第8話 鉢割れのハチ
(にんげんがたべられるものをとってきて)
海ちゃんの指示でファミリーは四方へ散っていった。けれど、人間が何を食べるのか知らないので、とりあえず狩り慣れた小動物が中心になった。つまりお肉だ。それも仕留めたままのネズミ、ウサギ、イタチの類が二十体ほど嬉野コーポの裏庭に集まった。あと、なぜかフナのような魚が数尾とハトっぽい鳥が一羽。
(もういいよ。ありがとう、みんな。あしたのあさもおねがいね)
海ちゃんが感謝すると、仲間たちは満足そうに頷いて森の奥へと去っていった。
(なあ、ボス。ちょっと教えてくれないか? ボスはこの家の主なのか?)
海ちゃんの前に座っていた鉢割れだけ残って尋ねた。
(昨日は気が付いたらもうこの家があって、ボスと別の何かの気配がし始めたんだ。なんだか怪しいから様子を見て近づかなかったんだけど、もう一つの気配はボスの旦那か?)
(ちがうよ。ここはマサミツのいえで、マサミツはニンゲンなの)
(人間? ずっと前に外で見た二本足の弱っちいのがいたアレか? でもあいつらじゃここに来られるわけがないぜ)
(マサミツはとてもやさしくてわたしのだいじなごしゅじんさま。このせかいにうまれかわってマサミツといっしょにやってきたの)
(そうなのか。じゃあボスはなんでそんなに強いんだ?)
(マサミツをまもるためだよ。マサミツはわたしをタスケテくれたから、こんどはわたしがたすける。へんなコエとヤクソクしたかわりに、つよくなった)
(マサミツっていう人間も強いのか?)
(きっとあんたよりよわいとおもうけど、でもやっぱりつよいかも。よくわからない。でもマサミツになにかあったらわたしがぜったいゆるさない)
(ひっ)
一瞬だけ海ちゃんが殺気を飛ばすと、鉢割れは小さく悲鳴を上げた。
(やめてくれ、ボス。下手したらそれだけで気を失いそうだ)
海ちゃんはフンっと鼻息を飛ばして何事もなかったかのように毛づくろいを始めた。
(それで、あんたはなんでここにのこってるの?)
(そりゃあ、俺様がボスの最初の子分だからよ。これからは俺がボスを助ける。この森のことならよくわかってるからな)
(ありがとう。あしたはもっととおくまでナカマをあつめにいくから、よろしくね)
(ああ、まかしてくれ。ところでボスはなんて名前なんだ?)
(ウミだよ。マサミツがつけてくれたナマエ。あおいウミみたいだからってつけてくれた)
(わかった。ウミさま、だな。これからはボスとかウミさまって呼ぶ。ボスも何か用事があったら呼んでくれ。すぐ駆けつける)
(うん、じゃあ、あんたのことはハチって呼ぶ。なんとなく)
(ハチ? ハチか。ハチかー! おおう、初めてだ、名前をもらったのは。これは嬉しいぜ。ありがとう、ボス)
そのとき、突然鉢割れことハチの全身が柔らかな光に包まれた。すぐに光は消えたがハチはちょっと呆けてしばらくしたら感嘆の声をあげた。
(おー、なんか力が湧いて身体が軽くなったぜ。ボスの力を分けてもらった感じだ)
(ふふふ。よかったわ。そろそろマサミツがおきてくるみたいだから、きょうはもうモリにかえっていいよ。そのうちマサミツにみんなをしょうかいするから、それまではすがたをかくしていてね)
(わかった、ボス。それじゃあな)
そういうとハチは走り去った。
マサミツが海ちゃんを探しに部屋の外に出てきたのはそれからしばらくのことだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マサミツは嬉野コーポの裏庭に集められたウサギのような動物たちの屍骸 の前で考え込んでいた。ついさっき、海ちゃんと建物の周りを散歩して見つけて、ぎょっとしたばかりだ。
「海、これ海がとってきたの?」
にゃーにゃ、にゃ?
なんだろう、「そうだよ?」とちょっと疑問形な感じで答えた気がする。それと海ちゃんの得意そうな気配。
「僕のために集めてくれたのかな。ありがとうね、海」
頭をなでながら、マサミツは考える。
食料のことを心配しているのを海ちゃんが察したとしか思えない。
ふと、海ちゃんを見つめてウィンドウを開く。
ちりりん♪
名前 海ちゃん
種族 ロシアンブルー
職業 狩猫
LVL 3
見たいと思ったことをぼんやり思い浮かべて開いたせいか、最小限の表示だった。
やっぱり。
覚えていた通り、職業が「狩猫」。
どんな職業かちょっと疑問だったけどなんとなくわかる。
それにレベルが上がってる。
海ちゃんが得意な猟をして集めてくれたのだと思った。
でもなんて読むのだろう? カリネコ?
職業
わかった。
かりゅうニャ と読むらしい。いつのまにかフリガナが浮かび上がっていてマサミツは笑ってしまった。
せっかく海ちゃんが集めてくれたのだ。
解体して保存しないといけないけれど、マサミツは方法を知らない。それでも刃物や桶などが必要なことは素人でもわかる。
マサミツは裏庭の隅にこじんまりと建ってるプレハブの物置を開けた。
大家さんが嬉野コーポの手入れに使っている道具が納まってる。こんなものまで再現してくれたのを有難いと思う。
庭仕事のスコップや鍬、草刈鎌、如雨露、植木鉢、たらい、大工道具などが目について、ひとまず庭に広げてみた。
そしてまた考え込む。
解体手順を自分なりにまとめようと。
ちりんちりん♪ と 風鈴の音がした。
何かが頭の中に広がっていく感覚がする。
「これは……。本当なら助かるけど僕に出来るのかな」
マサミツの独り言を海ちゃんが不思議そうに見上げていた。
「ああ、ごめんごめん。海に言ったんじゃないんだよ。この世界に来た最初にいろんな知識を覚えてね。何かを知りたいって考えると、知りたい知識が思い浮かぶようになってるみたい。それで解体のことを詳しく知りたいと考えたら、解体は魔法でやるのがいいって教えてくれたんだ」
海ちゃんがじっと見つめているのでマサミツは喉を撫でてあげて続けた。
「集中すると何か知識を整理して教えてくれる感じがするんだよ。聞こえたり見えたりするわけじゃないんだけどね。僕の考えに反応してくれて必要なことがわかるみたいな」
そうして、マサミツはウサギのような屍骸をじっと見つめた。
(魔法ね……本当に出来るのかな。理解した通りにやってみるしかないけど)
解体してバラバラになったあと生活利用する形になったものの姿を思い浮かべる。
燻製肉、生肉の塊、なめした皮。
――
それは
マサミツはその名前を知らなかったけれど、この祝福名を願いとともに念じるとことで魔法が発動するらしい。
ウサギのような屍骸は浄化されるがごとく光の粒に包まれた。
光の粒がパアッと一際強く、そして一瞬だけ輝いたあと、マサミツが思い描いたものがそこに残っていた。
「これはすごい……というか、あってはならない力だな」
マサミツは驚くと同時にその力の意味をすぐに悟って小声で呻いていた。
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