6話 土用雨①
いつの間にか呆然と彼女の瞳を見つめていた。
澄みきった草原のような瞳にただ吸い寄せられる。
自分が、その瞳の中に閉じ込められたようだった。
「約束できるの?できないの?」
返答がない俺に、再度その質問をしてくる。
「──勿論だ。……約束する」
「分かった…じゃあ、まずこれ」
そう言うと、彼女は自らの赤茶の髪の毛を取った。
「
彼女は、髪の毛を放す。
ひゅるひゅると髪の毛が落ちていく。
そして、地面につく前にそれは拳銃に変わっていた。
「はぁ?え?」
手品でないとあり得ない速度の変化。
それか、自分の眼がここ一瞬で悪くなったか。
……おそらく、どちらでもないのだろう。
「……これは、
人間で言うところの魔法みたいなモノね」
「……。分からないけど、表現したいものは分かる」
魔法という表現は的確だと思う。
質量保存の法則の無視とか、魔法を使うための
空想のおとぎ話を表すには、十分に理解できる根拠だ。
「はい。これ、護身用の銃ね」
拳銃を受け取る。
手に収まる感覚は、今まで感じたことのない緊張感があった。
「本物って、こんな手のひらの圧迫感があるんだ。これ、射つとき絶対ブレる。」
「……射たないで。射つために、あなたに渡したんじゃないの。あなたを守るために、渡したの。意味を履き違えないこと」
声は、冷えきっていた。
感情が、顔に出てこないほど、声に全てが詰まっている。
それほど、彼女は忌避感を銃に露にする。
「じゃあ、なんで渡してくれたんだ」
「あなたを守るためと言ったでしょ。あなたが、射たなくていい状況を作るための、緊張感作りと言ってもいい。だから、あなたに銃を渡した」
「…そうか。君は優しいな」
「───。この……あっ」
それは……そうだ。
協力したくてもそもそも俺は、銃の使い方もセイレイとの闘い方も分からない。
…俺は、俺なりの闘い方で彼女に協力するしかないのだ。
せめて、彼女だけでも。助かればそれで。
「あのさ……」
「ん?」
なんだろう。やっぱり、約束なしで。
とか言われるのだろうか。
そうなっても、全力でついていく自信が証拠にもなく俄然ある。
「…………名前聞いてなかった。あなたの…名前」
違かった。
彼女はただ、至極当たり前のことを聞いただけだった。
そのことがたまらなく嬉しい。
「そうだった。…俺は、
その返答に瞬きをを彼女は高速で五回してから。
目を細めて、小さく、ほんのり笑った。
「…よろしくね。あ、それと、追加で無茶はしちゃだめ。約束に追加ね」
「分かった。それも約束する」
「あと、じろじろ見るのも禁止。追加で」
「──ん、俺そんなじろじろ見てないと思うけど」
断じて、瞳に見惚れてたから見ていたなんて言えない。
「約束…」
「………分かった。見てないけど、見ない」
「よろしい」
彼女は胸を張って腕を後ろに回して微笑む。
約束したけど、目を離せなかった。
「……そうだ。俺が名前言ったんだから。君も名前を言うのが筋じゃないか」
何故かつい、拗ねた感じでそう聞いてしまう。
「………私ね。産まれたばかりって言ったの覚えてる?」
横目で俺を見ながら遠い目をして、彼女は言う。
「あぁ、うん。確か、はじめに……」
そう、か。
「私は、名前なんて立派な宝物貰ってないの、です。貰えるのは……人間だけだから──」
彼女は、何も貰ってないのか。
──考えてみればそれは、当たり前のことだ。
人間は精霊が知覚できず。
普段見ることさえできない。
だが。
人間の造ったものに宿り、人知れず人間を守る。
それだけのことをしているのに。
人間の作り手がつけた、種族名のようなものでしか呼ばれない。
それでは、製造番号のようだ。
誰にも認知されず、銘もつけられず。
機械のように使われ、教えられ。
そう、一回も彼女ら個人への感謝も感情を向けらない。
そんなの、あっちゃいけない。
「……なら、俺が名前をつけていいか……。俺は、君を名前で呼びたい──!」
同情はあれど、おそらくは言葉に出した方のが本心だろう。
「─────────えっ」
俺の発言に。
彼女は一言そう発しただけで、あり得ないモノでも見たかのように固まってしまう。
そうして、顔を伏せていきなり俺の後ろに回りこんだ。
「ど、どうしたんだ?」
「……む。んん。あ───ね…」
しろどもどろな返答。
言葉が形を成していない。
「……うれしい。そう言ってくれて───ありがとう。ぜ、是非とも欲しい。私の本当の名前──!」
