第7話 海ファミリー

 マサミツのお腹の上で丸まっていた海ちゃんは、寝息を立て始めたマサミツを起こさないように静かに跳ね降りた。

 とても気持ちのいいお腹がちょっと名残り惜しいけれど、生まれ変わるときに「声」と交わした約束をさっそく果たそうと思ったのだ。


(マサミツはたべものをさがしたいみたい)


 海ちゃんは眠りに落ちる前のマサミツの独り言をちゃんと聞いていた。


(てつだいたいけど、わたしひとりじゃむり。わたしはむれをつくる、にゃ)


 寝室からリビングへ出て玄関の小さなペット用ドアをくぐり抜けると、3階の踊り場から地上へ飛び降りて周囲の気配を確かめた。


 生き物の気配が濃い。

 海ちゃんとマサミツがここへ来た時から、縄張りをめぐる警告が容赦なく飛んできている。


 同じ猫族の気配があったのでまずそこに行ってみることにした。


 海ちゃんは気配を辿たどる。


(いた!)


 黒いヘルメットをかぶったような鉢割れ模様の頭。胴体は白黒のぶち。堂々とした体格で海ちゃんの三倍はありそうだ。


 傷まみれの精悍な顔つきから飛ばす警告はむしろ威嚇に近く、このあたりでは一番威力があって目立っていた。


 海ちゃんの本能が「力づくで従わせる」しかないと教えていた。


 海ちゃんは猫足で近づく。

 鉢割れ猫は海ちゃんの気配が急に消えたことに首をかしげている。



 スキル「猫足」

 猫専用認識阻害系スキル「内緒」に含まれるスキルのひとつ。

 相手が気が付かないうちに接近する、にゃ。  



 そして目の前で足を止める。

 突然姿を見せた海ちゃんに、飛び上がって後退する鉢割れ。

 尾は逆立って膨れ上がり、逆襲の態勢をとろうとしていた。


 海ちゃんは距離をさらに縮めて鼻をフンフンさせる。



 スキル「鼻フンフン」

 猫専用認識阻害系スキル「内緒」に含まれるスキルのひとつ。

 相手が気が付かないうちに「格」を鑑定し強さ確認できる、にゃ。



 鉢割れの見た目はとても強そうだけど、なんだかあまり怖くないと感じた。


(つよいの? よわいの? ……わからない!)


 初めての喧嘩で相手の強さがよくわからない。

 猫族の本能に従って、海ちゃんは猫パンチをお見舞いした。



 スキル「猫パンチ」

 猫専用認識阻害系スキル「内緒」に含まれるスキルのひとつ。

 相手が気が付かないうちに前足のパンチを繰り出す。

 通常は左右のパンチを連続で発動する。

 力を加減しないと怖いことになる、にゃ。



 海ちゃんの筋力は転生時に底上げされている上、近づくのも攻撃するのもスキル「秘密」によって直前まで相手に気づかれることはない。ちなみにパンチはものすごく手加減している。




 鉢割れは信じられなかった。


 目の前に子猫が現れたと思ったら、一瞬で強さを判別され、横殴りのパンチを左右から決められる。たった2発で倒れてしまった。


 自分よりはるかに弱そうな子猫にいいようにもて遊ばれるなどあり得ない。

 ふざけるな! と怒りを支えにして立ちあがってきつい一発を喰らわせてやろうと自らを奮い立たせた。


 しかし再度戦おうと身構えたとたん威嚇する子猫の姿がぼやけた。


 そこで鉢割れが見たのは自分より遥かに大きく、恐ろしい目をした化け物の姿。

 森の奥に棲む「狂い熊」だった。

 若いころに襲われて大怪我を負わされ逃げ帰ってきたことがある。

 そのときの恐怖よみがえってきた。


 本能的に


(だめだ、殺される)


 と感じた。



 スキル「威嚇シャー」

 猫専用認識阻害系スキル「内緒」に含まれるスキル群のひとつ。

 格下の相手が恐れるものの姿を見せて恐慌状態にする。

 重ねて使用すると発狂するので注意する、にゃ。



 鉢割れはそれでも震えながら立ち上がってみせた。

 しかしそれは最後の意地のようなもの。


「狂い熊」の姿が掻き消えてから、子猫がもう一度威嚇する姿勢をとったのを見て、あっけなく心がパキンと折れた。


 ごろーんと寝転がり、おなかを見せて耳を伏せる。


(お好きにどーぞー♪)


 服従のポーズだった。



 海ちゃんは鉢割れを群れに誘ってみた。


(わたしのむれにはいる?)

(是非もなし)

(さからったらこわいことになるからね)

(御意)


 それは誘いというか脅しだ。

 海ちゃんはマサミツのためなら何でもやる気である。


 こうして鉢割れが海ちゃんの群れ猫の第一号となった。


 海ちゃんは知らなかったが、実はこのあたりの猫族のボスが鉢割れだった。

 鉢割れを下した海ちゃんは自動的に新たなボス猫になった。



 それから海ちゃんは同じ猫系の他種族に目を向けた。


 この世界レグルスの大型動物は地球のものに比べて倍ほど大きい。

 海ちゃんが見上げても大きさがわからない小山のような大きさだ。


 次の相手はヒョウっぽいナミルという動物だった。



 海ちゃんはナミルの目の前にジャンプして、まず猫パンチ(右)。

 相手の身体が大きく揺らぐ。

 着地すると三角飛びの要領で反対側へ飛んでまたジャンプ、猫パンチ(左)、着地。

 カウンター気味のパンチを受けたナミルは横倒しになった。

 見事なコンビネーション。海ちゃんはこれを自然にやっている。



 それでも敵意を無くさないナミルにスキル「威嚇シャー」を叩きつけた。

 その恐ろしい威嚇を至近距離からまともに浴びると、尻尾を丸めて怯え伏すしかなかった。


 自分がやられたのと同じような光景を見ていた一の子分・鉢割れは、海ちゃんを猫神様だと思った。

 上級種というべきナミルを単独で叩きのめす子猫がいるわけがない。


(海さまは神の使いだ。いや神だ。猫神様だ!)


 一匹で勝手に盛り上がった鉢割れは、海ちゃんへの絶対服従を誓った。



 こんな調子で嬉野コープの周囲をぐるりと一周しながら縄張りが隣接する猫系生物に喧嘩をしかけること3時間。



 朝までに嬉野コーポの周辺の猫系種族はすべて海ちゃんの配下になり、半径500メートルほどの海ちゃんのテリトリー縄張りができていた。


 海ファミリー


 猫(ネコ系)      12頭

 ナミル(ヒョウ系)    3頭 

 ファハド(チーター系)  2頭

 アスファル(タイガー系) 1頭

 レーヴェ(ライオン系)  8頭




 テリトリー内の猫系以外の敵性動物たちは「海ファミリー」によって追い立てられ、逆らう動物は海ちゃんに叩きのめされた。


 自然界での生存競争は地球と同じである。


 レーヴェ(ライオン系)以外は単独で狩りをするのが普通なので、集団で襲わないとなかなか口にすることができないような肉はとても喜ばれた。


 こうして猫心にゃんしん掌握にも成功した海ちゃんは、マサミツのために水と食料を探すようファミリーに命じたのだった。

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