第100話 フェリダム建国宣言
「ここはいい場所だなあ。見渡す限りの草原、遠くの緑と山並みが綺麗に見えて爽やかな風も気持ちいい。ずっと住みたくなりそうだよ」
マサミツの独り言のような呟きが広大な原野に流れていく。
リンメイラ、海ちゃん、そしてマサミツはアイゼル領の南東に広がる平原のど真ん中にいた。
ここから中央領主の一角バング家までは徒歩で五日程度、ちょうどアイゼルと中央領主たちとの中間地点となる。付近一帯は昔から大型凶獣が多数生息する超危険地帯。中央と辺境とを分ける境界になっている広大な原野であった。もし南北に縦断しようとすればは二日ほどかかる。生きて踏破できれば、の話だが。
そんな場所へマサミツが家を建てた。
祝福の力を使ってぱっぱっと作った家だ。石造りの頑丈な外観だけれど内壁は木材を使用し新築の木の香りがする広めのリビングで寛いでいるところである。
海ファミリーの猫たち、ヴィット、メイディアーマ、アネシスものんびり寝転んでいた。
「急いで建てた家だけどとっても満足だよ」
「ええ、とても快適だわ……でもあなた、これは家というより砦ではなくって?」
リンメイラが呆れていた。
「え?」
屋敷の他に猫たちの遊び場兼寝床の建物を二つ建て、さらに凶獣が迷い込んでこないように柵と堀を作ったことをリンメイラが咎めるように指摘した。
「二階建て屋敷だけなら確かに家だわ。でもその両脇に石造の巨大な塔が二基、周囲が堀と石壁に囲まれて跳ね橋まである建築物は『砦』と呼ぶのが相応しいと思うの」
「う、うーん……そういわれればそうかな?」
「聞き返さないでね? 一晩だけ泊れる建物をお願いしたつもりだったのにどんどん建てちゃうから止める暇がなかったのよ」
「ごめん……猫たちの遊び場とかヴィットたちの居場所とか必要だと思ったんだよ。それに一応は敵地が近いから堀と塀で防御したほうがいいかなって……」
「あの塔は猫ちゃん部隊の休憩所だったのね……。裏手の広場は
「あと気が付いてないかもしれないけど屋敷の屋根に
得意げに屋根を指さすマサミツに妻はため息をつく。見れば数羽のウミネコがこちらを眺めていた。
美貌を少々歪ませるように眉根を寄せ考え込む素振りを見せた後、しでかした夫にこう告げた。
「そうね……ちょっと作戦を変えましょう。この場所が思いのほか素敵なのはよくわかったから、もういっそこの砦を今回の作戦本拠地にして主要部隊をここから出撃させます」
「ええっ?」
「彼らもまさかこんな凶獣の巣みたいなところに私たちが居るなんて思わないでしょう。意表を突けるのは間違いないわ」
「……そ、そうだね……」
「領主連合の部隊もここに駐留できるように兵舎や倉庫も沢山要るかしら。食糧庫も忘れないでね。厩舎と井戸も幾つか必要になるわ。それとアイゼル領からここまでの道を石畳にしてもらえると嬉しいわ。ここに集結してもらっていつでも動けるようにしたいの」
「ちょっ……!」
「それと、中規模の屋敷をあと二つほど建てて欲しいわ。……あ、そうなると砦の敷地が手狭になりそうね。あなた、もっと砦の敷地を大きくして余裕を持たせてくれないかしら?」
「メイ! 敷地を広げるって簡単にいうけど、もう堀も囲い塀もあって……」
「まあ、あなたならすぐ作り直せるじゃない! せっかく素敵な屋敷を作ってくれたんだもの。この際もっと立派な砦にしたいじゃない?」
マサミツは妻が決して怒っているわけではないと分かっている。
この場所のこの屋敷がとても気に入ってくれていることも分かっている。。
ただ、やりすぎたことで妻の頭脳を活性化させてしまったのだ。こうなったら諦めて従うしかない。
「わかったよ……でも先に建国宣言の準備を済ませるよ。そのあと海たちを送り出してから砦作りを一気にやってしまおう」
「うん、それでいいわよ。私はランベットとレンスヘルのところへ連絡するわね。二人にここへ来てもらったほうが何かと都合がいいと思うの。そのための
追加で建てる二つの屋敷の用途が明らかになった。
