第17話 黄金のクレスト

 ヴィットと名付けられたホワイトタイガーデト・ティグラが喜びのあまり我を忘れてマサミツに飛び掛かった。


「うわ」


 マサミツの四倍はあろうかという巨体が覆いかぶさってくる。


「これからよろしく、ヴィット」


 ヴィットの全体重が両肩にかかっているのに、マサミツは平然と立って支える。

 この数日のうちにマサミツの身体はとてもとても強くなっていて、マサミツ自身もちょっとびっくりしていた。スキル質実剛健が自分の強さを日に日に増しているように感じる。


 ヴィットはゴロンと寝転がってお腹を見せ、こんどはマサミツを前足でホールドすると嬉しくてしょうがないというふうに、ペロペロとマサミツを舐めまわし始めた。


 オオタカが襲ってきたときにマサミツを守った魔法の鎧リアクティブ・アーマーは敵意がなければ発動しないようだ。


 しばらく好きにさせていたマサミツだったけれど、飽きるまで放してもらえなさそうなのでするりと前足を抜けてヴィットのお腹の上から飛び降りた。


 ヴィットの唾液まみれになった全身を祝福の力で元通りにしてから、ふと思いついて、海ちゃんに聞いてみることにした。


「ねえ、海。ここにいる仲間みんなに名前があったほうがいいんじゃない?」


 みゃ……にゃん……


 無表情でヴィットとマサミツを見ていた海ちゃんから、なんだか歯切れの悪い返事がかえってきた。


 そこへハチが何か話しかけると、しばらく首をかしげていた海ちゃんが頷いた。


 ハチが隅のほうで一塊ひとかたまりになっている群れに向けて大きな鳴き声を上げる。と、すぐに大きな声が響いた。


 がうっ!


 一頭の雄ライオンが立ち上がってゆっくりと近づいてきた。



 種族  デト・リョダリ(レーヴェ)

 説明  地球のバーバリライオン(絶滅種)

    肉食。危険種。



 説明を読んでちょっと驚いた。


「バーバリライオン? 絶滅? 地球では絶滅してるライオンってこと!?」


 マサミツが興味深く見つめているとバーバリライオンデト・リョダリは海ちゃんとマサミツの前に悠々と歩を進め、すとんと腰を落として座った。


「すごいな……君は地球じゃ見ることができないライオンなんだね? 彫像や壁画でみるような姿だよ。こんな間近で見られるなんてすごいことだなあ」


 地球ではサファリパークとか動物園でしか直接目にすることがないライオン。

 しかもその絶滅種が手を延ばせば届く距離にいる。ちょっと大きいけれど。


 そのライオンが神妙な様子で何かを待っている感じにマサミツは気が付いた。


「海、もしかしてこのすごく強そうなライオンの名前を考えればいいの?」


 にゃうん!


 海ちゃんが そう! という。


 この雄のライオンレーヴェ静謐窼せいひつしょうのライオンなので、デト最悪の死の冠名が付いたデト・リョダリというのが正確な固有種名である。


 他の七頭の雌のライオンレーヴェと共に群れプライドを作っている。


 二日前にこの堂々たるバーバリライオンデト・リョダリとその群れと戦った海ちゃんは、他の七頭の雌ライオンレーヴェとの巧みな連携、足止め、攪乱に面食らった。同時に戦い方も色々あると知って感心したのだ。


 海ちゃんとヴィットに次ぐ強者である。


 もしも一対一でヴィットとバーバリライオンデト・リョダリが戦えばヴィットが勝つはずだ。


 ただ群れプライドを連れたバーバリライオンが相手なら結果は逆になるかもしれない。


 つまりヴィットと並び立つ海ファミリーのツートップの一角ということだ。


 一方のヴィットは名前をもらって一段と強くなった。

 だからこそバーバリライオンにも名前をあげたい。


 というのが海ちゃんの考えらしい。


 我慢できなくなったマサミツがバーバリライオンのたてがみに触ろうと背を伸ばしていると、ライオンの方から身体を伏せてくれた。


「ありがとう。それにしても見事なたてがみだなあ。ふっさふさだ」


 マサミツは、陽光が当たれば黄金に光り輝きそうな艶やかで風格あふれるたてがみに心を奪われた。今のマサミツは意識していれば月明りだけでも昼間のように明るく見えていた。