彼女の方へ振り向くと、彼女は目を八の字にして力強くはにかんでいた。
「……でも。それは、この事態に決着が着いたらでお願いします。そうしないと、きっと……私は…」
悲しげに俺を見つめながら彼女は言う。
理由は分からない。
そこで言葉を止めたのも。
遠くを見つめたのも。
けれど、きっと彼女にとって大切なことだから。
だから、口にできなかった。
口にしたら、絵空事に聞こえるかもしらないから。
「分かった。約束しよう──」
「はい。約束です!」
そう言って、力なく笑った気がした。
「じゃあ、ついてきて。ここに居ては、いつ痺れを切らして星霊が人間を巻き込むかも分からない」
「そうだな」
彼女と俺は切り替えて。
暗闇の保健室から出る。
廊下に出ると、外は薄暗さが増していた。
ザーザーと降る雨は、学校を出る前から変わらず。
ほの暗さが一段と広がって、また学校が先が見えない迷宮のように感じる。
「どこに向かってるんだ?」
ふと、疑問が浮かぶ。
彼女は、巻き込んでしまうと言っていた。
それはつまり、セイレイと闘うからということで。
今、セイレイの居場所に向かっているのかと気になった。
そうだとしたら、このまま闘うことになるのではないかと思う。
と、考えているとき。
「待ち合わせ場所」
そう返された。
「えっ?待ち合わせ場所?……まさかと思うけど、セイレイって待ってる……?」
その、まさかすぎる問いを掛けた瞬間。
彼女の足が止まった。
「えぇ。ちょっと、話しが分かる星霊だったの」
あんなに、問答無用で襲ってきたのに?
肉食獣みたいな、目つきで襲ってきたのに?
「……つまみ食いと言ってた。私、つまみ食いされていたらしいの」
彼女の後ろ姿は、悲壮感が漂っている。
あと、その言い方だといろいろ語弊が産まれると思う。
「星霊が。戻ってくるのなら、その人間を安全な場所に置いてきていい。と言ったの。
まぁ、結局その人間も連れてきちゃたんだけど。
なんで私、あなたが起きるの待っちゃったの………
これじゃあ、申し訳ないじゃない」
それは、申し訳ない。起きてしまってごめんなさい。
それと、無理言ってごめんなさい。
「…場所は屋上。行くよ」
「…はい」
屋上のドアまで来て、彼女は俺の方に振り向く。
「いい?私から離れないで。それが、あなたにできる私にとっての協力なの」
「……」
無言で頷く。
彼女にとっての協力に頷く。
彼女は、俺の行動を見てからドアの方へ行く。
手がドアノブに触れ、ゆっくり回す。
ガチャ。
ガチャガチャ。
ガ、ガ。
「……鍵かかっているのだけれど」
そりゃそうだ。
「…
「いろいろ、事情が変わってしまったの」
「そうか、そうか。では、交渉は赦されない」
交渉?
「──何故?交渉を持ち掛けたのは、貴方でしょう」
「有無。条件をのむのならば、だが。」
「条件?なんのこと」
考えてみれば、おかしいことだ。
目の前のセイレイは、標的を逃すようなヤツじゃない。
それは、一度襲われたから分かる。
あれは、獣だ。
「鈍いぞ。人間がいなければ交渉を赦す。と言ったはずだ」
セイレイが言い切る前に彼女に向かって、もう駆け出していた。
「あっ」
彼女を覆い被さる形で、伏せた。
白い閃光が間一髪で、頭を掠める。
ズバッと、後ろの方で何かが切れる音が聞こえた。
「ほぅ。人間にしては、勘が良い。」
手の動きが変だった。
そして、強烈な俺に対して殺意がなかったら避けられなかったかもしれない。
「……なんで、助けられてるの……私。トオル、大丈夫?」
彼女は、声をひきつらせて俺の安否を問う。
それに、無言で頷く。
「人間を擁護する
そう言葉とは裏腹にセイレイは、笑っていない。
一方で彼女は、なにも答えない。ただ黙っている。
「どいて、ください」
一言。
感情のない声で言われ、言われたとおりに離れる。
そうして、彼女は立って。
「ありがと──」
と、怒っているような声色で言われた。
どう返せばいいか分からなかった。
ただ、約束を守れてよかったとだけ心の中で思う。
「でも、こんな無茶はもうやめて。約束でしょ」
「……」
「では、では。関係も掴めたことだ。務めを再開しよう──ぞ!」
その言葉を皮切りにセイレイは、こちらに駆けてくる。
そう考えていると。
ギンと、金属がぶつかり合うような音が響く。
セイレイは、もう目の前にいた。
彼女は自分との間に入り、中世の盾のような物でセイレイの音速の蹴りを防いでいる。
