して。


カタカタと日鞠が座っている席に士は移動し。

ぎこちなく。

日鞠は士が座っていた席に座る。


「お、おはよう。…徹」


「ん。おはよう…。ところで」


「?」


「席変える必要あったか?」


「それは大有りですよ!徹くん?なぜなら、世界はそんな風に回らなくちゃいけないからね!」


「えー…。そうなのか。なら仕方ないか」


明らかに士の調子がおかしいが。

ツッコむと、長引きそうなのでやめた。


「そ、そうだ!徹!月曜日の停留所のことなんだけどさ…」


「月曜日…?あぁ、4日のことか」


「そう。あの…言いたいことがあるって…言ってたじゃん」


「うん。言ったな。まぁ、軽い相談だけど」


熱中症を発症したときの帰り。

バス停の前でちょうど日鞠と会ったことがあった。


「そう、なんだ。…ならね。私だったら、なんだって解決できるよ。徹のことだったら、なんだって」


いきなり真剣な眼差しで日鞠は見てくる。

その眼にはなぜか、涙が──。







───ガラガラ。


「皆集まってるか!HRを……」


「「「「「転校生寄越せ!!」」」」」


「………はぁ……。

おまえら……どうしたもんか……なぁこのクラス」


入って早々。

やはり担任の奥村先生は嘆息をついた。

    

      *   *   *


「…ということで。転校生を紹介する」


「待ってました!」


「ついに、私に運命の王子様が!」


「カメラセッティング。オーバー」


各々言いたい放題で場を荒らす。


ちなみに、1学期から奥村先生はもうクラスの連中を完全に取り締まることできないと思っていこんでいる。


「……失礼します」


厳かな。

それでいて穏和な声。

この場に清涼剤を撒き散らしたかのような声のほとり。


音もなく扉が開く。


そうして優雅なお辞儀をして教卓の横へ歩き出す。


物腰は滑らかに。かつ、柔和に。

場を一掃する足取り。


高貴と捉えばそうであると。

気さくと捉えば誠実さがにじみ出ている。


「僕の名前は ワズ・ベンカーベルト。

ワズって呼んでもらってかまわない。どうぞ、宜しく」


と言い。青年ワズは微笑をし。

最敬礼をした。


体感3分。


あのうるさいクラスが静まりかえる。

だが、現実はものの3秒。


「「し、紳士がきたぞぉーーー!!」」


「「「「「「「「「「「「「

     

     「おぇあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

    

          」」」」」」」」」」」」」


「「「「「「「「「「「

     

     「キャアアアアアア!!!!」

   

            」」」」」」」」」」」


約数名を残して教室は珍獣動物園と化した。


阿鼻叫喚。

四面楚歌。


どう例えようともその四字熟語が頭から離れない。


熱狂フロアさながら、芸能人がきたかのような盛り上がり。

このクラスに芸能人が来たら生きて帰れないかもしれない。


女子は拍手やら、ワズとの自撮りを勝手にしている。

男子は天を仰いで拝んでいる。涙なんか、流しているやつもいる。


「オレ。なんでこのクラスのやつらと一緒なんだろうな……」


「類は友を呼ぶ。と言うけれど…。この人たちと同類なんて…思えない。ごめん、みんな……!」


……散々な言われようだ。

うん。その通りだと思います。


俺も一緒だと思われたくない。


「あははぁ…。よろしく…」


そんな光景を見て。

ワズは苦笑していた。



「席は……あぁそうだった。おまえら!元の席に戻れ!」


ガヤガヤ。

ガヤガヤ。


「奥村先生…?貴方が先に性別を言わなかったのが悪いのです。この気持ち、どこに納めれば…」


教卓前を陣取っていた男子が見当違いの怒りを先生に向ける。


「「「そうだ!そうだ!」」」


数人の男子が先生に文句が続く。


「くっ…ぎしぎし」


あっ。まずい。

先生の歯ぎしりが始まった。


「ちょっと男子。まずいって、言い過ぎ」


「おめぇ…ら……」


「「「「あっ」」」」


男子数人がなにかを悟る。


「とっととぉ……!

………元のシマに戻らんかい!!!!」


ギロっと元ヤクザの奥村先生が睨み付け。

拳銃黒いおもちゃを取り出した。


「「「「はい!!すみませんでした!!!」」」」


クラス全員が一斉に動き出す。

その脅迫便乗に俺ものり自分の席に急いで戻る。


「あー。こういうクラスなんだ…」


「よぉーーし。ワズくんはそっちの席だ」


ワズはそう言われると、奥村先生が小指のない手で指をさしている方を見る。


気品溢れる足取りは変わらず。

さっき、自分が座っていた空きの席だった窓際の席へ歩いていく。


「……」


「……えっ」


ワズは通り際俺を見て申し訳なさそうに笑う。


黒い癖のある髪と少しつり目な眼。瞳の色は碧色。

そんな見た目はどこかで会った記憶はない。


でも。

あの視線は俺を知ってそうだと。

なぜかそう感じた。


      *   *   *


「ワズくん!なんでそんなに日本語うまいの?」


「小さい頃日本に来てたから、かな」


「ねぇ!黒い髪だけど、お父さんかお母さんが日本人?」


「母親が日本人で父がイギリス人だよ」


「「へー。すごーい」」


そんな会話が教室の後ろで繰り広げられている。


「人気だな…ワズ」 


「そりゃあ留学生じゃあ、ああなる」


「日鞠は行かなくていいのか」


「私は興味ないから」


本当に日鞠は興味がないのか。

俺の後ろの席で本を読んでいる。


「…女じゃなくてよかった」


ボソッと日鞠は言う。

興味よりなんでか安堵の方が強かったようだ。


「……そうだ!」


「?どうした徹」


「今日な。これが下駄箱に入って…」


手紙を思い出し。

バックの中から取り出す。


「なんだこれ?手紙?今どき手紙…」


「下駄箱に入って─」


バン。

と、唐突に日鞠は読んでいた『他人から評価を受けるには』という本を閉じた。


「どういうことなの、それ」


手紙を士から日鞠は無理やり取り上げる。


「げ、下駄箱に入ってたんだ。差出人が分からなくて…」


「…なっ!?ウソでしょ…」


「どうした?徹向けにそんなに驚くこと書いてあったのかよ」


「士くん。見てこれ」


日鞠が手紙の内容を士に見せつける。


「…まじか。どうしたらこいつから手紙くるんだよ徹……」


「有名なやつなのか?」


西日にしび柊佳とうか。湯目見高校で有名なと言われてる男気あふれるお姫さまだ」


「………なんだその矛盾の塊のような人は」


厄介なやつからの手紙だったようだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る