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その後、数分間の沈黙が続いた。
外を見れば、左側には山肌が雲の上まで続いている。反対側はずっと低い木々の森が水平線の彼方まで広がり、あっちこっちに水たまりのような小さな湖が点在する。1,000年前の星が落ちた後に育った森。それが青々と生い茂っていた。
そして、湖はその頃誕生し、世界中にこんな風景が広がっている。空の遠くを見れば……外は綿菓子のような雲が漂い、目を凝らしてみれば遙か向こうに魔術文明の遺産というべき浮遊大陸が望めた。
星が落ちて大洪水で失った大地の足しにと、埋もれた島を引き上げて人工的に造ったもの。大きさは個人所有の小島から、最大のものは小国1個ほどまで。
浮遊大陸を浮かすために使われているのは、魔術を利用した重力発生装置。
最初の頃は安定した出力を出すために、巨大なものを何個も並べて使っていた。魔術は全般的に力が不安定で使いづらいための処置だ。今はそこに安定した科学の力が加わって――いつ墜ちるか心配しなくて済むようになったことは確か――いるが、科学では重力が操れないため、魔術技術がまともに使われている数少ない部分である。
「わたしたち以外にも、こんなところを飛んでいるのかしら?」
『なにいっているのよ。
飛んでいたとしたら、軍に決まっているって、来たの!?』
「向こうの方に……」
『方向は時間でいいなさいよ』
「1時、あっ2時か」
リジーは、エリナのあやふやな方角説明に苛立ちながら、2時方向……機体に対して、前方の少し右手を見る。薄くモヤがかかっているだけで、なにも見えない。
目を凝らしてみても、よく判らない。
「2機いる。どんどんこっちに向かってきている」
「アンタが見えているなら、それは迎撃機よ」
エリナが秀でていること。そのひとつは目の良さだ。
それもホーネットのような飛行機乗りたちの中でも、抜きにでるぐらいだ。
彼女が見えているというのであれば、疑いようのないことなのだろう。
それを裏付けるように、彼女たちの元に通信が入る。
『ここから先は飛行禁止エリア。民間機及び許可なき飛行物の進入は一切受け付けない。
繰り返す。ここから……』
音声通信が届いたらしい。リジーがエリナに聞かせるために、機内通信に流し込んだのだ。
「どうしよう……」
『どうしようって、今更なにを?』
「ごめんなさいっていようか? ふたりで謝れば……」
そんなことをいっているが、慌てふためいて、逃げ出すか……と思ったが、エリナの操る機体は予定するルートを真っ直ぐ突き進んでいる。そして、彼女のいっていた軍機が、ゴマ粒のようだったものから見る見る近づいてきた。
プロペラのないジェットエンジンを搭載された機体。
スマートなその機体を見た瞬間、リジーは冷や汗に似たいやな感じがしてきた。
彼女たちの乗る機体はレシプロ機。だが、軍隊は民間技術の5年先――規定により軍事技術は5年後には解禁になる――の技術を惜しまなく使われた機体。パイロットの腕の差というどころの話ではない。機体の性能は雲泥の差がある。
「碇のマーク? やっぱり海軍なんだ。
それにしても、わたしたちのみたいにフロートがなかったけど?」
エリナの方は、心配するもうひとりの彼女とは別の感想を持ったらしい。
『車輪付きなんでしょ。贅沢にも森を切り開いて滑走路を造っているのッ連中は!』
「エリオンの教会に怒られないかな?」
エリナのいっているエリオン。ホワイト・エリオン族は、世界人口の4割を占める種族で、その宗教は森林宗教、巨木宗教と呼ばれる多神教を信仰している。
どういう宗教家というのは詳しい話は後にして、簡単にいえば「森は神様の住む場所」というわけで、森を切り開くことは許さない――ホワイト・エリオン族は感情が激しいことで有名――と、飛行場などの大規模な伐採は反対の立場をとる。
そのために、民間機やホーネットの使っている航空機のほとんどが、いわゆる水上機。
1,000年前の小惑星『ペトローレウム』が落ちたおかげで、水辺には苦労しない。だが、どうしても重量がかさみ、空気抵抗も増えてスピードが落ちてしまう。しかし、不便とは思われていなかった。主とする敵ドラグーンが、そこまでスピードを必要としないことから、しかも軍としては民間機の足枷になる。
彼女たちの機体の下を、2機の海軍機が通り過ぎていった。
地上のレーダーからでは接近する機が何なのか、判らない。
判断するために、そして威圧のためにも姿を見せつけた。
「行っちゃった……」
『エリナ、すぐに戻ってくるわよ。
引き返せ、引き返せって、さっきから五月蠅くてかなわないわ』
「後少しだったに……」
エリナは独り言のように呟く。機内通信が入ったままなので、その声はリジーの元に届いていた。あと2時間も飛べば、目的地に到着する予定だ。
『いわれた通り、後戻りする?』
「目的地の方が近いから、このまま真っ直ぐ行く」
『やっぱりね』
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