「ほぅ。イージスの盾、か…。神話の時代をも模倣するとは。人間の
セイレイは、その盾を軸に後ろへ飛ぶ。
その反動で彼女は、少し後退した。
「すぐ、見抜かれた。少しは、長考して欲しかったのに…」
眼は笑っていない。
が、彼女は苦しそうに微笑む。
「じゃあ、これはどう?」
盾が小さくなって、小盾くらいの大きさになる。
それを、無言で俺に渡してきた。
そうして、彼女の手に収まらない大きさの大剣が現れた。
「くっ…」
重いのか、苦悶の息を漏らす。
それもそのはず。
全長およそ、約1.5メートルほどの大剣だからだ。大の男がやっと持てるか、持てないかの代物。
それを、片腕で担いでいる。
「えっ。血が…」
その大剣にも、片腕で持てることにも驚いた。
が、彼女が握っている柄の部分から血が垂れてきているのに気づく。
「精聖錬を使うには、精霊の血が必要なの。心配しないで、この程度では大丈夫だから」
こちらを見るまでもなく、彼女は答える。
彼女の視線は、セイレイを離さず見つめていた。
心配している場合じゃないでしょ。
と言うように。
「……それは、中世の大剣か。……興醒めぞ。其れでは、我等には傷一つも
もう一度、白い閃光が光速で距離をつめる。
それを見越したかのように、片手で大剣が振るわれる。
だが、間に合わない。
振るわれる速さは、白い閃光を越える音速である光速か、それ以上でなくてはいけない。
そして、大剣は振るわれることなく。
光速の足蹴が彼女に。
────直撃した。
「「!?」」
驚いたのは、俺も同じだった。
右回りでくる音速の蹴りは、確かに彼女の腹部に直撃した。
だが、彼女は微動だにしなかった。
大剣は彼女が立っている地面に深く刺さっていた。
元からそうするためかのように。
そうして、彼女のもう片方の左手には地面に刺さった大剣と同じ物がいつの間にかあった。
それを、右腕と体重をのせてセイレイに音速で振るわれる。
ドン──!と。
刺さることはなく、殴打に近い形で直撃する。
遥か、後方に飛ばされるセイレイ。
それを、逃さないと睨み付けながら。
彼女の手にあった2つの大剣は、役目を終えたかのように霧となって消える。
新たに、スナイパーライフルのようなモノを、彼女は出現させ。
「生製──ショット」
撃った。
飛来する弾の軌道は、見えないが。
何かに当たり、発光するのは見えた。
「あれ…少しずれ…ましたか……」
この光景を見て、次元の違いと、とんでもない者達と出会ってしまったと、今さらながら感じた。
「っ。はぁ…」
さすがに、力を使いすぎたのか。
彼女は、片膝をつく。
自分は、結局なにも出来なかったと、失念しながら近くへ。
「大丈──」
駆け寄ると、息づかいが荒く。
彼女の手のひらを見ると、血で溢れていた。
タラタラと、行き場のない血の軍勢はポタポタと地面に落ちる。
吐き気がした。
嘔吐感が拭いきれず、目をそらす。
視線を避けたその先に、赤色の水溜まりが出来上がっていた。
それは、先ほどセイレイの蹴りを彼女が耐えていた場所だった。
「──なわけないだろ!」
自分に、叱咤する。
中から出てくるモノを無理やり飲み込む。
酸っぱさとのどに張り付くような、不快感が感情を荒立たせる。
「ワタシ、なんで……?こんな、はずじゃ、なかったはず……まだ──」
彼女は、苦しそうに倒れて、身を縮こませる。
額には、汗と蹴りに耐えている間に飛んだ、自分の血がついていた。
──とにかく、保健室に行って手当てを急がないと。
彼女の腕を肩にかけ、おんぶの体勢になって担ぐ。
幸い、セイレイから受けた傷は深くはなさそうだった。
起き上がり、屋上の入り口へ行こうと動く。
「────!」
息をのむ。
おそらく、最初の攻撃のとき。
音の正体は切断されたこれだろう。
屋上の入り口は、両断されていた。
ドアは、バターみたいに2つに裂かれ。
建物自体は、斬られた跡が分からない。
けれど、建物の少し中央から、斬られた跡が薄ら残っている。
ちょっとでも、その部分を押したら、幼子でも建物は崩壊することは可能だろう。
「くっ」
慎重に。
痛みが、かからないように彼女を運ぶ。
両断された、ドアまであと数歩。の、ところで──
「何処に行くのだ。人間」
セイレイの苛立った声がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます