第3話 命名

 気が付いたらマサミツは倒木に腰かけていた。


 しばらく頭がぼうっとしていたけれど、次第にさっきまでの出来事や周囲の状況がわかってきた。


 どこかの森の中。濃い緑の匂い。


 どこだ、ここは?


 退院した子猫を連れてアパートに帰ろうとしていたはず。

 幹線道路に出たところで前に大型が走っていたのを嫌って、車線を変更しようとしたときだった。すごい衝撃が後ろから襲ってきた。


 まずい! とハンドルを切ろうとしたところで記憶は途切れた。

 もしかして事故で車外に放り出された? 奇跡的に森の中に飛ばされて助かった?


 一瞬そう思った。でもすぐに考え直した。


 あの衝撃は追突されたものだった。だとしたら前の大型に玉突きで突っ込んだはず。どこにも逃げ場はなかった。


 となると無事では済まない。まず間違いなく大けがだ。

 それも運が良ければケガで済む事故。普通に考えれば……圧死している。


 改めて自分の手足を確認する。

 傷一つない。衣服も今朝着たものと同じで破けてもいない。

 さっきまでぼんやりしていた意識もかなりはっきりとしている。


 マジか? 死んでここはあの世か? 


 マサミツは今年34になる。死後の世界は信じていないし常識人だ。

 勤務先も市役所の福祉課勤務。固い仕事ぶりで来年は課長になる内示があった。

 だから突拍子もないことを信じたり行動に移すことはない。

 石橋を叩いても渡らない、というのがモットーだ。


 でも、これってまさかあれか? お約束の? 


 そういうアニメや小説を見たことはある。

 評判の良い作品を鑑賞するのも嫌いではない。


 いやいや、神様とか世界の管理者とかがいろいろ説明してくれて、どんな人生を送りたいとか選ばせてくれるものだろう。

 いきなり放置ってあるのか?


 そんなことを考えていると。


 ちりんちりん♪


 突然、風鈴の音がした。涼しげな心地よい音色だ。


 同時にマサミツの頭の中に何かが流れ込んできた。

 まるでマサミツの考えがそこに至ったのをきっかけにしたかのように。


 それは「情報」と「知識」の奔流だった。

 マサミツの頭の中に洪水のように流れて溢れかけた。

 しかし溢れる前にそれらはものすごい速さで整理されて記憶になっていく。


 軽く眩暈がして、ふらっとした。

 座っててなかったら転んでいたかもしれない。


 戸惑いつつため息をついたところで


 ちりんちりん♪


 また風鈴だ。


 マサミツの眼の前に半透明の青いウィンドウが浮かんだ。

 そこに白い文字が並んでいる。


 名前  ミー [診察券用仮名]

 種族  猫(ロシアンブルー)

 年齢  0歳6カ月

 ★名前を付けてにゃ ↓ 



「なに、これ?」


 最後の矢印マークの先に視線を移すと、一匹の猫がお座りしているのが見えた。


「え、もしかしてミー?」


 にゃっ !


 元気な鳴き声が返ってきた。





 マサミツは倒木に座ったまま、ひざの上で丸くなるアッシュグレイの毛並みを撫でながら、ゆっくりと頭の中を整理していた。



 ここは地球とは異なる惑星でレグルスというらしい。

 今いるのは、その大陸のひとつ「茫洋大陸」の南に広がる「不入の森」という場所。


 地球での追突事故で死んだけれど、一緒に死んでしまった子猫がマサミツから離れようとなかったため、命の循環輪から外れてしまった。


 ごく稀にこういったアクシデントがおきるらしい。

 何度か二つの魂を分けて通常の輪に戻そうとしたけれど、子猫を引き離すことがどうしてもできなかった。

 それで新しい命を与えてこの世界に転生させることになった。


 記憶は引き継ぐ。

 肉体もできる限り地球での姿を再現する。

 そして生前記憶から選び出したいくつかの能力もこの世界ですでに習得した状態にしておいた。すべて今回だけの特別措置。


 地球と酷似しているけれど、惑星レグルスはかなり若い星で文明は中世以前。

 科学は芽吹かず、魔法が広く使われている点が地球とは大きく異なる。


 だから生きていくうえで最低限必要となる能力をスキルとギフトに加えておいた。

 そして準備期間と設備も。

 これは破格の特例措置。

 内容を具体的に確認したいときは、いつでも見ることができる。


 死んでしまったので地球に戻ることはできない。

 だからこの地で自由に生きてくれないだろうか。

 何かをして欲しいわけではないし、我慢を強いるつもりはない。


 ただ、あなたと共に過ごしたいと願う子猫を見守ってほしいだけ。




 というのが、先ほどマサミツの頭に流れ込んだ「情報」と「知識」の一部要約だ。


 そして先ほどから開きっぱなしの青いウィンドウ。

 これがステータスプレートというものだろう。


 もう一度内容を確認する。


 名前  ミー [診察券用仮名]

 種族  猫(ロシアンブルー)

 年齢  0歳6カ月

 ★名前を付けてにゃ → 



 にゃ → てなんだと思いながら、自然と名前を考えてしまうマサミツ。

 しばらくして、なでる手を止めて子猫に話しかけた。


「海って名前、どうだい?」


 にゃ?


「うみ、だよ。青い海が思い浮かんだんだ。いい名前に思えたんだけど」


 にゃー!


「じゃあ、これから名前は海ちゃんだ」


 ちりりーん♪


 青いウィンドウの表示がさっと変わった。


 名前  海ちゃん (旧名 ミー)

 性別  雌

 種族  ロシアンブルー

 職業  狩猫

 年齢  0歳6カ月

 LVL 1

 生命  100    精神  100

 体力  10     気力  10

 筋力  40     敏捷  50

 器用  30     知恵  40

 魅力  -

 魔力  -

 スキル 秘密

 ギフト 無敵[LVL.1]

 好物  マサミツ ちゅーるなアレ



 嬉しそうにゴロゴロ喉を鳴らした海ちゃんをよそに、マサミツは表示をしげしげと見ていた。


 書かれている内容についてはいろいろ聞いてみたいことがあると思うけれど


 自分のステータスは見れないのかな?


 と思ったら風鈴の音とともに新しいウィンドウが開いた。


 ちりりーん♪


 名前  林田 優光  性別 男

 種族  人類

 職業  無職  (前職:公務員 課長代理)

 年齢  34歳

 LVL 34

 生命  1000   精神  1000

 体力  100    気力  100

 筋力  42     敏捷  37

 器用  53     知識  596

 魅力  38     魔力  122  

 スキル 一般常識 保護保全 慈愛平等 質実剛健  

 ギフト 健常健全 


 海ちゃんのウィンドウと比べて地味で微妙な内容に、マサミツはちょっと悲しくなった。

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