3
リジーは、フランク・J・クーパーと名乗るホワイト・エリオン族の御仁に連れられて、海岸の端にあるカマボコ状の建物にやってきた。
入って驚いたのは、そこに飛行艇が格納されていたことだ。
「これはまた年代物の……シコールスキイ社のS-40ですね」
大型の旅客用飛行艇の名前はそういった。
4発エンジンの単葉で、主翼は箱形の胴体から離れた高い位置にセットされているパラソル式だ。主翼と胴体の間は何本もの支柱で支えられ、四つのエンジンはその支柱の真ん中あたりに付いている。
「詳すいな嬢ぢゃん。この婆っちゃで運べるだげ運ぶ」
と、クーパー氏は胴体を叩く。
経緯を分からないが、この飛行機は彼の持ち物らしい。
胴体に描かれた『
ただ薄汚れている感は歪めない。整備されているか怪しい感じがする。
(果たして飛べるの? でも、これしか島を脱出するにはなさそう……)
それにもうひとつ、気になる事があった。
自分が今まで航法などで乗り込んでいたのは、帆布と木製の軽飛行機だ。こんな旧式とはいえ大型機には乗ったことがない。しかし、もう後戻りは出来ないことはわかっていた。自分で志願したのだから。
(飛べない鳥に勇気は要るか? そうよね!)
リジーは腹をくくった。
「運べるのはどれくらいですか?」
「40人ぐらいだ。こぃで州都のイントレピットまで飛ぶ」
「ないよりましか……」
もちろん、リジーは1回で終わらせるつもりはない。この人もそうだろう。避難民を置いたらまた戻ってくるつもりだ。
ふたりは大急ぎで離水の準備を始めた。
クーパー氏は定期的に整備していたようだが、いかんせん機体が古い。
四つあるエンジンがまともに始動しない。それはあの駆逐艦から脱出した軍人の中に技術士官がいたおかげで、何とか始動した。だが、4発とも回転数はバラバラで同調しない。
「気にするな。昔からだ」
同調していないエンジンを心配している様子の彼女を見て、彼は声をかけた。ともかく、機体に関しては彼に任せるしかない。
リジーは地図を広げて、航路を確認する作業を始めた。
外では、給油作業が始まっている。普通の街にあるようなオイルパイプから直接燃料を注入。とは行かないようで、ドラム缶から手動ポンプでくみ上げるしかないようだ。
「クーパーさん。どれぐらい燃料を入れるつもりですか?」
「後で入れる手間がてげだ。腹一杯入れる」
「そうなると……」
彼女は
機体重量に満タンの燃料に、40人分の人間の重さと、彼らの荷物。定員数は問題ないのだが、荷物は旅行ではないのだからひとり分を少し余計に計算にいれた。それだと、どうしてもカタログ上の許容離水重量――機体が飛び上がれる重さ――より重くなってしまう。
「燃料半分ぐらいにしてください。飛び立てませんよ」
「昔はこぃぐらい問題なぐ飛んだぞ」
「でも……」
リジーが目線を外し、数値を見る。
ひとりずつ、荷物を減らしてもらうか?
だが、それは人の財産だ。勝手に振り分けるのは気が引ける。
「いが嬢ぢゃん。この婆っちゃはそった柔でね。カタログスペックなんてクソだ。
お嬢様学校の飛行機クラブで習ったようだが、律儀さ守ってあったら飛行機乗りは務まらん」
クーパー氏はサングラスを外すと、にらみ付けて声を上げて話し始めた。
「いいえッ! 飛行のサポートを任された以上、ここは譲れません。
飛び立てないなら元も子もないじゃないですかッ!」
リジーの方は頑固だった。
ホワイト・エリオン族に怒鳴られたぐらいでは、引き下がるほど大人しくない。
「だはんで飛べるっていってらだべなッ!」
「重くて飛べないって、いっているんですッ!」
ふたりとも意地を張り始めた。
気が付けは、この島から逃げ出せるかもしれない、と噂がどこからか出たのだろうか? ゾロゾロと避難民が集まってきていた。
だが、そこに操縦士と航法士が、飛行機のところで大声を張り上げて喧嘩している。
そんなのを見たら、幻滅だろう。
「ここは折り合いを付けてはいかがですか?
クーパーさん。大人なんだから、おとなしく彼女のいうことを聞きましょう」
と、どこから現れたか、グラウ・エルル族の――耳が尖り褐色の肌の――海軍の技術士官が言い出した。だが、火に油を注いだようで……
「何ばッ! グラウ・エルル族の分際でわーさ指図するのがッ!」
「子供扱いするなッ!」
「大体むったど気取って、腹の中でわんどの種族ば馬鹿にすてらんだべなッ!」
「アタシが、小さいって馬鹿にしているんだろうッ!」
収拾が付かなくなってきている。もう最初に喧嘩していた内容などとはかけ離れ始めたが……ふたりでグラウ・エルル族の技術士官に大声を張り始めた。そちらはそちらで無表情のまま言いなりになっていて、反論はしない。
疲れさせるまでいておくのが、グラウ・エルル族のやり方だ。
しかし、事態は急に回り始める。
人が集まりすぎたのか、彼女たちがいる建物に向かって、ハンマー型ドラグーンが火球弾を打ち込み始めた。
「チッ、やばいな」
クーパー氏はすぐさま走り出し、機内に入っていった。
「まだ話は終わっていませんッ!」
リジーは慌てて追いかける。コックピットまで――
「一体どれだけ燃料を入れたんですかッ!」
後を追いかけると、発進準備を始めている。計器を見たが……燃料ゲージは0を示していた。
壊れているのかと思い、コンコンと叩いてみたが反応はない。
「そいづは昔がら壊れでら」
「それじゃあ、どれだけ飛べるか判らないじゃないですかッ!」
また口論が始まろうとしていた。
それを察知してか、海軍士官が顔を出してきた。
「おふたりとも……何かお忘れじゃないですか?」
「あッ!」
リジーは乗客を乗せていないことを思い出した。だが、海軍士官はそれではないとばかりに正面を指さした。
「格納庫の入り口はまだ開いていません」
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