5話 夏時雨
灰色の影が保健室を覆っている。
「セイレイについて教えて欲しい」
と言った後のはいという返答以外、自分を助けてくれた彼女は無機質な顔を下げてしまった。
何かを搾り出すように彼女は言葉を探している。
「私は今日、この地に産まれたばかりなんです」
────。
セイレイの時間感覚は分からないけど、最近ということだと、ひとまず考える。
「産まれたばかりと言っても役目は識っています。役割も判っています」
彼女は、言葉をまた探すように目を閉じて続ける。
「───そして、教えられることがあるとすれば、
「……………」
ショウレイとセイレイ。
セイレイはやはりあの精霊なのか?
ショウレイはなんだ?
同じようなモノではない?
………全く分からない。
ともかく……。
「わかった。じゃあその違いを教えてくれる?」
「───はい」
躊躇もなく。
その言葉を彼女は口にした。
「まず、私という存在の方についてお話します」
唾を飲み込み、気合いを入れて言葉を待つ。
理解できるかは分からないが、とりあえず話しを聞こう。
「
人間が創造したモノに宿り、守護するために、命を与えらたモノ。
それが、私のような
人間には本来は我々、ショウレイは見えません。
生きている次元が違うからです。
時折、人間の中でも視える者はいるそうですが。
それも極少数です。
私たちは、人間と陰で共存し、人間を創造主として護り抜くことが使命としてあり。
人間の意思を尊重し、人間に降りかかる厄災を取り除くために生きる命。
そうしなければ、私たちは生きられないモノもいますから。
………人間で言うところの国を守る自衛隊と思っていただければ分かりやすいと思います。
国は人間で、国民は、
───情報が多過ぎる。
とりあえず、何となく分かることは……
人間が作り出したモノに宿る者っていうことかな。
例えば、電柱なんかにも宿っているんだろうか?
なら……この
疑問が浮かんだが、すぐさま彼女は次のセイレイに関してのことを話し始めたので質問する隙がなかった。
「次に、
──
おそらく、貴方達が想像する
それが、先程襲いかかってきた正体です。
星に害するモノを死滅させ、星の安寧と長寿を促す。
星の意志を最優先に考え、星にいる生命を
その具現が、
いえ、自然そのモノの意味を持つ生き物。
人間をも、ときには害敵として駆除するモノ。
それが、セイレイです。
………人間で言うところの、人間の体自体が、星霊が守る
人間の体を生かす、護る役目を持つ白血球などを星霊。
有能過ぎる、治安悪化を抑制する警察官と思ってもいいかも知れません」
よし。
とりあえずまた頭を整理して考えよう。
………えっと、つまり…地球を動物の飼い主として考えて、その動物がセイレイで。
飼い主をいじめるやつは、許さない。
あと、ナワバリを荒らすやつは、叩きのめす。ってことかな……。
物騒だな。
だから、獣みたいだったのか。
「以上が私の知っている、
声の揺れ動き的に首をかしげているのかもしれない彼女。
そうだな……。
「どうも、こうも……正直、半々くらい。分かったような、分からないような」
「そうですか……。では、今度はプランクトンでも分かる!精霊、星霊講座を──」
「大丈夫!分かった、分かったよ俺!ちゃんと、伝わってる」
また、さっきみたいな説明が続いたら、頭がキャパシティオーバーで壊れる……。
今は、これくらいで勘弁してもらいたい。
「……そうですか。それは、良かったです。それでは、私はこれで失礼します」
「あっ、えっ?」
そう言うと、自分が寝ているベッドから離れて保健室のドアへ歩いていく足音がした。
「どこへ?」
知らず、言葉が出ていた。
感謝も伝えられた。
いまいち分からなかったけど情報も教えてくれた。
もう、関わらなくていいはずなのに。
やはり、声は出ていた。
なのに……頭の中のそういう処理より速く、なにかが俺の中で押し寄せる。
それは、感情と呼ぶべきか。
とても、あやふやなもの。
「私と人間を狙っている星霊の場所へ行きます」
機械のような、物言い。
言葉さえ、感情を失くしている。
「なんで」
人間のような、ありきたりの疑問。
呼吸が空気に溶け込む。
言葉は、やはりあやふやな感情に苛まれている。
「私は
────その一言に
『別にあんたに助けてほしいから、ああしたんじゃなくて!
アタシは
あんたの助けなんて、いらなかった。
あーあ、あんたの性でチャンスのがしたじゃない!』
そう、遠足で迷った同級生を見つけたとき。
『
断じて、体罰や苛立ったからではない。
……分かったのなら、さっさと戻れ!
