第98話 辺境領主連合①
ウェイオン王国の混迷が拡大して泥沼化の様相を呈していた頃、芒洋大陸ではアイゼル領の領都アイアットにおいて辺境二十八家からなる辺境連合国家の建国への準備が佳境に入ろうとしていた。
初代盟主はアイゼル領主ランベット、盟主補佐役にレイオク領主リンメイラとハーキム領主レンスヘルが名を連ねる。
リンメイラの構想では、初めはベンドマインを加えた主要四家だけで連合を立ち上げる予定だった。
しかし、話し合いの過程でマサミツの存在が明らかになるとアイゼル家配下の七家とそこに隣接する零細領主八家、さらにレイオク家保護下の五家とその隣接中小領主四家をすべて含めるべきだとランベットが主張したのだ。
中央領主以外の全勢力が結集したとなればその意味合いは大きい。「ちょっかいかけるなら辺境は総力を挙げてお相手するよ」と煽っているも同然であり、中央領主が本腰を入れて侵攻してくるのが確実だからだ。
本来ならこんな挑発は絶対にしない。
場面は、レイオク領主リンメイラがアイゼルを訪問した日に遡る。
リンメイラ一行は、人知れず徒歩に切り替えるための適当な場所を探していた。
その様子をレンスヘルが雇っている探索者チームがいち早く見つけて領都までの先導を申し出た。さらに領都で待っているレンスヘルに伝令を走らせるという。
気が付けば
この三名の探索者が連れていた
領都の中央門に到着するとレンスヘルが、アイゼル領の領主ランベットと共に出迎えた。
簡単な挨拶をして領主屋敷に案内され歓迎の昼食会が催された。これが終わってしばらくすると、最初の話し合いの場が持たれた。
そこでリンメイラはランベットの人となりをそれとなく観察する。
もちろんランベットも同じである。互いに面識があるとはいえそれは十数年以上前のこと。今の力量を計る必要が双方にあった。
しかしこれはランベットに分の悪い駆け引きになった。
リンメイラはこの会談のためかなりの時間をかけて準備していた。伏せた手札もある。
席上で今回の会談の目的を語り終えると、ランベットの発言を待った。
まずは手札に触れないで様子見といったところだ。
対するランベットは、今回の会談が領主間の協力体制についての話し合いだと高を括っていた。
レンスヘルが事前の説明段階でそう誘導していたせいでもある。
しかしレイオクの女領主の話を直に聞いて、少々違和感を覚えた。
妙に強気な提案をしていると感じたのだ。
リンメイラの手腕、特にベンドマインでの交易で見せる交渉の上手さはランベットの耳にも届いている。また中央領主たちとの外交テーブルで彼らを翻弄した噂も伝え聞く。そこから類推すると今の話にどこか稚拙な印象を受けたのだ。
まずは「辺境の情勢を正確に把握できていないようだ。この程度だったのか」と思いつつ大枠については了承するつもりだと伝えた。続けて明日にでも詳しい協議を側近たちを交えて始めようと提案し、この日の会談を終了した。
こうして初日の会談を終え夕食もまた豪勢な歓迎となった。
リンメイラは準備しておいたドレスに着替えて出席し、当たり障りのない、それでいて理知的な会話を随所に織り交ぜて社交の場を盛り上げていく。
その席上で、リンメイラはさりげなくランベットに一つの提案をした。
「是非お見せしたいものがありますの。ランベット様がよろしければ、明日の朝にでもお時間をいただけません? ちょっとした余興が出来る場所、できれば訓練場のような広々した場所でお披露目させていただきたいのです。ランベット様の側近の皆様もいかがですか。レンスの探索チームの皆さんも同行なさいますので身辺警護はご不要かと思います」
そう言われては断れない。
翌朝、ランベットは領都の外にあるアイゼル家の私兵が使用している練習施設にリンメイラたちを案内した。兵士の集団戦闘訓練のほか凶獣討伐時の拠点にも使用している軍事施設だ。
整地されていない広い敷地は周囲が簡単な柵で囲まれている。
そこでアイゼル領主と側近は生涯忘れることのできない光景を目にすることになった。かつてレンスヘルが恐怖した
にこにこ笑っているリンメイラとレンスヘル、そして探索者たち。
そののんびりした情景をぶち壊すように、彼らの背後に次々と凶獣が姿を見せたのである。
七頭の
アイゼル領主たちには見分けなどつかない。
彼らの瞳には一回り巨大な凶獣が七頭映っているだけだ。
そんなものが目の前に現れれば、死を覚悟するしかない。
面識のある二人の領主と稀代の探索者チームが傍にいて支えていたことで、なんとかそんな失態は避けることができたが、あまりの事にしばらくは口がきけなかった。
見ていたレンスヘルも「そういう反応になるよなあ」と過去の自分を思い出して、同情半分、諦念半分で苦笑いするしかなかった。
そしてリンメイラはといえば、微笑みながらその様子を眺め、護衛のメイディアーマの喉を撫でてからその手を差し出して言った。
「私の愛する夫は、この可愛い
領主ランベットは、その時まで目の前の美しい女領主の力量を見誤っていた。気品溢れる美貌に惑わされていたのだ。
今回の辺境領主連合についても、事前に仲立ちをしたレンスヘルの話を実効性のある話だとは思っていなかった。これにはリンメイラがマサミツや
リンメイラは、マサミツと
ならば一番インパクトのある「最初の出会い」を演出して信じてもらうのが最も効果的だと画策したのだ。
リンメイラ=レイオクは、美貌の裏に練り上げた才気を隠し持つ知略の塊だったのだ。
そこにマサミツが姿を見せた。
