第5話 無敵


 なんだか嫌な予感しかしないのだけれど、海ちゃんの


 ギフト 無敵[LVL.1]


 も見てみよう。


 ◆ギフト「無敵」詳細


 個体猫「海ちゃん」のユニークギフト。

 海ちゃんが「敵と認識したもの」を「敵ではないもの」にするアクティブ系ギフト。

 効果範囲はテリトリー全体、作用対象は人間と人間の操作したもの。

 発動した効果は解除しない限り永続する。

 スキル「秘密」と連携して目的達成に必要なスキルが勝手に発動する。

 レベルアップで作用対象と効果範囲が拡大。

 なお、悪意や敵意の矛先が「好物」に向いていて、かつ作用対象を個別指定してギフトを使用すると想定外の「怖いこと」がおきる、


 にゃ は偉大だ。

 でもなんで今回は にゃ を強調してるんだろう?


 いや、そうじゃなくて。

 このギフト内容。意味がわからない。

 さっきのスキル「内緒」とか「秘密」とか以上におかしいでしょ。


「海、ギフトの無敵ってなに? それと想定外の怖いことってのもなに? すごく気になるんだけど」


 マサミツがちょっと真剣な顔で聞くと海ちゃんは答えた。


 みぃ みぃ にゅ!


 と。


 うん、わかった。

 いや、わからないけど。


 とりあえず「ひ・み・つ」ってことだけわかったよ。



 マサミツは転生した海ちゃんが普通じゃなくて、言葉の会話はできないけれど意思は伝わるということは理解できた。そこで理解をやめた。


 マサミツは身体を動かすことにした。思考停止気味になって簡単なことしか考えたくない気分だった。とりあえず引っ越し後の部屋の片づけを始めてみた。


 このアパートを見つけたとき「情報」「知識」の記憶が浮かび上がって、24か月でアパートが消滅するのだと分かったのだ。

 24か月、つまり2年が準備期間。長い気もするのだけれどのんびりしすぎて時間が足りなくなって慌てるのも嫌だ。


「あ、家賃はどうなるんだ?」


 どうでもいいことをつい呟く。


 にゃ にゃー!


 マサミツの独り言にすかさず海が「ただ!」と教えてくれた。

 あ、もしかしたら「無料!」かも。


 すごいね、海。

 きっと俺よりいろいろわかってる。えらいな。



 荷物を片づけながら食料の備蓄を調べておく。

 生前ちょっと舞い上がってたせいか、海ちゃん用のグッズや食べ物をたくさん買い込んでしまった。だから海ちゃんの食事は当面大丈夫だ。


 むしろマサミツの食料のほうが先に尽きそうである。

 猶予はまだありそうだから、明日はまず食糧の確保についてなんとかしよう。





 日が落ちるころ、残っていた段ボール箱の日用品を一通り片付け終えると、マサミツはベッドに横になった。

 海ちゃんが音もなくやってきてマサミツのお腹の上で丸くなる。


 死んだ当日、いや、異世界転生・初日。

 とても疲れた。特に精神的に。


「明日は食べ物を探してみようかな」


 マサミツが呟くと海ちゃんの耳がちょっとだけピクピクした。

 転生人と転生猫の初めての一日が終わった。




 翌朝、マサミツが起きると海ちゃんの姿はなかった。

 名前を呼んでも返事がない。


 一応ベッドの下や家具の隙間を探してみたけれど見当たらない。

 玄関のペットドアで外に出たようだ。


 マサミツは顔を洗って着替えた。お腹は空いてない。


 アパートを出るとき、必要ないけど鍵をかけておく。

 アパートは大家さんの苗字から採った「嬉野コーポ」という名前だ。


 動物大好きなお婆ちゃんで、死にかけの子猫を助けて一緒に住むと言ったらそれはたいそう喜んでくれた。

 初めは別の部屋を不動産屋に紹介されたのに、話を聞いた大家さんが所帯持ちに貸そうと思っていた広めの部屋を同じ家賃で提供してくれたのだ。



 マサミツは嬉野コーポの外階段の前の広い庭地を見下ろした。

 地球の嬉野コーポにこんなに広い庭はなかった。自転車置き場と共用スペースがあって割とこじんまりとしていた。今は整地したてのような結構広い敷地がある。そこに海ちゃんがちょこんと座っていた。


「海、おはよう」


 にゃーん


 海ちゃんが甘えた声で返事をする。


 マサミツが外階段を下りて近づくと海ちゃんが足に纏わりついてすりすりしはじめた。


「食べる?」


 マサミツがポケットから猫用のおやつを出したとたん、海ちゃんの目がマサミツの手に釘付けになった。答えるよりも力強い「ちょうだい」アピールだ。


 目を細めてチューブに入ったジェル状のおやつを食べる海ちゃんを、マサミツも目を細めて眺めていた。無意識にその背中を撫でている。


「今日からこの世界で生きていく準備をしたいんだ。最初は食べ物を手に入れられるようにしないとね」


 おやつを舐めていた海ちゃんが急にマサミツを見上げた。

 そしてニッコリした、ように見えた。


 本当に笑顔になったのかわからないけれど、マサミツにはそう見えた。なんだか「うん、まかせて!」と言っている気がする。

 マサミツが頭を優しくなでるとまた海ちゃんの目はまた細くなった。


 海ちゃんがついさっきまで何をしていたのか、このときマサミツは何も知らなかった。


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