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 格納庫の扉が開けられ、海面に出る飛行艇はコックピット部分鼻先だけを格納庫から外に出した。

 上空にいるハンマー型のドラグーンが気掛かりだ。

 それなりに大きな飛行艇は、獲物としてみられて襲われるかもしれない。

 乗客は子供と女性ばかり……責任重大だ。それはグラウ・エルル族の海軍士官が振り分けてくれた。

 生命の優先順位なんて決められるのは難しい。だからといって、この飛行艇には定員がある。詰め込むだけ詰めて飛べません、では済ませられない。振り分けは必要になってくる。

 その点は感情的にならないグラウ・エルル族が適任かもしれない。生き残る価値なんて決められるものではないが、あの士官は問答無用に子供と女性を優先した。しかし、チラリと客室キヤビンを見たが、人間の重さは減ったが手荷物が多いような気がする。

 空を見上げると、ハンマー型ドラグーンが旋回している。

 ホーネットたちのおかげで、先ほどよりは幾分か減っているかもしれない。だが……まだ多い。

「あいづらに守ってもらうが」

 あいつら……指を指した方角。リジーが見たのは桟橋屋にいるホーネットたちだ。

 ちょうど弾薬の補給か何かで戻ってきているようだ。

 3機……もう、1、2機いたような気がしたが、たった3機しかいないが、ない袖は振れない。

「こちらは避難民を乗せています。しばらくの間、護衛をお願いします」

 リジーは通信機――とってつけたような簡素なものだが――に呼びかけた。

 意思疎通のため共通の周波数で呼びかけているが……応答はない。

 向こうの桟橋屋で作業しているホーネットは、忙しくて通信機に耳を傾けていないのだろう。

 彼らの助けがなければ、この飛行艇は飛び立てない。

 手持ちの信号灯を使ってモールス信号で同じ内容を送った。

 やはり返答はない。

 クーパー氏は彼女が困っていることを察知したのか、信号短銃を手にする。

「こうするんだッ!」

 窓を開けて上空に撃った。

 音と光で連絡する信号弾だ。白煙を引きながら打ち上がり、破裂した。

 もちろん、注目が集まる。

 ホーネットにも、ドラグーンにも……

「目立ってしまうでしょッ!」

「ちゃんと気づいだべな」

 確かに……無線とライトの方でも「どうした、大丈夫か?」とこちらに問い合わせてくる。だからといって、ドラグーンに集まってもらっては困る。

「こちらは避難民を乗せています。しばらくの間、護衛をお願いします」

 再度、信号を送る。と、簡単に返事が届く。

『了解した』

 機種はバラバラだがホーネットはやはりプロだ。

 一時的かもしれないが、キッチリと海岸の上空から、ドラグーンの姿は消えた。

 ここぞとばかりに飛行艇は格納庫を飛び出し、海面に走り始めた。

 炎上している駆逐艦の間をくぐり抜け、外洋に出る。波は高く飛行艇はひどく揺れた。キャビンから悲鳴が聞こえているが、そんなものは構っていられない。

「あそこに補給艦がいるけど、あれは使えないのかしら」

 海軍の基地が見えた。そこに1隻、補給艦がいる。

 あの駆逐艦より二回りぐらい大きい。

 海軍は出し惜しみをしたのか……と、リジーは思ったが、クーパー氏はそれを察したようだ。

「あれはまいね。かまの火落ぢでらはんでな。半日は動がね」

 確かに煙突から煙が出ていない。

 ボイラーの火が落ちている船は、そうやすやすと動けるものではない。

「風ば利用するぞ」

「何をですって?」

 リジーは別のことに気をとられていたためか、クーパー氏の訛りがひどすぎて何をいっているか聞き取れなかった。だが、行動で分かった。

 機体を波に垂直に向けた。

 向かい風を利用して飛び上がろうというわけだ。しかし、それに併せて波をまともに受けることになる。つまり機体が、大いに揺れるということだ。

 キャビンから悲鳴が、ますます大きくなった。

「フルスロットルッ!」

 エンジンが悲鳴を上げ始める。スピードを上げ始めた。

「あがれクソ婆ぁッ!」

 クーパー氏は操縦桿をいっぱいに引いている。だが、まだあがらない。

 機体下の船首が波の頭を切り裂き進むが、なかなかあがらない。

 やはり重量オーバーなのか?

 そう思われたが、機体が巨大な波に持ち上げられると、フッと浮かび上がった。

 這い上がるように、機体がゆっくりと浮かび上がる。先ほどまでの振動が嘘のようだ。

 だが……

「クーパーさん、前ッ!」

 目の前にドラグーンが突っ込んでくる。

「まいね。避げらぃね」 

 機体は空に向かって駆け上がり始めている。飛行艇は、あがるだけで精一杯だ。

 このままではドラグーンの攻撃をもろに受けてしまう。

 そのときだった。

 飛行艇の後方から上空を一気に飛び越える黒い塊があった。

 ホーネットの1機が、飛行艇を飛び越え、突っ込んでくるドラグーンに機銃を浴びせた。

 下手をすれば、飛行艇とフロートが激突してしまうほどすれすれだ。

 掃射されたドラグーンは、首と腕を吹き飛ばされて脱落した。落ちる死体がギリギリ機体の下を通過していく。

「テリー!? やってぐれだなッ!」

「テリー?」

「あいづの名前だ。テリブル=バルディモア」

 飛行艇は安定した水平飛行に移っている。と、隣に先ほどドラグーンを撃墜してくれたホーネットの機体が並んでいた。

「テリブル=バルディモア――」

 リジーは心に焼き付けた。

 黒色と思っていたが、紺色できれいにワックスがけされている美しい機体。

 その機体に乗る人物が、信号灯を使ったモールス信号で問いかけてくる。

『――問題ないか?』

 辺りを見回せばドラグーンはいない。島も大分小さくなっている。

 彼のおかげもあってか、何とか脱出できたようだ。

「はい。問題ありませんッと――」

 リジーは送り返した。

 それを確認したのか、テリーは翼を何度か振ると、機体をひるがえし島の方へ戻っていった。

 まだ、島には脱出する人は残っているし、ドラグーンの本体もまだこれからくる。

「ではイントレピットまで、ナビゲーションばすっかり頼む」

「分かりました!」

 彼女たちを乗せた飛行艇も、その後何度も往復することとなるだろう。

(大きな飛行機は初めてで、飛べるかどうか不安だったけど、勇気があれば何だって出来る!)

 チラリと南の方を見た。

 一部分が明らかに薄暗く見える。

 ドラグーンの群れの本体だとすれば、かなりの数だ。だが、前方からも別の大群が接近してくるのが見えた。

 それは彼女たちの飛行艇の上空を過ぎ去っていく。

 一様に翼には碇のマークが付いている。海軍のF4F戦闘機の大軍だ。

 まだ島の防衛はまだ始まったばかりだ。




〈了〉

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問えば響く君の答え~バトル・オブ・ドラグーンより~ 大月クマ @smurakam1978

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