……戻れと言ってるのが分からないかぁ!!』
そう、顧問の先生が部活仲間の一人に、一方的に責任を押し付けたとき。
誰かが困っていたり、苦しそうに見えた。
例えそれが、嘘でも本当でも。
助けてほしい。と感じて、行動を起こす自分。
カッコつけてるわけじゃない。自分しか、出来ないことでもない。
けれど、ここで動けなかったら自分自身が後悔すると思った。
ただ、それだけ。
でも、空回ってばかりだった。
助けて欲しかった人は、自分じゃなかった。
助けたかったけど、遅く。
部活仲間がそれを機に退部してしまった。
何もかも、どうしようも出来ないものばかりで、嫌になっていく。
自分の責任じゃない。
自分の失態じゃない。
間違いじゃない。
そう、何度も空回りした。
そんなときは、ちっぽけな善行らしいことをして、自分を心細く、小さく肯定する。
だから、いつもどこかで期待してしまうことがあった。
誰かがきっと、やってくれる。俺より、万能で的確で優秀な誰か。
俺じゃない俺。
だからもう、自分はそういうことで、苦しまずに済むという希望が出てくるのを待った。
そう思い。耐えることで、自分の理解者が出てきてくれることを願った。
けれど、そんな人を待つより、出来るだけ見ないふりをするのがいいと気がついてしまった。
簡単なことだ。
思っても、そんな自分を苦しませる行動をしなければいい。
そうすれば、あんな───誰も救いのない結末にならない───。
だけど……
その愚行を、何もかも無駄かもしれないことを。
───今、目の前の女子はしようとしてる。
誰も、人間を護るということを人間は見ていない。
人間に知られず、人間には理解されない。
人間は、助けてとも言っていない。
窮地に立たされているかもしれないことを、人間は知らない。
そうして、たとえ、助けられたとしても、人間は感謝もなく生きていく。
どうしようもないほど人間は。
──狡猾で傲慢で怠惰で鈍感で脆弱で。
………例えようないくらい、人間は
俺自身がそうだから。
そんな人間に対して、形の残らない善意を振り撒こうとする。
誰も頑張っている君を、知らないのに。
誰も君を助けくれる人は、いないのに。
「くっ……」
身体が痛い。
さっきより、落ち着いてはいるけど。
まだ、ふらついてしまう。
「何、やってるんですか」
身体を無理やり起こす。
体温が沸騰して、汗ばんだ手に力が籠る。
布団を掴み、どけて、ベッドの脇に座る。
「起きては、駄目です。出血がひどいと言ったでしょう」
カッカッと、若干怒ったかのような足音が近づいてくる。
「俺も、……何か、出来ること、あると思う。人間でも出来ることが」
「今、貴方がするべきことは、身体を休めることです。出来ることは、あっても、その身体では先に貴方が倒れてしまう」
「まじか……あるんだ。──安心した」
「あるとも、貸すとも、使うとも、貴方ならできるとも言ってません」
首が痛く、下しかみれない。本当は、真っ直ぐ眼を見て言いたのに。
そうしなきゃ、彼女は折れてなそうだ。
「なので、横になってください」
上から声が聞こえる。
おまえは、役に立てないと言われてる気がした。
「また横になると痛いし、眠ると余計痛くなるものが増える」
踏ん張って、上を、向く。
彼女は、────困った顔をしていた。
それなのに、俺は安心してしまう。
やっぱり。感情を無視するなんて
「…俺でも、君の助けになることがあるはず。
失礼かもしれないけど。
君を心配してる自分がいる────から」
限界まで、目力を込めて彼女の瞳を見つめる。
一切離さず、譲れず、迷うことなく。
込めた思いを伝える。
彼女を見ていると、そんな捕らえようのない熱意と希望がこれ見よがしにやってくる。
「─────。─────はぁ、なんで…」
彼女からため息が洩れる。
それと、同時に彼女は眼をそらした。
肩が少し上がり、眼は強い意志を持ち始め。
深呼吸を力強く行った。
そうして──。
「おそらくだけど、あなた、人間の中でも生粋のしつこい性格してるでしょ……それとも、お人好しというやつなの?」
さっきまでの、重苦しい気配が嘘のように彼女から氷解した。
無表情も霧散して、困った表情は拍車をかける。
「ある……。と言ったら?」
彼女は、真っ直ぐ自分を見る。
その眼は、ひどく怒った眼をしていた。
「……それ、使わせてくれ。君の助けに…」
はぁ、とため息を口に出さず。顔に彼女は出した。
「………──自惚れないで。
あなたは、星霊を理解していない。
そもそもあなたじゃあ、死ににいくようなもの。
見たでしょ、あの光……。あれは、光を超越した光速。あんなのにぶつかれば人間なんて──
だから──」
「──だから君がいるんじゃないのか」
言葉の強さに臆さず。
自分でもいつからできたか分からない信頼を口にしていた。
それに彼女は驚いたのか。
えっ。と小声で発した。
信じられないものを見た。
という眼で俺の眼を真剣に見つめる。
「どういうこと?」
と、心底不思議そうに問いかけられる。
「君がいれば、たぶん…死なないし。俺もそのセイレイとかいうやつと、──闘える。…協力できる─俺でも…」
その言葉は、彼女に届いたのだろうか。
返答は返ってこない。
しばしば、沈黙が流れ続けるだけ。
そこには彼女との、幾つもの見えない壁があるように感じる。
そうだ。
だから───沈黙は俺を肯定しない彼女の主張なんだろう。
俺は弱すぎる人間だ。
人間さえ、助けられない脆弱な人間だ。
また、誰も何も。
俺は助けにならない。
そもそも、これは俺が頑張れるような事柄じゃない。
彼女の言う通りだ、自惚れるな。
生き残れたからって、変な自信を肯定するな。
じゃあ、なんで俺は協力しようなんて考えた?
俺にできることは、彼女を信じることしかできないのに───。
でも。
それだけはできるのだ。
……。
──だからこそ。
こんな俺だからこそ、彼女の役に立ちたい。
「……下手にほっといたら、あなたは独りでも行動して…また巻き込まれそう」
呆れ果てたように彼女は口を開いた。
彼女は、困惑もしているのと。
納得していない顔で。
ただ、それが最適解だと主張するように。
「私と一緒にいて。約束よ、忘れないでね」
俺と約束した。
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