第2章 善と悪と永遠

9話 通りすがりの日常①

 ───が渇いた。


渇いて。


渇いて。


渇いて。


渇いて。


渇いて


……渇いて───しょうがない。


お腹がすいたのではなく。


食べ物がなくなったのではなく。


ただ───ナニかが足りないと。


ノドがピリピリしてくる。


辛いものを食べたあとみたい。


びっくりして、おかしくなった舌。


フライパンのこげのようなものを食べた嫌な感じ。


ケチャップとマヨネーズを間違ってかけちゃって味が分からなくなったご飯。



すごく、苦くてまずい。


ちょっと頭にきた。


だからね、オハシを投げちゃった。


投げて。


投げて。


投げた。


食べ物に向かって投げた。



ぐちゃぐちゃにトマトはなって、汁が垂れてくる。


ゆびが汚れて気持ち悪い。


お皿が汚れて食べたくない。


だから、弟にあげた。


お姉ちゃんからの、おすそわけ?って言うんだっけ。


そうしてあげた。


だけど、弟はそれが汚すぎて顔がすごく嫌そうだ。


私は、嫌なことをしちゃったのかな?


───よくわかんないや。


それにしても、食べ物がダイナシだ。


もったいない。


いらない。


ひんがない。


たりない。


クダラナイ。


キタナラシイ。


ツマラナイ。


──カワイテ。


─カワイテ。


魂ガ──カワイテ。


シカタナイ。


シカタナイ、カラ。


シカ、タナ、イ、カラ。


シ、カタナ、イ、カラ。





───ショウガナイ、カラ。





─────イタダキマス。

    

      *    *    *


 今朝のバスの中は相変わらずの人混みだった。


およそ、8割が学生であと2割が会社員やらだ。


皆、スマホをいじったり思い思い談笑している。


その中で自分は外を眺めていた。


通りすぎる街並みは今日も健在であり。


何一つ違和感も代わり映えもしない窓の外は、これでもかってくらいに静か。


それも当たり前か。


都心部以外は物静かな街なのだから。


その中で、唯一賑やかなのは繁華街くらいのもの。


あそこは、都心部に入ってはいない。


正確に言えば都心と住宅街の境界線である。


南口から繁華街に入り、北口から出ると、もはや同じ街並みはないらしい。


西口からしか入ったことしかないので、いまいちその実感は分からない。


南の方って田舎と聞いたけど行ったことはまだないから、行ってみたくもなるが最近封鎖されたと知った。


何かあったのだろうか。


確か、士の実家があるのが南の方だった気がする。


そんなことを考えていたら、湯目木崎駅前の停留所に着いてしまった。


      *   *   *


 生徒用玄関は今日も相変わらずの賑わいだった。


その光景にほっとする。


夏の日差しのような学生のざわめき。


蝉のように1日を全力で生きる人々。


暑苦しくもあるが。


きっと、失くなってしまったら寂しいもの。


まぁ。

だんだん、うざい方が勝ってきたけど。


それでも、こんなのも悪くないと今は思えてしまう。


あれ?

何かを忘れている気がしたけど、暑さとほっとしたせいで飛んでしまった。


まぁいいか。


そう思い、自分の下駄箱に進んでいく。


ガタッと雑に開け。


いつも通りに学校用の靴を取ろうとした。


が。


靴の上になにかペラペラしたものが置いてあった。


おそるおそる、それを手に取る。


それは薄い紙だった。


半分に折りたたまれており。

透けて文字が見える。


どうやら、手紙のようだ。


内容は……


『2B 二間 徹へ。


放課後に図書室で待つ。

        以上。

               2A 西日 柊佳』

と書かれていた。


…………誰?


知人やらの名前を頭の中で片っ端から出しても、その名前はなかった。


あぁ。

もしかして、入れる人の下駄箱間違えて──。


ないな。


俺宛だ。何度確認しても、俺の名前だ。


こわい。


めっちゃこわい。


因縁つけられたりしないかなぁ。


最近は異性間はシビアだから心配だ。


これで俺の悪い噂が流れでもしたら、学校にいる間つらいよな。


憂鬱だ。


まぁ、とりあえず。

ポッケに入れて、何事も無かったように俺は玄関を去った。




──まずは教室ではなく。

保健室に行こうと思った。


理由は単純に気になったから。


ガッツリテーピングされていた肩。


あれは、医学に精通している人か。

あるいは、保健の先生のような人しかできないと思う。


だから気になった。


もしかしたら、保健の淺水あさみ先生がやってくれたんじゃないかと。


そうだったら、お礼を言わないと。


そして、それが本当だったら。

淺水先生は、あのときどこにいたんだろう?


「失礼します。淺水先生いますか……」


「おっ、徹!お早うー」


「あっ。おは…え?なんでいる?」


そう言うと。


高校生にしては少々大柄な齒刈はがりつかさは言いずらそうに声を小さくして言う。


「……えっとな。軽い熱中症だ」


「はぁ?」


あれだけ、熱中症は気をつけろ。

と言っていた士本人が熱中症になっていて、おもわずキレてしまう。


「自分がなってどうするよ…」


「……な。ほんとな。だらしねぇよ…ゆっくり休めなきゃいけねぇし」


嘆息まじりに士は呻く。


「なんでなったんだ?」


「実家に頼まれ事があって、一度戻った。

それでめっちゃ疲れたんだよ。そのせいだ」


「それって。今日の朝か?」


「朝っても、早朝だな」


「お疲れさん」


「あぁあ。ほんと、水分不足はいけねぇ」


「…だな。でも、まぁ。今は良くなってきてるんだろ?」


「多少は、だが。もう少し休まないとまずかもだ」


「そうか?おまえなら、気合いでいけるはず」


「気合いだ!気合いだ!気合いだ!

 ……はぁ。なにやらすんだよ。元気になっちゃったでしょうが」


「おまえが勝手にやったんだろ!」


士は俺を咎めるような目つきをしながら、座れと隣の椅子を指差す。


「それで。淺水先生はどこへ?」


「淺水先生なら職員室に行った。なんでも、忘れ物があるとか、ないとか」


「どっちだよ」


淺水先生は職員室へ行っているのか。


なら。帰ってくるまで時間がかかりそうだ。


「ところで。なんで徹は保健室に来たんだ?」


「いやぁ……聞きたいことがあって」


「なに?淺水先生の彼氏のこと?」


「はぁ?そんなんじゃ………なんだと?いるのか?淺水先生に彼氏!」


「声が大きい。あと、それはオレも聞きたい」


「いや、知らないのかよ」


なぜか、無駄が多い会話が俺と士の間で連鎖する。



出会ったときからそうだった。


いつの間にか、士がボケて。

すんなり、俺がツッコミを入れる。


定番になってしまったやりとり。

それが、妙に落ち着く。


「オレらも彼女作らないとな……」


「しみじみ言うな。悲しくなるだろ」


「否。こう言っておけば、あとあとできたときの幸福感が増すと考えるんだ。

どうだ?いい案じゃないか?」


「その拗れたポジティブ精神は尊敬するよ」


呆れて俺は言う。


士は、落ち込んだときこそポジティブに物事を考えればいい。

と、よく言う。


それはそうだと思うが。


それで、自分の限界を超えすぎるのも。

物事を良く考えすぎるのも良くないときはある。


全てを善い行いに置き換えて物事を捉え。

全ての悪い行いを正当化する。


あまりに、独裁的な己の矜持。

ときにそれに、誰かが傷ついていることがある。


だから怖いのだ。


自分の正義行動は相手にとっては悪であることがあるから。


「後輩はちょっとなぁ…先輩がいいなぁ」


「あのさ。士はなんでそんなにポジティブな考え方をしようと思ったんだ?」


つい、気になって疑問を口に出していた。


「姉ちゃんのおかげかな……」


「え?おまえも、姉ちゃんいるのか?聞いてない」


「言わなかっただけだ。言ってもどうせ、なんも面白くも楽しい話でもないしな」


士は今まで俺に見せたことのない、悲しそうな表情をしている。


痛かったとか。

辛かったとか。

寂しかったとか。


どの感情にも続かない。

似ていない。


ただ、なにかを惜しむように悲しそうに瞳を小さくする。


「…聞いて悪かった。ごめん」


「謝ることじゃない。オレが不甲斐ないだけだからな」


そうして、重い沈黙が訪れた。


鉛のように重く。固い時間の流れ。


ほどかれることはなく。


新たに結ぶにしては、なりそこないの細い糸。


「……でもな」


その糸を、力強く掴み。

笑って言う。


「オレは、いつか。

姉ちゃんの話を徹にしてやる。

だって……悪い話じゃないからな!約束だ」


たとえ、それが良い糸ではなくても。

