飛べない鳥に勇気は要るか?

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 統一歴940年、春――


 コンスティテューション連邦国の南。エセック州のフランクリンは、シーズンオフだからかもしれないが、観光地としては閑散としていた。

 エリザベス=P=シュトラッサーは、高校最後の春休みをそこで過ごしていた。

 彼女の容姿は、プラチナブロンドの長い髪を、ゆったりと三つ編みにまとめている。目はややつり上がっているが、瞳は透き通るようなブルー。透き通るような白い肌に、小柄でまるで人形のようだ。それもそのはず、彼女はいわゆるお嬢様だ。

 実家は大手の飛行機会社『ルイス・ヴォート社』の創業者一族。

 ただ、今の気分は……最悪だ。

 自分としてはもっと別の場所で過ごしたかった。

 ここはまだリゾート開発が始まったばかりで、施設は少ない。ゴルフ場はある。だが、ゴルフのたしなみはあるが、だからといって、年頃の彼女では楽しめない。

 ホテルで「海辺で、のんびりされてはいかがですか?」といわれて、ビーチチェアに座り、日光浴でも……と思ったが、海からの風は冷たい。

(確か『常夏の島』と銘打っていたが、一体何なのだろう)

 これであったら、寒いかもしれないが、北のタヴリーチェスキー州のポチョムキンなどで、よかったのではないかと思っている。

 あそこならまだウィンターシーズン中だから、スキーなんていいのではないか……

(それもこれもお父様の所為ね)

 ここを指定したのは彼女の父親だ。

 大方、この未開発に近いリゾート地に投資でも考えているのだろう。父親の趣味といっていい。

 先に彼女を行かせて、素人目で見て回らせる。

 そして、自分は後で乗り込んでくる。よければ投資する。

(どうせいつものことで、失敗するのに決まっている。

 ちゃんと本業に専念すればいいのに……全く、なに考えているんだか)

 彼女は何度かそんなことをさせられて、その度に失敗しているのを見ていた。まあ本業の方が順調に行っているし……自分のポケットマネーでやること。会社の金に手を付けないことを条件に、せっせとリゾート開発業に金をつぎ込んでいる。

 今回のこの場の評価は……彼女的には、まだ決めかねている。

 今の気分は最悪だが、ホテルの従業員やら村の人たちの人当たりはいい。季節さえ間違わなければ、問題なさそうなのだが、少し南寄りなのが気になった。

 ドラグーンが襲ってこないのか、と……。

 いざ投資したところで、ドラグーンに襲われて破壊されては元も子もない。

 長年の研究成果で、ドラグーンはこの星の空気中に含まれる特殊な成分『マナ・ニウム』に拒絶反応を示すことが判ってきた。

 ホワイト・エリオン族、お得意の魔法の源であるマナ・ニウムは、はっきりとした理由は解らないが、両極が一番濃く、緯度が下がるに従って薄くなる。赤道付近にはほとんど含まれていないのが現状だ。

 この島は地図上では、コンスティテューション連邦内では少し赤道に近い。

 その辺はどうなのだろうか……元々、この島にはラジオの中継局があった程度だ。

 このラジオ局は付近の船舶や航空機に方位や位置を伝え、その航行を補助する電波灯台としても使われている。そんな重要な施設を置いてあるので、国が安全と認めているのだろう。

(まッ、アタシが心配することではないか。どうせ、お母様に怒られるだけだろうし……)

 海辺での日光浴を諦めて、ホテルに向かう道を歩く。

 どこからともなく陽気な音楽が流れている。

 気がつくとフルーツを売っている店があった。その店先にラジオが置かれていて、そこから流れているようだ。

 リジーはその音楽に合わせるように、鼻歌を歌いながら歩く。だが、その音楽が突然止まった。バリバリと雑音が入り、男のアナウンサーの声が聞こえ始める。

『臨時ニュースをお伝えします。

 当局の発表によりますと、ドラグーンの群れが確認されたとのことです。

 現在、パイルの捜索をしておりますが、確認されておりません。

 放送をお聞きになっておられる皆さん。

 情報をお持ちでしたら、当局に連絡をお願いいたします。

 繰り返します……』

 リジーが、ドラクーンのことを気にしていたから現れた……なんてことはないはずだ。

 ドラグーンが灰色の雲から現れるかどうかは、当局は常に監視している。

 奴らの動向は、国民の生命に関わることだ。それに引っかかったのだろう。

 ドラグーンの襲来は『採取』といわれている。

 手順は、『パイル』と呼ばれる巨大なドラグーンが、採取を行う地帯へ現れて旋回を始め、残りのドラグーンを誘導する。

 数日おいて現れるのが、『ショベル』と『ハンマー』の大群だ。

 ショベル型はその名の通り、採取を行い、巨大な手で土砂や何から何まですくい上げていく。

 ハンマー型はやや小柄であるが、破壊と他のドラグーンの護衛を行う。だが、今回、不思議なことがある。

 パイル型ドラグーンが見つかっていないというのだ。

(あんなデカイものが見つからないなんて、うちの国で『採取』が行われないんでしょ)

 どこの国かは分からないが、リジーは少し安堵した。

 パイル型は中でも巨大で、翼を広げると100メートル近くもある。

 それが世界中に数匹程度が、得物を求めて回遊しているのだ。

 では、最初にパイル型を撃墜すればいいのでは、となる。が、連中は通常は20,000、30,000メートルと、今の技術では到底たどり着けないところを悠然と飛んでいる。採取が始まると、10,000程度まで下がってくるが……。

 そんなものが見つからないことは、つまりこのコンスティテューション連邦には襲ってこないのではないか? しかし、ドラグーンが現れたということは、どこかで『採取』が行われるということだ。

 それを思うと、何だか申し訳がない。

 気がつくとその臨時ニュースは終わっていた。

 そして、また陽気な音楽が流れ始める。

(お父様が来るのは、明後日だったわね)

 リジーはホテルに帰らずに、もう少し島の中を散策することを決めた。

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