第1章 COSMOS

1話 雨雲

 誰でも誰かに期待することがあるはずだ。


自分にも相手にも。

でも、大抵それは空振りで終わる。当たり前のことだが、納得できない。


心は浮かなく、宙ぶらりで窮屈そうに胸のうちを右往左往する。


とても、心身ともによくない。

だからたまに、善い行いをして自己を保管する。


立派とよく言われた。小さいことに気づけるねと。

とおる君はいつも真面目だねと。


違う。それは、自分がいい奴だと自分自身が肯定したいだけのエゴ的なものだ。


失敗だらけの自分を信じたいだけなんだ。

ただそれだけ。そこに誰かのためとかは一切ない。


周りは、自身を肯定するだけの部品でしかない。

言い方は悪いけど、それが自分の思いだ。


だけど、それでもまだ期待しているんだ。

きっと、いつかどこかで誰かが俺を必要と想ってくれることを。

きっと、どこかでいつも助けてくれる誰かを。

   


     *    *    *

 


 屈託のない笑顔で、白い光が窓から顔を覗かせた。


よく、晴れた1日が今日も始まる。


ところで、朝が好きだと断言できる人はどれだけいるのだろうか。


自分は好きと口にする勇気は到底ない。


汗をひどくかいていしまったり、肩がこってしまったり、筋肉痛で動けない時など。


嫌と口にする自信のほうが勝ってしまってしまう。


でも、その眠った後の結果あさが大変、身体の調子が良くなるというのならまぁ、嫌いではない。


鳥のさえずりが空と窓の境目からくぐもって聞こえてくる。


朝が好きと鳴いているのかもしれない。


眠気がいまいち取れなく、朧気に頭を横にしてスマホで時刻を確認する。


時刻は、午前6時ジャストだった。


タイマーのアラームをスヌーズからオフに切り替え、一息する。


…危ない。また、眠りそうになった。


しばらくして、自室から出る。


二度寝といかなかったのを、心のうちで褒めながらリビングのある1階へ。


リビングまで来ると、ガチャガチャと日常の音が漏れている。


明かりは、中央と台所。一際、日常の音が軽快なのは台所だった。


「おはよー」


「んー、コーヒーある?」


「そこに、コップだしてあるから使って」

特に返事もしないで、料理中の姉の後ろを通る。


「いつものは?」


「あっ。買ってくるの忘れた」


こちらに、前髪をピン留めで止めてある姉の満面な笑みが向けられた。


とても、そのまま平手打ちしたい気分に誘われるが、ぐっと堪えてピン留めを外した。


「あっ!ちょっと!悪かったって、熱っ!」


さほど、取り乱すほどではないはずだが、注意が逸れたせいでフライパンに手が当たったらしい。


天罰をくれることができた。

とても満足である。


「氷!」


と、ふざけるのはここまでにして、氷を至急渡した。


「で、なんで私がコーヒー淹れてるの」


「姉の心暖まる、温かいコーヒーが飲みたいから」


「本音は?」


「めんどくさい」


はぁ、と姉の深いため息が淹れかけのコーヒーに混ざる。


苦味が増したのでは?


