3話 豪雨

 精霊せいれいって言ったか?

あの、おとぎ話とかにでてくる超自然的な生物のことかな。


…………。

……。


うん、信じられない。


辺りには、自分と変なことを言う女子しかいない。


そんな、精霊とかいう空想的なモノは見当たらない。


雷でも直撃したのかと思うほど、負傷した女子だけ。


なら、速く救急車呼ばないと───。


「大丈夫。…なわけないよね。包帯とか、とりあえず止血できるもの探してこないと。俺、探してくるから。君はすぐ、救急車に連絡を──」


「えっ、?大丈夫だか──です。それより!貴方は速く隠れないと危な──」


い。と言いたかったんだろう。


それを遮るように、さっきの白い光が目前に来る。


「うっ──」


前に。

変な女子がまた、前に出る。


白い光が彼女から後方に漏れ出て、一瞬で消えた。


まるで、自分を庇ったように見える。

彼女の後ろに自分がいるからだろうか。


「いっ──。…大丈夫です、か…?」


無表情なのに苦しそうだった。

腕の傷が痛むのだろう、変な行動をする女子だな。


「うん、俺は平気だから。だから…」


「それでは、今すぐ走ってください。お願いします」


苦しそうな表情を変な女子がする。本当にが起きているのかと思ってしまうほど。


人間味のある表情だった。




ドォーーーーーン。



と、今度は白い光はなく、音だけが支配する世界がやってきた。


大地の地響きと砂利が共鳴して、踊っている。


雨粒も雨音も空へ飛ぶように、還るように、去っていく。


バチバチと目の前の女子に雨の弾丸が襲う。


「やっぱり、人間を狙う……のね。私は…」


襲い掛かる雨にも気にせず、目の前の女子は訝しむような声でぽつりと雨に紛れて言葉を溢す。


もう、何がを起きているのか分からない。俺はどうしたらいいんだ?


「ほぅ、此れは此れは、立派にお役割を果たすとは。……一応はキミ、精霊生命派だったことを忘れていたぞ」


先程の地鳴りと大差ない声量の声が、大地を揺るがす。


叫んでいるわけではない。


静かにただ言葉を発しただけのような、落ち着いた声だというのに。


反響したかのように耳に響く。


しわがれ声だが刀よりも鋭く、かつ、鈍く光る刀の刀身を突きつけられているかのよう。


そのまま魂ごと切り伏せられると、肌と瞳が叫んでいる。


「──!なぜですか……!人間に対してなぜこれほど殺意を向けているのです?」


その声に反発するかのように、負けじと声を荒らげる女子。


怒っているようにも、不安がっているようにも聞こえる。


「……我々は、星霊星主派だ。精霊生命派ではない。其れゆえ、人間は守護する対象ではない。それは、キミも判っているはずだろう?何故、問う」


「……………」


何を言っているのか分からないが、心底心外だと言わんばかりに声に嫌悪感が篭っているのは分かる。


「此処等一帯の人間は、罪のある渇望と意味のない破戒を繰り返してきた。

……キミもこの一日でこの街の全容を視てきたのだろう?精霊生命派でも、此くらいは理解できる筈だ」


「…………それ、は……」


問い掛けられた女子は狼狽える。


黙ったままでは、無表情のままでは突き通すことはできなかったようだった。


「この町は最早時効ぞ…。そして───何よりキミがまれたのだから…な──」


「…………。───どういうことなの?私は──」


女子は短くなにか言葉をもらし。

静かに俯く。


顔は見えないが、その背中はとても見ていられないくらい悲壮感が漂っている。


「其処の人間もこの町の住人だろう?では、対象物だ…。」


「くっ───」


目の前の女子を通り越して、自分にまで声は迫る。

それだけで、ノドがひきつり。呼吸が殺られる。


「わた、しはただ──!」


反論しようしたのか、声が掠れても女子は叫ぶ。


「───!逃げて!逃げてください──!!」


振り向かず、声が響く。


一瞬、誰に向けられた言葉か、理解できなかった。


一拍置いて、唾を飲み込む。


立って、走って、この場から逃げろ。


そういう事態なのか?

それなら、どうもできそうにない。


「速く、してください──!!速く!」


くそっ!訳がわからない!




