2話 雷雲

 雨が休む間もなく降り続く。


その雨音に少しうんざりしながら、自分のバックの中の折り畳み傘を探す。


バックの中はほとんど、部活着にスペースを埋められている。


他には、隠し持っている菓子か筆記用具くらいしかない。


そのため、折り畳み傘を見つけるのは簡単だった。


取り出すと同時に、すぐ開いて生徒用玄関から出た。


出たとたんにボッボッっと、容赦なく、雨粒が引っ切り無しに襲ってくる。


そして、思ったより傘が小学生用かなと感じるくらい小さかった。


昔から、使っていたがここ最近折り畳みは使うことはなく、バックの奥底に眠ったままだったため、案外小さいのを忘れていた。


それか、この短期間で大きく成長したか。

いや、してない。


まあ、無いよりはましだと思っていつもの帰路に赴こうと歩く。


いつもより、じっとりする道を進む。


保健室での話が長引いたため、時間も遅くなってしまっている。


生徒はほぼ帰り。学校から帰宅している生徒は見当たらなく、学校に残る先生とかを除いて、残りは自分独りだろう。


コンクリートに当たる雨音と人間の足音が不協和音に鳴り続ける。


鳴くのが下手な鳥達が大げさに唄うように。


自身の傘に当たる雨音も入れると、更に可笑しな音の群れになっていると気付いた。


自分独りだと思うと、案の定そんなことが気になり始めてしまう。


雨は何も気にせず、ただ降り続く。

人間は雨音が気になりながら、ただ歩く。


ボッ、ザーザ、パチッパチッ。


繰り返しながら、音を奏でる雨と大地と小さな傘。


ザーッ、ボッボッ。パチッパチッ。


やっぱり、擬音にすると面白い。


ザーザー。ボッボッボッ、パチッバチッパチッバチッ。


…新しい音。


自分から出た音じゃない。学校の花壇の方からした音に気になって、音の方に振り向く。


と───。


そこには、空を見上げる変な人がいた。


傘をさしていなく、ただ、呆然と雨の降る空を見上げていた。


顔が濡れていることも制服がずぶ濡れであることも、目に雨が突き刺すのも、全て無関心に空を見上げている。


誰かがいたずらに、案山子かかしを置いていったのか。


と思うほどその人は、生きている自覚が無いような立ち姿だった。


あまりに、その姿が異質だったから歩みを止めてしまう。傘がないとか、雨が止むまで待つとか。


そんな感じはしない。

ただ、空に帰りたいようなそんなような、不思議な感じがした。


赤みがかった、茶髪の髪。


雨によって、より艶やかに透き通り、毛先は釣り針ように雨を釣っている。


ポタポタとその短い髪から満足そうに、雨が落ちていく。


そんなどこか、哀愁を感じる背中を見て、ふと、朝のバスのことを思い出した。


眠ってしまって、バスを降りられなかった女子高生。


声を掛ければ、彼女は学校に遅れることは無かっただろう。


そう、もしかしたら誰かが。


いや、自分が声を掛ければその子は、学校に行くことも学校で起こることも当たり前に一日を過ごせた。


本当は、その子が眠ってしまったのが悪いなんて判ってる。俺が気に病むことではない。


だけど、誰もそんな状態なのに声を掛けないなんてちょっと悲しいと思う。


だから、こういう事で悩んでしまう自分がいるんだと思う。たとえ、それが余計な事だとしても。


傘を握る手が、雨に晒されたわけでもないのに濡れている。


深呼吸をし、平常心を蓄えて雨の中を行く。


気が付いたら体が動いていたとか、さらさらない。あるのは、罪悪感と焦燥感を纏っている自分。


動く動機なんて、それでしかない。


パシャパシャと出来るだけ誇張して音を立てる。


あっちから声を掛けてくれれば、話もしやすい。が、勿論そんな自分に気付いた様子がない。


そればかりか、もしかして雨にも気付いてない可能性があるのではと思った。


パシャパシャ。近づく度に、何故か緊張した。


──声を掛けるだけ。


それだけなのに、勇気が必要とか…。

ふと、過去の苦い思い出を噛みしめてしまう。


そうして。


後、数歩というところであることに気付いた。


……女子じゃん。


自分の男子高校生としての自覚が胸の奥底から這い上がって来る。


どこか儚さを思わせる眉。

きりっとしているのに、無感情を思わせる瞳。


クォーターなのか、新緑色に近い目をしている。

髪は肩くらいまであり、赤茶色の髪色をしている。


一件、目立ちそうな見た目をしているが、ここの空気感に溶け合い。


まるで、自分が絵画の世界の背景になったのかと錯覚してしまう。


あどけなさそうに思うもどこか、子どもと見てはいけないような高貴さを感じる顔立ち。


雨の相乗効果で、より魅惑的に頭が働いてしまう。


この姿は、あまりにも目に毒では──。

くっ!頑張れ、俺!


