どうしてそんなにも蒼いの?

1


 統一歴942年、春――

 

 ホーネット。

 

 ドラグーン退治に巨大鳥や竜から、飛行機へと鞍替えした傭兵たちの俗称だ。

 プロペラの風きり音が、スズメバチのような大型の蜂の羽音と重ね合わせたのだろう。

 今、愛機である水上飛行機を操るエリナ=グラーフは、そのホーネットの見習い。

 彼女は、操縦桿を握って久しくはないが、まだ公式な飛行機の免許を持っていない。

 ヒューリアン族の18歳でも、たいして難しくはない試験なのだが……合格していない。

 その理由は……後で説明するとして、彼女は仕事のために、北コンスティテューション大陸を北上中であった。

 大概のホーネットたちは、ドラグーンの迎撃を請け負うだけでは、生計が成り立たない。なので、サイドビジネスとして輸送業務や護衛任務で稼いでいる――むしろ本業がこちらだという者もいる。

 エレナの場合は後者であろう。実際、彼女はドラグーン迎撃戦バトル・オブ・ドラグーンには、一度しか参加していない。

 今回の仕事の内容は、預かった特効薬ワクチンを乗せて、隣の国まで運ぶこと。

 たまたまエレナひとりで店番をしていたときに、依頼の電話がかかってきた。


「その国のある村で病気が流行っており、ワクチンを運ぶためにできるだけ早く行ってもらいたい」


 電話越しに、壁に貼られたコンスティテューション連邦国の地図を見て説明した。

 エレナは桟橋屋タイプ・ゼロのある街、ヨークタウンから北にある山脈を飛び越えていけばいい。そうすれば、2日で着くと――

 だけれど、そのお客がいうには、ほかのところに同じ仕事を持ち込んだら、3日以上かかるという。

「できるだけ早く届けたい」

 そう客にいわれた途端、後先を考えずに、

(今、この瞬間にも病気で苦しんでいる人がいるのなら、やるしかないでしょ!)

 彼女は仕事を受けてしまったのだ。

 後で聞いたところによれば、最短ルートには、軍が決めた飛行禁止空域が設けられているというのだ――なぜか海軍の基地が山奥にあるらしい。

 なんでも、何か秘密の研究をしているとか。空飛ぶ円盤なんていう噂まである。

 軍とはことを構えるのは、ちょっと……と、別の桟橋屋では、山脈を迂回するルートを選び、「3日以上かかる」と答えていたようだ。

 ちなみに……桟橋屋はホーネットたちの水上飛行機のための整備、補給、寝床を提供していた。そのうち仕事を受け取るのをスムーズにするために、口利き屋のような仕事もしている。

 彼女もそんな桟橋屋タイプ・ゼロという店で、住み込みで働いていた。

 さて、その桟橋屋のオーナー、ケイト=ヴァル=ジークフルートにはそう談話するわけではなく、受けてしまった仕事。

 そのことに、

「受けてしまった以上、始末をつけなさいよ」

 と、そういうだけで彼女を放り放しだ。

 そのためにエリナはため息をつきながら、操縦桿を握っている。

 新人が無茶な仕事を引き受けたことに怒ってくれれば、少しは気休めになったのだろう。

「どうしてそんなにも蒼いの? ヒューリアン族の少女は――」

 飛び立つ前にそんなことを、グラウ・エルル族のケイトが呟いたのを聞いた。

『まだ悩んでいるのッ!』

 突然、耳に付けたヘッドフォンから、ガミガミ声が聞こえてくる。

 声の主は、後部座席に座るエリザベス=P=シュトラッサー。もし真後ろの席にいたとしたら蹴飛ばされる勢いだ。しかしこの機体は、操縦席と後部座席の間が離れている。しかも後方を向いている形だ。

 彼女の機体は、スリー・ダイヤ社製――正式にはスリー・ダイヤ重工業航空機製作所――一〇〇式偵察機『ダイナ』という軍用機の民間バージョン。しかも風防と胴体が一体化した最新タイプ三型だ。左右エンジン1300馬力の下は、それぞれ大きなフロートがぶら下がっている。図体がでかいが、エンジンのおかげでこれでも最高速度500キロという並の機体では追いつけないスピードを誇ってはいるのだが――

「リジーちゃんごめんね。付き合わせちゃって」

『アンタがひとりで飛べれば、アタシが一緒に行かなくていいのよ』

 体中に響いている2つのプロペラとエンジン音をかき分けて、耳が痛い。

(痛いのは、耳だけじゃないか……)

 リジーといわれたもうひとりの少女が、観測兼通信員を務めている。

 仕事は、エリナが操る飛行機が今どこを飛んでいるか? とか、外部との通信――至近距離は音声通信。遠距離は電信、つまりモールス信号――を全部取りしきっている。

 本当はエリナが全部ひとりでやらなければいけないことだ。

 エリナにいわせれば、飛行機を飛ばしながら自分の位置を計測し通信に耳を傾けて……と、やることがいっぱいありすぎて、頭がパンクするらしい。

 これ飛行機の免許がほしければ、みんな行っていることだし、それを試験官の前でクリアしなければならない。

 結局、彼女はできないまま、観測と通信を手伝う人を乗っけて飛んでいるわけだ。

 なお、「見習いですよ」と機体はオレンジ色の吹き流しをつけて飛んでいる。

 まあ、そんな欠陥がある者が操縦桿を握っているのはいささか問題がある。だが、エリナにはできない分、秀でることがあるために飛んでいられるのだ。

 それは――

 

『エリナ、そろそろ飛行禁止エリアの近くよ……あッ!』

「どうかしたの?」

『逆探に感あり。迎撃機が飛んでくるかもね』

 リジーには計測などのほかに逆探の監視している。エリナにそこまでやらせると、ますます混乱するだろう。

 ちなみに逆探とは、電波探知機パツシヴレーダー。電探、つまり電波探信機アクティブレーダーの電波を捕まえることで、相手が警戒していることが判る。この機体には電探を積まずにそれだけ積んである。電探が高価であること。電波を拾えばいいだけであるので、構造が簡単で軽いからだ。

「迎撃機?」

『アタシ等、いけないことをしているんだから、お仕置きをされるってことよ』

「へぇ~」

 エリナは他人事のように返事をする。いや、単に自分が置かれている立場が理解できていないのだろう。

 公の飛行禁止エリアに勝手に入ろうとしているのだ。問答無用に撃墜されてもおかしくはない。それが軍のやり方だし、法にもなっている。

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