4話 落雷
酸素が機能していない。
呼吸が定まらなく。吸うたび、えずいて酸素が逃げる。
痙攣は足から身体の内部まで、侵食している。
もしかしたら、足の神経が殺られてしまったのだろうか。
無理矢理にでも今動いたら、中のもの全てを吐き出す自信がある。特に昼食べたカレーパン。
恐怖と不甲斐なさ、自己否定と忘却。
逃げる。というのは、こんなにも辛いのかと思ってもみなかった。
けっして、今まで逃げてこなかったモノが無かったわけじゃない。
けどこれは、今までのモノが全てただの前置きかと思えるほどのモノだ。
だから、逃げるという生きることが、途方もなく意味のあることだとは、この状況に置いて感じずにはいられなかった。
ゆっくり、ゆっくりと、呼吸をする。
頭の中の警告音は、しだいに静寂を取り戻してきていた。
「あっ、」
息はまだ上がっているけど、どうにか視界が戻ってくる。
それだけで、すごく安心した。
ウィーン、ウィーン。と自動ドアの音が鳴る。
自分が生きているのだと、実感が湧いてくる。
まさか、自動ドアにほっとするとは思わなかった。
雨の音は聞こえる。
さっきみたいに、音が聞こえない訳じゃない。
やっと少しは、平常心を取り戻してきていると身体と脳がそう信号を自身に送る。
とりあえず、深呼吸。まずは、そこから着々と…。
数分経って足を掴み、身体を起こす。
汗と雨で濡れている制服のズボンは、冷たく。
早く学校の中に入ろうと決める。
そう思い、立とうとしたら足の節々が痛くて中々、立つのに億劫になる。
…やっとの思いで直立した。
そこから、自動ドアに向かって歩く。やっぱり痛く、自動ドアをゆっくり通る。
ドン───!!!
と、学校に入った瞬間に何かとてつもない音が響く。
微弱な地震のような振動。縦に揺れ、横に学校が傾いたような気がする。
そして───いつのまにか停電していた。
暗い静寂が広がって、夜の学校へと変貌を遂げる。
支配するのは、洞窟のような先の見えない暗闇。
ポタポタと落ちる
一歩。少し怖くなって後ろに下がった。
下がったら、開かない自動ドアに足が当たった。どうやら、閉じ込められたらしい。
恐る恐る…進む。
勿論のこと、懐中電灯なんてものは一つもない。
だから、スマホのライトがあって良かったと心底思う。
これが無かったら、事務室前から一歩も動けなかった。
けど、あっても少しずつしか進めないのが自分である。情けない。
動いた理由は、安全な所を探すこと。
もあるけど、学校に残っている人がいるかもしれないという理由もある。
今は一刻も早く、この不安感を誰かと居ることで消し去りたい。
こんな状況だから、他人に頼ってもいいだろうと思う。
何より、学校に残っている人は心当たりがある。
そこに、希望を賭けて歩く。
……まぁ、でも帰ったかもしれないけど。
そうだったら、仕方ない。…布団に包まってよう。
心当たりがあるのは、学校を出る前に寄っていた保健室。
あそこには、まだ仕事があると言っていた保健の
自分が出る直前も仲良く女子会を続けていて、淺水先生の仕事は終わらなそうだと感じていた。
だから、まだ仕事が終わらず残っていると考える。
走る。までとは言えないけれど早歩きで向かう。
保健室は一階。もう、目と鼻の先だと一年半通っている自分の勘が言っている。
廊下は完全に自分しかいない。
昼間のガヤガヤとしたうるさい声も、購買へと走る生徒の渋滞も。
普段の学校とは正反対になっている。
あり得ない、この学校では絶対にあり得ないほどの、静寂が廊下にはあった。
その静寂は声も音も空気も、全て凍りついていた樹海を連想させる。
誰一人生きてる者がなく。
出口のない迷宮に迷いこんだようだった。
……………。やばい。
余計なことを考えてしまった。