───けど。




この声はだ。

俺を助けようとしてくれている声だ。


直ぐさま、がくついてる足を立たせる。


が、立ち方を忘れているらしい。

あの声のせいかうまく立てない。


膝と呼吸が笑ってる。


「あっ──」


土下座をするように、手を地面についてしまう。


それと同時に雨と汗が混同して落ちる。


心臓が点滅を繰り返す。

それは死の間際の鼓動。


緊張ではなく、恐れ。

疲れではなく、畏れ。


夢ではなく。



────現実。



「では、務めを開始しよう───」


「───っ!」


ドン、と大地の衝撃が地面をはしる。


自分がビクついて揺れているのか、大地が脈を打っているのか。


衝撃は驚くほど伝ってきた。


バン、と大地の衝撃と同時に発泡音が轟く。


この場に似つかわしくない、鉄の響き。

それは、目の前からだった。


「早打ちは得意ではないか?」 


先程の声がもう、目の先にある。


白い閃光が激しく散らばり、弾丸より速く何かが左に吹き飛んだ。


「くっっ───ぁ!」


校舎側に大きく飛ぶ。

恐らく、音速を超越しているだろう。


飛来する物体は音も残さず、生徒の玄関へとぶつかった。


瓦礫の落ちる音と雨の動きが加速して、砕けた破片が飛ぶ。


視界には雨粒のように散り散りになった物が占領する。


「おや、おや。人間よ。彼女の後ろに隠れなくてはいけないのでは?では、走り給え………。

そこの瓦礫の下で眠っているぞ」


あぁ、どうやら死ぬらしい。


体長は2メートルを超えている巨漢の男?

が、そこには居た。


上半身は裸になっていて、無骨な巨体が露になっている。


そして、胸部の中央から蜘蛛の巣状に金色の線が広がっていた。


それは、生き物かのようにゆらゆらと蠢き。

ただの刺青なんかではないことが分かる。


ライオンのようなあお色のたてがみをした髪。


雷をトリートメントにしたジュエルでも塗ったような、髪質。


そこにいるだけで、自然界の弱肉強食を具現化させるような獰猛な風貌と風格だった。


表現するなら、蒼い何者かの生き血を口元に蓄えたまま、こちらをいつでも喰らえる巨頭の豹が待ち構えている。


そんな形容しがたい表現でしか表せない存在だ。


「行かないのか?では、では。少し早いが間食とするか……」


獣性の塊のような瞳孔が向けられる。


荒々しいのに静謐な獣の息づかい。


人間の形を模しただけの孤高の野獣。


檻に鍵は元から無いんだろう。


そう。


鍵なんてものは、この獣には役割を果たす前に喰われるから。


だから。


自分では、この状況はどうにもならないことは分かる。


今からでも逃げれば、間に合うかな…………。


なんて、思い上がりも微塵もおきない。


そうだ…無理だな諦めよう。






どうせ俺には───。



『───!逃げて!』



…………逃げろって言ったって、どこに?学校に?


あんなのを見た後じゃあ、何処に行っても死ぬだけじゃあないかなと思う。


足は──。

何故か落ち着きを取り戻していた。


窮地に晒され続けて、ついにおかしくなったかのか、この足なら学校までなら行けるかも。


なんて思い上がりが出てくる。


でも、そのチャンスはもう訪れない。何とかしてくれそうな女子はもう、瓦礫の下だ。


だから───。




あきらめるのか。




でも───それじゃあ。

……あの子に申し訳ない。


せっかく、俺に生きることを望んでくれたあの子に申し訳ない!


「ほぉ──?」


突如発せられたその、言葉の中に隙を見いだす。


脱兎の如く走る。


人間が稼働できる最大限のバネで駆ける。

足掻く。


短距離走のランナー如く、死地に赴く傭兵のように。


およそ150メートルもの距離を走る。


目指すは事務室側の玄関だ。

それ以外視界には一切いれない。


呼吸は走る寸前に、とっくに止まっている。


自分が人間でいることも忘れて、目的をただ遂行する機械のように。


ひどく、冷めたくなる心。


すでに死んだも同然の心底に、冷たい炎を灯す。


自分が矮小な動物であることを当然に肯定し、本能を突き動かす。


生きろ。


それだけの為だけに、躍動させる。


「人間に逃げ道があるとでも?」


何を言っているか、分からない。


ただ、俺は逃げるしか道はない。

死んでも逃げ切る──それだけだ。


「させない!」


「──やはりか!そうでなくてはつまらん。物見遊山での余興ぞ。存分に堪能しなくてはな──ァ!」


あと、どのくらいだ?


数歩か、数十歩か、数百歩か!


くそっ、陸上部のくせに情けない。


いくら、足がふらついていたりしてもこんな体たらくはないだろう!


「はぁ、、、はぁ、はぁ、──!」


と、もう限界だった。

足から崩れ落ちる。


痙攣して、もはや歩けるかもわからない。


俺は逃げ切れたのだろうか。


ぼろぼろの体を仰向けにする。


そしたら、ウィーンと、自動ドアが開く音がした。


あの巨漢のやつの声はもう、遠き彼方。

────どうやら、逃げられたようだった。








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