……冷静にふと考えて見れば、バスの子も女子だった。


よく、起こそうなんて思ったな…自分。


そう考えただけでさっきの緊張が更に増してきた。


一歩踏み込み、自身の緊張を投げ飛ばし、必死に言葉をひねり出そうとする。


……………。


…………。


「ずっと、そこにいると風邪引くと思う」


悩んだ末に出せた言葉は、自分が初めに彼女を見たとき思った言葉だった。


特に、気が利いた言葉もひねり出せず。

やっぱり、率直な感想が口から出てしまった。


それを聞いたと思う彼女は、無反応だったが、数秒置いて。


「はい、それは識っています。そして、貴方が気にかけることではないのではと思うのですが…」


一文。

一切自分の方を見ずにそう言った。


…余計な事だとは思っていて、覚悟はしていたけど、素直に言われるとこう、なんか、声を掛けなきゃ良かったなんて思ってしまう。


まぁ、俺にとっては毎度のことだ。


「あの、でもそのままじゃ帰れないと思うから、学校の傘借りてこようか」


なに、口走ってるんだ自分。


もう、関わってくるなと言われてるようなもんだぞ、これは。


全く、俺の悪い癖だ。


緊張で雨音さえ聞こえない。


さっきまで、雨音しか頭の中に無かったのに。

どうして、こうなった。


「───いえ。貴方の誠意には感謝します。ですが、それは必要のないことです」


彼女は、ようやく自分の方に振り向いた。


そうして、一瞬驚いたような顔になってからすぐ無感情になって、無感動にそう言葉を紡いだ。


定型文のようにも感じるし、素っ気ない言葉にも感じる。


だけど、嬉しかった。


「じゃあ、このまま雨の中にいるの?」


「はい。要件が済みしだいここからは、離れますが」


やはり、待ち人でもいるのかここに居たいらしい。


だったら、その人が来るまで傘を指して待ってればいいのに。


というか、学校の中にいればいいと思う。


「…私に用事でもあるのですか、あるのなら、出来るだけ手短にお願いします」


「いや、そんなのはないけど…寒くないの?気になる。めっちゃ濡れてるし」


「いえ。触感と温覚を反応しないよう、衣服をコーティングしているので平気です」


「えっ?」


なんか、とんでもないことを言ったような気がする。


「……。」


これは、ツッコミを入れなければ、まずかったのではないか?


いや、…この空気感は本当のことかもしれ──ないわけないな。


よし。

ツッコもう。


「──来る────狙いは──!?」


突発的に。

唐突に思いついたかのように。


──来る。

と目の前の変な女子が発声した瞬間。


辺りが白一色に様変わった。


視界の点滅とフラッシュをたかれたような鋭い衝撃が目にきた。


キーーンと頭から予期せぬ警鐘が鳴り、その衝撃のあとに何かが、自分の右胸部分に当たる。


軽く、けれど計算されたような当たり方で、ついよろめいて、地面に尻もちをつくように倒れる。


「あっ」


遅れて、声が上がる。

眼は未だに白いままで、何が起きたか分からない。


ただ、眼を開くのに集中する。

まずは、状況確認を───。


「えっ」


片眼が少し色を取り戻し、開くと、変な女子の腕が眼前にあった。


細く、華奢な二の腕。


色覚がまだ戻りかけている最中なのか、女子の腕には、濃い紫と朱色が点々と散らばっているように見える。


そして、どうしてかは分からないけど、袖の大半が破けていた。


そこからポタポタと、深紅に染まった制服の袖から、赤色の水滴が自分の頬に落ちてきた。


頬を伝って口元まで悲しそうに落ちる。


………。




────血の味がした。


「どういうことなの?通常では、いや……ありえないことではないです」


ナニが起きてるのか分からない。

飲み込めない。この雨より今が飲み込めない。


何で、何で、この人はこんな血を流していて

──平気なんだ?


「大丈夫ですか。大事ないですか。巻き込むことになってすみません。人間避けの精聖錬せいせいれんを張っていたので、一瞬貴方も精霊ショウレイなのかと…いえ。私の失態でしたね」


俺の身を案じるような顔で言う。


「何で、そんな顔ができる…んだ」


「………。平気なようですね。では、ここから離れてください。

……貴方は──」


って、じゃあ目の前にいるこの女子は一体なんなんだ───。


「────星霊セイレイ相手はきついかと…」















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