いつも通りでは無いからこそ、一度もこの学校に夜入ったことがなかったからこそ、怖い想像が頭の中で形を成す。
さっき、死ぬと思った性か敏感になっているのか、独りでいることの恐怖が加速する。
本来、温かいはずの
誰も自分を見てる者はいない。でも、どこか、見えない何者かに自分の
─────。
……そんなはずは。と自分を安心させるように心の中で笑う。そんなのは…………。
去ったはずだと。
もう、あんなよく分からないことは起こらないと。そう、心から───
思う前に。
白い光の波がスポットライトのように廊下に降り注いだ。
ガラスの破片が右肩から腹部まで、刺さった。
刺さった場所を確認したときに、手は血だらけになっていてようやく、自分が今、危ない状態になっていることに気付いた。
あのとき、一瞬のことで理解できなかったけど、一階廊下の窓から二階の廊下まで抉り取られていたことをこの眼で視た。
吹き抜けの雑な天窓を見ているようだった。それか、あるはずのない出口だったのかもしれない。
ギリギリで頭には、ガラスは刺さらなかっただけ助かった。
もし、刺さっていたらと考えるとゾッとする。
本当に運が良かった。
右肩がドクドクと赤色に染まっていく。もう、グダグダしていられない。
保健室に駆け込む理由が増えたなら、さっきより急がないと───。
クラっと、身体が重心を間違える。
身体が軽く感じた。それと意識の空白。
グッと左足に力を込めて、落ちそうな意識を抱える。相当、まずいらしい。
何とか壁に貼り付いて、身体を休ませる。
後、少しのはずだ。
自分の眼が正常なら、あと十歩ほどで保健室。
あと、すこし、身体に活を入れて歩けば。
だが──そんなことも許されないらしい。
白い光がまた、やってきた。
伏せた。何故か、…反応できた。頭を左手で守る。
「ーーーーーー」
遠吠えのような、雪崩のような叫びがやってくる。
鼓膜が悲鳴を上げる。
音の輪郭が消えたり一際大きく聞こえたり。嵐と津波が一斉にやってきたかのよう。
意識も連れて消えていく。
消えていく最中、再来する白い光は自分に届いていないことに気づいたが、それよりも先に。
───意識はもう届かない所まで落ちてしまった。
遠く底に落ちていく俺を侮蔑の表情で睨む奴がいた。
外見は小柄で、暗い性か顔は見えないけど、睨んでいるのは何となく分かる。
『──駄目じゃないか。三途の川は上!こっちは、その川の底。……なに。もしかして、助けてほしくてわざわざ落ちたの?イタズラ?なら、ボクの専売特許なんだけどそれ。やめてくれないかなぁ』
知らない。滑ったわけじゃないし、わざと落ちたわけじゃない。
というか、俺は……死んだのか?
『頭が硬いなぁ……。
そりゃ、助けてくれるならお願いしたい。
『分かった。けど、約束できる?』
何を?
『精霊と関わらないこと。特にあの、女の子とは』
………。
まぁ、もし会えて、お礼を言ったら金輪際関わらないと約束する。というか、関わる理由がない。
『本当に?嘘じゃなぁい?』
本当だ。
『そう、なら還してあげる。けど……もしも、その女の子と約束することがあったら…。そのときは、ボクが徹のこと助けられずらくなるからね。気を付けて』
?………あぁ分かった。
そう言うと、落ちた意識とその声が遠退く。
────少しだけ、名残惜しかった。
暗闇から瞼に戻ってきた。
……何かあったような気がするけど、もう朧気だ。
身体の感覚が恐ろしいほどなく、痛みもない。まだ、夢の中にいるのだろうか。
薄くでも、眼を開けようと努力する。
ゆっくりと瞼の重みが取れていく。
暗い、昨日見た天井がそこにあった。
よく横を見ると、清潔性を強調とした白い枕に寝ているようだ。
寝ている?
自分は、廊下で───
「起きましたか?」
足の方で声がした。その声は、自分を守ってくれた女子の声だった。
………。
どういう状況だこれ?
