3

 リジーはシートベルトの緩みを確認し、締め直す。

 自分の乗る機体を操る少女が、軍に喧嘩を売ろうとしているのだ。だが、命まで亡くすとは彼女は思っていない。それは、エリナのもうひとつの秀でた技術があるからだ。

 エンジンが唸りをあげる。風防のすきま風の音が大きくなった気がした。巡航速度から戦闘速度へ上がったようだ。途端、頭の上、風防の外をオレンジ色の光の筋が走る。機銃弾がどこを飛んでいくかの目安のための曳光弾の光。当てる気はないのだろう。

 威嚇射撃だ、と無線で告げられる。続けて、足の下の確認窓を光が通過する。

「今度は当てるってッ!」

 リジーの耳に当てたヘッドフォンから、無線電話から伝わってくる声。軍隊からの声は、怒鳴り声に変わっていた。

 自分たちの機体後方に付いたのは、1機だけ。もう1機は……と空を見回したが、判らない。どこから隠れているのだろう。

 1機だけ姿を見せて、もう1機は隠れている。

 姿を見せている者に注意が行きすぎて、もう1機の存在を忘れたところへ、止めを刺す。卑怯といわれるかもしれないが、勝ったもの勝ちだ。

「エリナ、なんとかしなさいよ!」

『しゃべっていると舌噛むッ!』

 エリナが珍しく声を上げる。と、彼女たちが乗る飛行機は、下から何か巨大なものを突き上げられる感じがした。

 異常なほどの急上昇。リジーは一瞬のうちに視界が真っ白になった。頭から血が足へと抜けていく。自分になにが起こっているのか判らないまま、今度は視界が真っ赤になる。

「なっ、なにやったのよッ!」

 視界が戻ったリジーが外を見たら、左手の山肌は触れそうなぐらい接近していた。

 そして、後ろにいたはずの海軍機。それがなんと前方にいるではないか。

 急上昇、すぐさま急降下したようだが……どんなトリックを使ったのかよくわからない。

 相手、海軍機の方もこちらを見失ったらしい。見ればこちらを探しているのか、機体を左右に揺らし、上空を探しているように見える。

 リジーが無線などに耳を傾けると、海軍機が2機とも地上の基地へ自分たち、つまり彼女たちの居場所を問い合わせていた。

 エリナが秀でているもうひとつのこと。

 それは操縦能力だ。

 彼女は、子供の頃から操縦桿を握っていたらしい。故郷では農薬散布の仕事で飛んでいたとか。そして、ホントか嘘か判らないが『風が見える』らしい。

 見える風をうまく利用して彼女は飛んでいると、いっているのだが誰も信じていない。が、そんな眉唾な話でも、たぐいまれな操縦能力があれば十分なことだ。

 地上の基地は電波探知機レーダーで、見方の海軍機2機、彼女たちの1機を監視しているようだ。ただ、高度までは判らないらしい。下からは方位を伝えているが、パイロットたちは後方にいるとは思っていないため、食い違いや混乱を生じている。

 バババババッ――

 その混乱に拍車をかけるように、エリナは機銃の引き金を引いたようだ。

 機首に7・7ミリ機銃が2門。オリジナルには付いていない自己防衛用なのだが、弾は真っ直ぐ飛び、前を飛んでいる海軍機を舐めた。

 当たることはなかったが、海軍機は翼をひるがえすとそのまま視界から消えて行ってしまった。

 撃墜されるのを恐れたのだろうか。まあ、見習いを示す吹き流しを付けたホーネットに撃墜されたと、なれば海軍の恥さらしになる。そう思ったのか判らない。

 そんな理由だろう。


 それからしばらく様子を見ていたが……ふたりは外を見回しても、ほかに飛んでいるものは無し。リジーの監視する通信には反応なし。少し前まで続いていた沈黙が再び訪れる。

『リジーちゃん。諦めたのかしら?』

「さあ、あまりしつこいと女の子に嫌われると、思ったんじゃない?」

『そうなの?』

「エリナ、冗談を真に受けない!」

『――リジーちゃん。わたしって『蒼い』のかな?』

「急に何を?」

『ケイトさんが、飛び立つ前にそう言っていたの』

「あの人は、一般のグラウ・エルル族みたいに冷徹な人じゃないけど……グラウ・エルル族の比喩はよく分からないから……」

『リジーちゃんにも分からない?』

「あのね。アタシのほうがアンタより年上なんだから……」

『ひとつ違いでしょ?』

「未熟なのよ。そういうところが、『蒼い』っていわれるのよ」

『だから、『蒼い』って?』

「とっとと飛行許可の免許取りなさい! それから後先を考えずに、仕事を取らない!」

『――ごっ、ゴメン。機内通信器の調子が……』

「こらッ!」

 そのとき、リジーがふと外を見た妙なものが見えた。だが、彼女はそれを口にすることはなかった。

 銀色のお盆が飛んでいる……など、エリナに教えたところで、何を言い出すか判らないから。




〈了〉

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