「はい。ご注文の温かいコーヒーです。」


「これは、どうも大変…」


受け取り、さぁ口にしようとコーヒーに口が触れる。


「熱っ!苦っ!」


大変、熱く苦味も最上級だった。


「一勝一敗!」


姉はガッツポーズをしながら台所に戻っていった。



 姉からやけに、焙煎ろーすとしてから淹れられたコーヒーを片手に、これはこれで案外旨いことを知る。


「これが、本場の味わいというやつよ」


「…へぇ。」


父親の影響か姉弟そろって、コーヒーに目がなく。

朝は、これ!と決まったブレンドを飲んでいる。


まあ、俺はインスタント派で、たまにお気に入りのブレンドで飲むだけだけど。


「興味ない?…これだから、インスタント派は…」


「きわめて、生命インスタント派に対する侮辱を感じる」


「感想は?」


「悪くないかも」


にまぁ、と姉の顔は自慢気になる。


実際、朝の眠気が覚めてないときにこれを飲んで、直に感じる豆の匂いと乾いた喉に味わい深く必要に張りつく苦味。


朝のコンピューターバグのような、頭と喉を痛快に覚まさせる勢い。


それらは、加減知らずに襲ってくる。


こんな経験したら、朝に刺激が欲しいとき飲みたくなっちゃうでしょう。


「えっ。大丈夫、徹」


どうやら、気が抜けてたらしい。

いや、これは気が張ってしまっているのかも。


「うん、平気。」


「そう。てっきり、苦すぎて意識が朦朧としてたんじゃないかと」


「そこまでじゃない」


「どう?目、覚めたでしょ」


「んっ、まぁまぁ」


姉特製のコーヒーをちびちび飲みながら、答える。

たまには、こういうのはありかな。


姉は、満足そうな顔して再び台所に戻った。


左右に揺れるポニーテールが、上機嫌に跳ねながら料理を再開する。


手際よく、カチャカチャと音が聞こえてきては、楽しそうに台所で食事を作る。


これだけ見れば、美人な人が美味しそうな料理を作っていると思う。


が、あれは姉だ。姉としか、どうしても考えられない。


私室では、脱ぎっぱなしで放置してある、下着やバイトの残りものが所々にあって。


綺麗好きではあるものの、自分のこととなるとすぐ、ずぼらな部分が出てくる。


しまいには、一日風呂に入らないで外にでたこともある。


社会人として、どうなのか問いただしたくなる。


臭いと言うと、香水かけとけばどうにかなる。

とか言ってる。


本当にどうかと思う。


「もうちょっと待ってね」


「あーい」


でも、姉だから仕方ない。

風呂に入らないのは本当にヤバイと思うけど。



 「じゃあ、行ってくるから戸締まりよろしくね!」


ガチャっと、玄関の扉が開いて姉がバイトに出る。


澄んだ空気が室内を通って、また空気の流れが止まった。


リビングは、静まり返り。

台所で独り水道の音と対時する。


ザーザー。

と食器がない所へ水をあて、泡を流す。


水回りの掃除は主に、自分が担当している。


洗い物を少なくするために、小まめに掃除をすることは忘れてはいけない。


たまっていくと。

後々面倒になるからだ。


洗い物を終え、身だしなみを整えて時刻を見ると、7時15分。あと、5分ほどでバスが来る。


ならば、最終チェックをして、玄関を出るだけだ。



 バスは住宅街を越えて、様々な人や車が行き交う駅周辺で止まった。


ガヤガヤと降りる学生ばかりで、うるさい。


最近、バス会社や近所の人から苦情が来ているのを知らないのか。


そんなこと、知ったもんかとぞろぞろ降りていく。


その中で、眠ったままの女子高生がいた。


見たところ、うちの学生服のようだ。


もう降りなきゃ遅れるよと、声を掛けようとしたけど、後ろがつっかえてて、そのまま降りてしまった。


…まぁ、誰かが起こすだろう。


それに、もう二つで湯目木崎ゆめぎざき駅に着いてしまえば、一度バスはそこで駐車するから、そのとき運転手が気づいて起こしてくれるだろう。


そうだ、だから俺はこのまま学校へ行けばいい。



 学校へ着くと、空は曇っていた。


少し、小高い平地にあるここ、湯目見ゆめみ高校は歴史が深く。


また、近年改築したので真新しさもあった。


偏差値は…まぁ、中の下だった気がする。

正直、あんまり評判は良くない。


だが、それでも進学校だ。


勉強できる奴はいるし、勉強できない奴も大勢いる。


…パッとしないのがここの学校の特徴だ。


生徒用玄関の賑わいは大したもので、常に話し声ばかりが聞こえる。


そして、インターハイを間近に控えている先輩の声が道場から響く。


朝から、このテンションは凄い。尊敬する。


昨日言われた保健室に行くことを思い出し。

忘れずに訪れる。


…あっ。

朝は会議で先生がいないことわすれてた。


早速、出鼻をくじかれたと思いながら教室に着くとやはり、ガヤガヤと適度にうるさいクラスの連中。


それらをくぐり抜け、自身の机にようやくバックを置いた。


「お早う、徹!体調は万全か?」


席に着こうとしたら齒刈はがりつかさが挨拶をしてきた。


軽く、腕で反応して挨拶を済ませる。

一息つく暇もないとはこのことだ。


「あぁ、万全万全。ちぃーーとも疲れてないよ」


「そりゃあ、良かった」


どしっと、膝から崩れるように椅子に座る。


「ほい、これ」


「んっ?」


自分の机に冷たそうな、親方という名前の緑茶が置かれた。


「熱中症は再発しやすい、忘れずに飲むことだ。あとこれ、オレのお気に入り」


「へぇー。ありがたく頂こう」


ごくっと味わい深い、茶の濁りが押し寄せてきた。


したたかながら、その実奥深さを閉じ込めた、茶の花園。


一口喉を通れば、そこで茶葉への魅力に口と手の自由を奪われ。


つい、長時間堪能してしまいそうになる味だ。


「おい、そんなに飲んで平気か?溺れるぞ、お茶で」


「はっ!」


何かに取り憑かれたように、この緑茶を飲んでいた…。恐るべし親方…。


 学校での時間は、相変わらず変化も特にないまま過ぎた。


天候が悪かったせいか、気分はいつもよりさがっているが何事ともない。


今日もまたこのまま一日が終わろうとしている。


ザーっと。

外では、しばらく降ってなかった雨が降っていた。


帰宅するときに限って、雨が降るのはやめて欲しい。


念のため、折り畳み傘を持っているが面倒だ。


小雨程度なら、走って停留所まで行くのだが。今日は本降りだった。


雨は、大地に文句があるのかバチバチと火花を散らす。


保健室に寄ってから、玄関までとりあえず来たがこれじゃあ帰る気にならない。


走って、近道をして停留所まで行けばそんなに、さらされることもない。


けど…姉に愚痴愚痴、何で濡れて帰ってきたの!傘あるよね!風邪引いたらどうするの!という口論になる。


近道は、傘がさせない場所があってそれがネックだ。


とりあえず、雨だから近道も危ないし止めよう。


次に、学校に残って雨が止むまで待つ。

という方法が脳裏に浮かぶが、保健室で今日の天気の話をした際に午後6時半あたりまで続くと言っていたから。


それでは、学校も閉まるし。

何より、バスの最終便に間に合わない。


雨の勢いがおさまるまで、一応待ってみるっていうのもありだけど。


…まあ。せっかく傘あるんだし。


────普通に帰るか。

散々迷った挙げ句、普通に帰ることにした。







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