第4話 秘密

 マサミツは海ちゃんを抱いて立ち上がった。


 高く抱え上げて海ちゃんの身体を確認してみる。


 海ちゃんは五体満足だった。

 やむなく切断した脚、折れて曲がっていた脚、潰れていた眼もきれいに治っている。

 両目は綺麗な碧色。

 肉体を再構成してもらったおかげなのだろう。


 よかったね、海。



 マサミツは周囲を見渡した。

「情報」によるとこの場所は、野生動物がかなり多いけれど立ち入る人が殆どいない森らしい。特に今いる地点は相当奥地なので人が住む集落には歩いて数日かかるようだ。


 そして近くに当面の生活環境を用意してあるという。

 どこにあるのかと目を凝らしてあたりを観察してみる。


 海ちゃんがさっと腕から飛び降りるとマサミツを見上げてしっぽをぴんと伸ばして歩き始め、少しして立ち止まって振り返った。


 にゃ~


「ついてきてってことかな?」


 にゃっ!


 なんとなく「そうだよ」と聞こえるのはなぜだろう。


 時々振り返ってはまた歩き出す海ちゃんのあとを付いていく。

 木々の間を抜けてしばらく歩くと急に開けた場所に出た。


 そこでマサミツはぽかんと口を開けて固まってしまった。


 マサミツが知っている建物があった。


 昨日、引っ越したばかりの建物。


 白い漆喰壁と赤レンガのちょっとお洒落なアパート。全室数10部屋。

 不動産屋は3階建てマンションだと言い張ってたけど、マサミツにとってはアパートをちょっと上品にしただけ。


 大家さんが動物好きで全室ペット可。家賃も手ごろで即決で契約したアパートだ。

 借りたのは305号室。角部屋で日当たり良好2LDK。家賃9万6000円は格安。


 そのアパートの建物が一棟、丸ごと立っている。

 うっそうとした森の中に不自然なこと、この上ない。


 マサミツを放っておいて海ちゃんがさっさと外階段を上っていく。

 3階の手すりの上をひょいひょい歩いて角部屋の前でお座りすると にゃー! と呼びかけてきた。まだ行ったことがないはずの新居となる部屋の前あたりだ。


「海、なんで知ってるの?」


 にゃーにゃっ!


 これが「当然!」と聞こえる。なぜだ?


 マサミツは半信半疑で階段を上がって新居の部屋の前に着いた。


「あ、鍵。あるかな」


 ポケットをまさぐるとちゃんとキーホルダーがあった。

 鍵を差し込むとすんなり開錠。

 生前の再現度が妙に細かくて苦笑いするしかない。


 扉を開けると、間違いなくマサミツが借りた部屋だった。

 今朝海ちゃんを迎えに出たときのままだ。


 真新しいキャットタワーがまだ設置途中で部屋の中央にどんと自己主張している。


 2LDKは一人暮らしにはちょっと大きいかもと思ったけれど、海ちゃんの運動のためにも広い部屋にしたいなと決めたのだ。


 部屋に入って中を確認してみる。


 どういう仕組みか理解不能だけれど、水道、電気、ガス。全部使える。

 トイレも風呂も使える。冷蔵庫の中も朝と同じでしかも冷えている。


 テレビやPCの電源は入るけれど、番組鑑賞やネットは使えなかった。

 残念と思うよりほっとする。

 あまり理解できないことが増えないでほしいのだ。


「情報」の記憶を手繰るとライフラインのエネルギー供給をこの世界の魔法で置き換えて再現しているとわかった。ただしこの場所限定で地球とのつながりはない。


 海ちゃんがさっそく未完成のキャットタワーの具合を確かめるように飛び乗って、歩き回り始めている。


 マサミツはいったん部屋の外に出てほかの部屋を確認してみた。

 全室、誰も住んでいなくて空室だった。鍵もかかっていない。


 誰かがいたらそれはそれで困ったことになりそうだ。空いているならほかの部屋も使っていいのだろうか、なんてことを考えながら自室に戻ると海ちゃんがリビングのテーブルの上で寝そべっていた。


 にゃーにゃっ?


「どーだった?」と聞こえる。ほんとになんで?


 今になってようやくマサミツはちょっとおかしいことに気が付いた。


「海、なんで俺は海の言うことが分かるの? それに海も言葉わかってるよね?」


 話しかけた途端、風鈴の音が鳴る。

 ちりりーん♪

 だんだん慣れてきた。


 名前  海ちゃん (旧名 ミー)

 性別  雌

 種族  ロシアンブルー

 職業  狩猫

 年齢  0歳6カ月

 LVL 1

 生命  100    精神  100

 体力  10     気力  10

 筋力  40     敏捷  50

 器用  30     知恵  40

 魅力  -

 魔力  -

 スキル 

 ギフト 無敵[LVL.1]

 好物  マサミツ ちゅーるなアレ



 再びウィンドウが開いた。さっき見た海ちゃんのウィンドウだ。

 一か所だけ「秘密」の部分がひときわ目を惹く高輝度表示になっている。


 そこに意識を集める。と、さらに小さなウィンドウが開いた。

 風鈴は鳴らなかった。


 ◆スキル「秘密」詳細

 個体猫「海ちゃん」のユニークスキル。

 猫専用認識阻害系スキル「内緒」がベース。「内緒」は謎多き猫たちが保有するの複合スキル群の総称。発動すると猫たちが何をしているのか猫以外には理解できないようになる。

 この「内緒」をユニーク化したスキル「秘密」は、あらゆるスキルを検知されずに発動できるようになる。さらに未習得スキルも発動可能。さらにさらにスキル使用の結果がどうであれ「海ちゃんだからまあいいか」で済ませられる特典がついている。

 フェレンゲルシュターデン、鼻フンフン、猫パンチ、爪とぎ、肉球プッシュなどの「内緒」を構成する固定スキル群のほか、ユニークスキルにはが付加されている。

 それ以外の付加スキルの全貌は秘密だ、にゃ。



 あ、また にゃ で終わってる。


 いやそこじゃない。

 なんだ、このスキル内容。意味がわからない。

 フェレンなんとかってなんだ? 秘密って、スキルを秘密にしてるってことじゃないの?


 マサミツは3回読み返したけれど読み返すたびに訳が分からなくなった。でも訳のわからない何か変な力を海ちゃんが持っていることはわかってきた。


 もう一度読み直してマサミツはそれ以上理解することを諦めた。海ちゃんと「意思疎通できる」と納得してそれ以上考えるのを止めることにした。


 と同時に詳細説明のウィンドウが自動的に閉じる。

 便利なウィンドウだ。


 しかし海ちゃんステータスのメインウィンドウがまだ開いている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る