第12話 ハチの初仕事

 ハチは、嬉野コーポへの立ち入りを許されることになった。


 ハチが海ちゃんボスとマサミツの家に常駐したいと言い出した当初、海ちゃんは聞く耳もたない素振りだった。けれど、ハチはそれはそれは熱心に頼みこんだ。


 お側仕えがいれば海ちゃんボスは左団扇で過ごせます、とか。

 マサミツのことをよく知らないと護衛に支障があります、とか。

 海ちゃんボスの指示をいつでも受けられます、とか。


 根負けした海ちゃんはしぶしぶ許可することにした。

 マサミツに気づかれないことを条件にして。


 部屋の中を見てどこにしようか悩んだ末に、結局冷蔵庫の裏を待機場所に決めた。

 狭くて暗くてちょっと暖かい。

 ここならマサミツに見つかることもないだろう。


 さっそく待機を始めたハチは、外出することになったマサミツのボディーガードを突然命令された。俄然やる気がみなぎる。


 マサミツの好きなようにさせてあげて。

 マサミツが怖がらせないように隠れて守って。

 マサミツが元気に帰ってくるようにしてね。


 それが命令だった。

 ボスの海ちゃんはこれから朝寝するみたいだけれど。


 作戦本部をアパートの裏庭、プレハブ物置の屋根に設置する。

 といっても食料を運んだだけだ。


 すぐにファミリーのほぼ全員に出動を命令するハチ。


 連絡将校は猫族の精鋭10頭。すべてハチがボスをしていた頃の群れの仲間なので、命令もすぐに伝わった。

 その10頭が海ファミリーの仲間のもとへ伝令に走り回った。


 マサミツの周囲を常に警戒・監視し、紛れ込んでいる危険種を見つけたら直ちにテリトリーから追い出すようにと伝えた。


 なお、猫族の1頭だけは20日ほど前に生まれたばかり仔猫だったので、ハチが司令塔をしながら子守を引き受けていた。


 リモートワークしながら子育てしているパパのようである。


【布陣】

 索敵/伝令 :猫族          10頭

 索敵/排除 :ナミル(ヒョウ)     2頭

        ファハド(チーター)   2頭

 強襲    :アスファル(タイガー)  1頭

 威力偵察  :レーヴェ(ライオン)   8頭


作戦詳細ミッション

 マサミツに悟られないこと

 マサミツの自由にしてもらうこと

 マサミツが無傷で帰ってくること


 以上が作戦の全てである。過剰な護衛戦力なのは言うまでもない。



 その日の朝のうちにテリトリー内の敵性動物は一掃されていたので、ほとんど何もすることなくゆるやかに護衛が続いていた。


 事件が起こったのは、日が高くなってマサミツが熱心に草を採集しているときだった。



 マサミツの後方から距離をおいてアスファルが護衛をしていた。


 アスファルというのは地球のベンガルトラに酷似した大型肉食獣で、地球のトラの倍ほど大きい。現在の海ファミリーでアスファルはこの1頭だけである。


 そして嬉野コーポを含む隔絶された森一帯のほとんどの危険種には、「最悪の死」を意味する「デト」の接頭語と固有種名が付いている。


 この日護衛していたアスファルの名はデト・ティグラ。

 珍しいホワイトタイガーである。


 未明に海ちゃんから猛烈な攻撃を受けて為す術なくファミリーの一員となったばかりだが、海ちゃんがいなければ森で一、二を争うレベルの戦闘力と賢さの持ち主である。ちなみに雌で独身、一人暮らしを満喫中(ハチ調べ)とのことだ。




 異変を最初に察知したとき、デト・ティグラは油断していた。

 護衛対象のマサミツから距離をとりすぎていたのだ。


 そのせいで上空からのオオタカデト・サクルの奇襲を防ぐことができなかった。


(やられた!)


 と思った。


 それでもデト・ティグラはマサミツに向かって走り続けた。

 そしてよろよろと立ち上がる人間の姿に目を見張った。


(うそ? デト・サクルの攻撃をまともに受けて生きてる! 人間が!)


 ホワイトタイガーデト・ティグラでさえオオタカデト・サクルの攻撃には手を焼く。


 これまで幾度となく戦ってきたが高高度からの強襲を防ぐことは難しく、かといって反撃しようとすると空へ逃げ去ってしまう。

 あれの鍵爪と嘴はホワイトタイガーの固い毛を突き抜けて肉を裂くこともある。


 第二波を仕掛けてきたとき、デト・ティグラはマサミツの間近に到達していた。

 デト・サクルはこちらに気付いていないようだった。

 人間相手だからと甘く見て周囲をよく確認していなかったのだろう。


 デト・ティグラは最高速で走り寄り、地を蹴った。

 マサミツがオオタカデト・サクルの攻撃を避けるために地面に身を投げ出すのを見て、その上を飛び越え強襲者の首に容赦なく食らいついた。


 ビエェェェェ!


 喚き叫ぶデト・サクル。


 顎に力込めてさらに牙を深く突き立てる。そして地面にたたきつけ、念のためもうひと噛みすると首の骨が折れて静かになった。


 口腔で流れ出る血を心地よく感じながら、デト・ティグラは半身を起こしてこちらを見つめるマサミツに気が付いた。


 いや、マサミツが放つ異常な力に気が付いたのだ。


 森の危険種とは違う奇妙な力だった。


 敵を倒すための力ではない。感じたことも見たこともない何か別の強さに思えた。


 と、同時にデト・ティグラはマサミツに姿を見られてしまったことに気が付いて困惑した。


 ハチに命じられたのは、気づかれないで護衛することだ。

 それに失敗してしまったことをどう説明すればいいのだろうか。


 ハチの指示はボスの指示だ。群れのボスが言うことに従えないものは追放されるしかない。


 そう思うと急に気持ちが萎えてきて、しょんぼりしてきた。

 咥えていたかつての強敵の死骸を地面に落としてしまった。

 しょうがないのでマサミツが受け取れるように後退して回収するのを待った。


 その間も考えてしまう。


 ボスは怒るかもしれない。

 あの方は小さいけれど<狂い熊>でさえ圧倒しそうな強さの猫族だ。

 怖い。怒ったらとても怖い。


 そう思うと居ても立ってもいられなくなり、デト・ティグラは遅まきながらこの場を去ろうと思った。



「ちょっとまって!」


 マサミツが叫んで何かおかしな術を放った。

 すると、死骸が肉と羽根に分かれて並んでいた。

 そしてこれを持っていけという。


 やれやれ、しょうがない。

 一口だけ肉を頂いていこう。


 ああ、それにしてもどう言い訳すれば許してもらえるのだろう。


 デト・ティグラはそれが気がかりでしょうがなかった。





 その後、連絡を受けたハチは作戦の一部失敗の報告に目の前が真っ暗になり、どうにかボスの耳に入らないよう護衛メンバー全員の口止めに奔走する。


 帰ってきたマサミツが今日の出来事を身振り手振り加え、海ちゃんに話して聞かせているとも知らずに……。

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