「わかったよ。コピーは百部もあればいいね。海、出来たものをみんなで届けてきて」
メサミツはさっそく宣言書を大量に複製し始めた。原本はすでに受け取っておりリンメイラたちの署名と領主印章も押されている。
なお、辺境連合の正式な国名は「辺境領主連合国フェリダム」、略称は「フェリダム連合国」である。
この名前となった経緯にマサミツは関与していない。建国までの地獄の三か月を乗り切った領主と官吏たちが満場一致で決定した名前だ。「信頼」を意味する古い言葉なのだという。
海ちゃんと仲間猫たちは、このフェリダム連合国の建国宣言を中央領主を含む全ての領主に届けることになっている。
普通に人の使者が届けるようなことはしない。使者に対して何をしでかすか分かったものではないからだ。
中央地域の主要領都はすでに海ファミリーの縄張りになっていた。
地元猫たちはなんの
主要領主以外についても、ほぼすべての中央地域の領主に仲間の猫を配置済みである。
一部の領主はそう呼ぶのも微妙な連中だったので近くに
敵の有力な中央領主は以下の五家である。
グレトルト家 領主スクルータ=グレトルト。人口三千名、領都はグレトルト。
ミミカス家 領主ミュル=ミミカス。人口二千名、領都はデミン。
ワッセ家 領主ムサル=ワッセ。人口千五百名、領都はラーダック。
デミオグ家 領主スクピディ=デミオグ。人口千百名。領都に名前はない。
バング家 領主バスラ=バング。人口八百名。領都はバンデロ。
これらの五家の筆頭領主はスクルータ=グレトルト。
マサミツが死の淵から助け出したヤニェットの宗家であり、今はタルドの町近くで施薬院を切り盛りしている彼女を追放した家でもある。フェリダムの建国に先立ってマサミツはヤニェットら元グレトルトの領民からもこの家の情報収集を済ませている。
なんとか砦の再建築までやり終えて、マサミツはやっと一息ついた。
「建国宣言書と領地返還要求書は送り出した。レイオクとアイゼルの兵士はもうすぐここに到着予定らしいね。補給部隊の受け入れも準備オッケーだ。敵に目立った動きなし。ただ、ウェイオンの船と逃げた総領事の行方は不明……と。海ファミリーの偵察部隊でも察知できなかったということはかなり南の方に控えているんだろうなあ」
「ええ、気になるところだけれど分からないのだからどうしようもないわ。今は喫緊の課題に集中しましょう」
マサミツはリンメイラと二人で石塔の屋上にいた。最初に作った時より高く作り直して物見の機能を持たせので、広くなった砦全体が見渡せる。中々の眺めだ。
「今夜半に届いてすぐに気が付く領主もいるかもしれない。といっても実際動き出すのは一日か二日はかかるはずだね」
「ええ、あなた。遅くても明日の朝には全領主が建国を知るでしょうけど、領主間で相談してから動き出すのには数日かかるでしょうね」
「領地返還要求にきっと怒るだろうね?」
「うふふ。かなり前から密偵たちからの情報が途絶えているせいで寝耳に水でしょうし、状況を理解するのに時間がかかるのは間違いないわね」
まあ、何はともあれ数日後には辺境へ兵士を進めてくるだろう。
「どこの領主が来ると思う?」
「バングかしら。アイゼルとは昔から小競り合いを繰り返しているのよ。中央と辺境が揉めると真っ先に駆けつけて兵数を誇示して威嚇、そのあと使者を通じて交渉に入るのがいつもの手口。レイオクにもときどき仲介を求める使者を寄越してるわ」
「ふうん、いつもはどれくらいの規模で来るの?」
「重装の兵士二百名くらいかしら。今回はもう少し多くなるでしょうけど」
そりゃそうだ、とマサミツも頷いた。
アイゼル領だけならその数でも十分なのだろう。しかし辺境全体を相手するにはそれでは駒不足だと中央領主だって分るはずだ。
「何人来ても同じだけどね」
「海ちゃんがやる気満々だもの」
にゃ!
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