そして、やけに緊張する。
女子とはあいつ以外としゃべらないからか。
深呼吸。スッ────。ハッ──────。
よし。まずは冷静に状況を確認しよう。
「あのさ、もしかしてまた助けてくれた?」
「いえ。……たまたま、貴方が私の後ろに居ただけです。運良かったですね」
「……そう。だけど──んん。
あの時、君が俺に叫んで言っていなかったら、危機感を感じた後に多分動けていなかった」
そうだ。きっと、動くこと。
あの場から生き残れる可能性を放棄していた。
だから、感謝を伝えなくては。
緊張して言えないとか、無しだぞ。俺、頑張れ!
「…………。」
「あ、あのさ────……ありがとう」
女子の顔は見えない。それと、なにも反応しない。
それもそうだろう。
俺なんかが感謝をしても、この女子にはなんの心の動きはないはず。
何故なら、俺のようなひ弱な人間を助けるには慣れていてるはずだから。
勇猛果敢に強者と分かっていても挑める強い人。
この女子はそういう俺にない強さを持っている。
守ることを当たり前にしているような人?
みたいだから。そういうやつは本当にすごい。
自分を肯定するために、小さな善行のような行動をする俺とは違う。
「────。いえ、ありがとうなんて……。私は貴方を巻き込んでしまったんですから…」
「…それは違う。俺が弱かったからだ。君が巻き込む以前に俺はそれが欠けていた」
なんなら、俺は全て欠けている。
だから、何かしようと動いた。
補おうとして、不要と言われても手を差し出した。
その結果がこれだ。
───当然だろう。
「………。貴方はあの人間達とは違うのですね」
ぽつりと女子は何か言った。
生憎、聞こえなかった。
聞こえなかったが、どこか嬉しそうな声色だった。
それを皮切りに沈黙が訪れる。
もう、話すことはない。
そのはずだが、もうちょっとだけ話したくなってしまったらしい。
話そうとして、上体を起こそうとするが
「痛っ」
鋭い痛みが来た。感覚が鈍くなくなってるから、大丈夫だと思ってたが違った。
ちゃんと痛みがある。
「動かない方がいいです。出血がひどく、処置をしましたが、貴方の血は独特だったので処置に手間取りました。なので、回復が遅くなってます」
「処置?処置までしてくれたの」
「できる最大限は、しました」
「やっぱり、すごいな。助けられっぱなしだ」
無機質な返答をしてくるけど、その声と裏腹に色々としてくれている。
何もできないのは分かってる。
百も承知だ。
だけど。もし、できるなら。
──助けになりたい。この女子の助けになりたい。
身体を起こせないから、まず横になれるか試す。
慎重に身体を動かして、横になる。
よし。横にはなれ───。
横になったとき、ベットで寝ている幼なじみの姿があった。
「えっ───
「?どうかしましたか」
「いや、何でもない。……他に人はいる?」
「男性と女性の方が一人ずついました」
「それだけだった?」
「はい」
「女性の方は、白衣を着てる?」
「いえ。スーツです」
淺水先生と後輩は帰ってしまったのかな。
だといいんだけど。
とりあえず無事ならいい。
心細いけど。
黒墨の保健室。
明るい照明は今はミニチュアの飾りと化している。
真白いはずの壁が灰色と黒が混ざり廃墟感がにじみでて。
無地のカーテンは廃墟にこびりつく幽霊のようだ。
もしくは、霊安室のよう。
だから、気を紛らわせようと女子に再び話掛ける。
緊張より、怖さが勝ってしまったから起きた思考回路だった。
「質問いいかな?」
「伝えられる範囲なら答えます」
今から質問することは、たぶん普通に生きていくなら知らなくてもいいことだ。
でも、向き合わないといけないのだ。
巻き込まれたからこそ。
その事情を知る資格はあるだろうから。
そして、もしかしたら。
────彼女の手助けになるかもしれない。
「セイレイについて教えて欲しい」
「───。はい、分かりました」
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