 しばらく腕組みして考える。


「ドイツ語で金はゴルトっていうんだ。その王者のような風貌と黄金の美しいたてがみクレストにぴったりの響きだと思う」


 祝福の知識と思考がすぐに答えを出した。


「ライオン君の名前はゴルトだよ。海、それでいいかい?」


 にゃうぅぅ。


 海ちゃんが名前を告げるように鳴く。

 デト・リョダリの体にふわっとした光が溢れる。


 名前  ゴルト

 種族  デト・リョダリ(レーヴェ) 危険種

 性別  雄

 所属  海ファミリー


 海ちゃんが満足そうにその姿を見ていた。


「ヴィット、ゴルト。これからも海と仲良くしてあげてね」


 にゃうん!

 がうっ!


 とてもよい返事が返ってきた。


「ええと? 海。少し気になるんだけど教えてくれるかな。ハチもそうなんだけど名前がついてるファミリーは僕の言葉を理解しているの? いま二人とも返事したよね?」


 みゃあ!


 どうやらそうらしい。

 なんて不思議なことなんだろうとマサミツは少し驚いていた。



 実は不思議なことではない。

 ここ静謐窼にいる海ファミリーたちはもともと知能が比較的高い。

 そして海ちゃんが称号を得たお陰で、能力全般が上がる恩恵を受けていた。


 さらにヴィット、ゴルト、ハチは名前を得たことで海ちゃんの力を少し受け継いでいる。その中に意思疎通の能力も少しだけ含まれている。


「海と話している時ほどじゃないけど、彼らの気持ちがわかるんだよ。不思議だね」


 マサミツは呑気に言っているものの、この世界レグルスでは危険種が最も能力が高く強い。冠名デトが付いた固有種はさらにその上の存在だ。


 そこへ称号の恩恵、固有名の恩恵が加わった今、もはや超弩級の最強生物のようなものになっている。


 そんな動物たちの傍でのんびり意思を交換できる人が他にいるわけがない。


 この地に転生してまだ一週間ほどである。

 まだこの近辺静謐窼しか知らないマサミツがそれを普通なんだと勘違いしても誰も責めることは出来ない。


「名前を付けるのはこの二人だけでいいの?」


 ビットとゴルトを人間のように二人と呼ぶマサミツに、海ちゃんは


 にゃう!


 と答えた。

 そうだよと言っている。


「だったら、海。みんなもうお腹一杯みたいだから解散しようか」


 大量にあった「狂い熊」の肉はきれいになくなっていた。

 海ファミリーにかかればあっという間だ。

 何頭かは食べ終わって転寝している。


 ただ、大きな毛皮や牙などがそのまま残っていた。

 その全部を入れるのにマサミツのバックパックと手提げ袋は小さすぎた。


「どうしよう? 毛皮はとても役に立ちそうなんだけど運べそうもないや。海、ここに置いて行っても大丈夫かな」


 するとゴルトが即座に群れの雌たちを呼んだ。

 雌のライオンレーヴェたちが幾つかに分かれている毛皮を咥え始める。どうやら彼らが運んでくれるようだ。


 ちょっと離れて毛繕いをしていたハチが、同じように前の群れの仲間を呼び寄せた。

 毛皮より小さな爪や牙を次々と咥えていく。


「ありがとう、ゴルト。ありがとうハチ。群れのみんなもありがとう」


 みな、口を開けられないのでゆらゆら揺れる尻尾で返事している。


「じゃあ帰ろう。他のみんなは解散してね。君たちにあえてとても嬉しかったよ」


 海ちゃんがよく通る声で一声鳴くと、ファミリーの仲間が森の中へ姿を消していった。


 それを見送ったマサミツ、海ちゃん、ハチ、ヴィット、ゴルトと、荷運び係のライオンとネコたちは嬉野コーポへ帰還した。

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