ランベットが半ばへろへろになっていたその目の前に、突然現われたのである。「ひっ」と思わず悲鳴を上げたのを誰も聞かなかったことにする。
むしろ慌てたのはマサミツだった。驚かすつもりはなかったのだ。リンメイラの演出通りにしただけなのだが、急いでランベットに祝福の言葉をかけた。
ランベットは急に気持ちが落ち着いてきたことを不思議に感じた。が、まだ口を開けて喋れるほどではなかった。
目の前の男、ハヤシダマサミツと名乗る男性が勝手に自己紹介を始め、彼の妻リンメイラとレイオク領並びにレンスヘルらへの協力に感謝する言葉聞いてようやく事態がうっすらと呑み込めてきた。
しばらくすると言葉を発せるくらいに気を持ち直せることができたのだ。
そしてマサミツと言葉を交わす。
挨拶のあとに彼が住むタルドという町の話を聞き、辺境の現状について意見を交わした。途中で、凶獣だと思ったこの大型の獣が、彼が
一方、マサミツは会話の最中にさりげなくランベットという領主を観察していた。
そして「反則みたいな力」で見たステータス情報や会話の最中の挙動、目配りなどの様子から、ランベットが辺境領主たちの纏め役と指導者役を同時に果たせるカリスマの持ち主であり、信用に値する人物だと理解した。
名前 ランベット アイゼル
種族 人類 性別 男
年齢 31歳 職業 領主(アイゼル領)
説明 辺境南西部を束ねる魅力ある大領主。既婚。
棄民や中央からの追放者らを保護する者。
妻から聞いていた通りの信頼できる人物なのは間違いない。傑物の片鱗も伺えよう。
この人なら大丈夫だろうとマサミツは判断した。
「サービスと実益を兼ねてお見せしますね」と言うや否や、ランベットたちが見たこともない大魔法をいきなり行使したのである。
ランベットは驚き、再びよろめいて探索者シェルシュらに支えられた。
ランベットにとっては何が起きているのかすぐに理解が追い付かない状況だった。
高い土壁が一瞬で訓練場の周囲を固め、足元の荒れた大地が石畳に変わっていた。あり得ないことだ。聞いたことも見たこともない魔法だった。
その直後、マサミツの横に走り寄った真っ白なアスファルにも目を奪われた。
凶獣が甘えるように頬ずりする姿は到底信じられない光景だった。「この子は
こんなものを見てどう反応すればいい?
ランベットは「彼は本物だ、本物の何かだ」と受け入れて混乱を収めるのが精いっぱいだった。
そして再び落ち着きを取り戻したころに、まんまとリンメイラたちにしてやられたのだと気が付いた。忌々しいことに女領主はレンスヘルらと雑談し、時折微笑んでさえいる。夫に全てを任せて安心しているようだ。
凶獣……いや
たった今見たもの感じたものは、そのままその通りのもの。どう判断するかは丸ごとそちらに委ねる、というところか。
現実離れした出来事が続いたせいで怒る気にもならなかった、というのも少しあるのだが。
それよりもこの途方もない力が存在することに気持ちが昂る気がしてならない。カードは全て目の前に並んでいるのだ。何を恐れることがあるのか。
ランベットはひとつ大きく息を吐きだした。
そして目を閉じて静かに現状の把握をやり直し始めた。リンメイラとレンスヘルとの会談の狙いとこれからやろうとすることをもう一度最初から読み直し、為すべきことを導き出していった。
なるほど、そういうことかと理解するのに大して時間はかからなかった。
そして、すかさず辺境連合国家への協力をマサミツに要請したのはさすがだと言えた。
今回の辺境領主たちの連合に不可欠なのはリンメイラやレンスヘルではない。
大魔法の使い手であり、凶獣をも従えているハヤシダマサミツ。
その立ち位置を正確に理解した上での協力要請だった。
マサミツは笑ってこれを快諾する。
「はい、最初からそのつもりですから。その申し出を引き出すために妻が驚かすようなことをしてごめんなさい。ただ、本当に怖がらせたりする気はなかったんですよ」
そしてふと思い出したように、突然タルド町について話し始めた。
「タルド周辺は自分の想いを込めた場所として作り上げているところなんです。
いずれ独立国にするつもりです」と。
初めてタルド一帯についての独立国家構想を明かしたのである。
これはまだリンメイラだけしか知らない構想だった。
続けてその国が向かう先と軍備について次のように話した。
「自由と平等と慈愛を主柱とし、福祉を
このようにタルドの将来の存在意義を語り「連合国家とは一定の距離を置いて支援するつもりです」と述べた。
そして最後にランベットに言った。
「辺境連合国家から要請があった場合は、内容を吟味して『妥当である』と判断した場合に限り、戦力としての
これにランベットは、深い感銘を受けた。
領主連合とは別にタルドという国を立ち上げて協力体制を敷こうとする思惑は、つまり共倒れしないような国家間の枠組みを作ろうということだ。そして、その目指すところが国を挙げての弱者救済であり領主連合には真似できないことだからこそ、手を取り合う以外の選択肢はありえないのだ。
ランベットはマサミツの両手をがっちり握って大きく頷いた。
前代未聞の魔法を放っておいて「反則みたいな力ですみません」と申し訳なさそうに謝っているマサミツの人間性も好ましいものだった。
彼はいつのまにかマサミツの
満足げにその様子を見ていたリンメイラに見送られて、マサミツはタルドの町に帰っていった。
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