手繰り寄せようとするのが、齒刈 士だ。


「うん。わかった」


      *   *   *


「あれ?二間くん?…まさか、また熱中症?」


他愛ない雑談をしていたら淺水先生が帰ってきた。


「違います。少し聞きたいことがあって、寄っただけです」


「そう?……あっ、これ熱中症の薬。ちょうどきらしててね。ごめんね、時間かかって」


「あぁ、大丈夫っす。オレ、熱中症慣れてきてたんで」


「こわいこと言わないで」


と、淺水先生は柔らかに笑う。

着けている眼鏡まで微笑んでいる気がした。


「で。二間くんの聞きたいことって」


「…あ。えっと……昨日のことで」


「あぁ~。なるほどぉ」


淺水先生は軽く口元に笑みを浮かべる。


この反応的に淺水先生はいたっぽい。

と俺は考える。


なら、今ここで聞けるような話じゃない。


「オレもう大丈夫ですから、お二人さんは気兼ねなくー」


それを悟ったのか。

士は教室に戻ろうとした。


「だめ。一時限目までここで安静にしてなさい」


「いいんすか?密会にオレがいて」


「密会はバレてなんぼでしょ」


と、淺水先生は人差し指を薄ピンクの口元に近づける。


「……うっす」


士はその仕草で黙ってしまった。


「じゃあ、昨日のこと──」


「ん。あの…私がいるんですけど」


カーテンがサーッと開き。

女子生徒が顔を覗かせる。


「あら。いたのね、稲神いながみさん」


稲神というのか、あのときの後輩。


これで会うのは三度目。


一度は、熱中症のときに保健室で。


二度目は、昨日の帰りに保健室に寄ったとき。


考えてみれば全部保健室で会っている。


どこか、悪いのだろうか。


「……先輩。おはようございます」


「お早うさん」


「齒刈先輩に言ったんじゃありません。

私は二間先輩に言ったんです」


「えっーーと。オレ嫌われてる?

てか、彼女。眼が細すぎね?笑ってるの?あれ。

こわいんですけど」


「いえ。眼が生まれつき細いだけですが」


「聞こえてるのね!小さく言ったつもりだったんだけどなぁ…」


そうして、俺に困った表情を向ける士。


「あーそうか?お、おはよう」


「はい。おはようございます」


稲神は細い眼を更に細めて言った。


本当に眼をつぶっていないのだろうか。


長い睫毛しか見えない。


「稲神さん。ここに来るのは放課後だけでいいのに」


「だって。いろいろと、ここは便利なんですもん。せんせい」


二人とも笑顔で意見を述べる。


「それはよかったですね。でも生憎、今はそんなものないのですよ。ごめんなさい」


「いえいえ、せんせい。そんなものがなくてもここは快適です。謙遜しないでください」



「……オレたち、早く教室に行ったほうがいいんじゃないか?」


いきなり、士が耳打ちしてきた。


「おまえはそうしたいだろうけど。俺は用事が…って、なんでそんな焦ってるんだよ」


なぜか士はそわそわしている。

トイレに行きたいのか?


「トイレなら行ってこい」


「察し悪いなほんと!」


士に強引に腕を掴まれ。

無理やりに保健室から出ていきそうになる。


「あっ!先生!」


「……あれ?二間くん?」


「聞きたいことは──」


「それは放課後でいい?ごめんなさい。ちょーと、邪魔が入ってるから」


「…はい。…うっす、です」


笑ってるのに、笑っていない顔をしている淺水先生。

苛立ちが隠しきれない感じだ。


何に対してかはわからないけど。


「今は早く教室に行ったほうがいい。これが今は最善だ」


「……うん。これは、早めに退散しておいたほうがいいな」


そうして、恋人同士のように腕を士と組み合わせて教室に向かった。







































 
















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