3章:証明

 休日、夫くんは溜まった疲れを癒すように、睡眠を貪る。


 寝転がりなら動画を見たままねたのか、スマホは充電器から離れたところに落ちていた。


 拾い上げたスマホの電源を付け、夫くんの誕生日を入力する。


 スマホが開く。夫くんらしい。


 たどたどしく指を左右にスライドさせ、目的のアイコンを探し、タップする。


 アプリ画面が開き、「メッセージ」と書かれた箇所をタップする。


 そこには今までやり取りした女性からの名前が表示され、「TK」や「SR」と偽名だとわかる。


 一つ一つ検閲していると、「○○日に、○○駅前で会いませんか?」と会う約束をしている文面を見つける。


 都合がいいことに、ちょうど来週の土曜日に約束を取り付けていた。


 私は場所、集合時間を記録した。


 両親にベビーシッターを頼み、その日は息子を預かってもらえるようにした。


 こんな時でも夫くんを中心に、私の日常は動く。


 気取られず、悟られず、いつもの一週間を演出する。


 当日、夫くんは「一日遊び歩いて、飲んで帰る」と言い、車に乗らず出かけて行った。


 内心、「女と」が抜けていることを指摘しかけ、辞める。


 予め調べた目的地の駅に先回りし、普段はしないつばのある帽子とサングラス、黒スキニーとスニーカーと、男装を意識した変装を施した。


 髪型の変化にすら無関心な夫くんのなら、きっとばれることはない。


 駅前で何でもスマホを確認し、あたりを見回す。


 その対象が私でない憤りを押し殺のに、必死だ。


 声を掛けたのは「外はねボブのゆるふわ系カワイ子ちゃん」


 茶色のベレー帽に白のオーバーサイズニット、レオパード柄のロングスカートにローヒールブーツ、小さめの肩掛けポーチ。


 写真よりも幼く見える容姿と裏腹に、ニット越しに伝わる欲情を煽り立てるかのような胸部。


 先ほどから夫くんの視線が右往左往している。


 それから軽い雑談をはじめ、駅ホームへと移動する。


 付かず離れず、間に人を挟みながら、一定の距離を保ち、尾行した。


 駅ホームに入る前から電車に座るまで、不倫ちゃんはずっと腕を組んで、離れようとしない。


 たまらず夫くんにメールを送信する。


 右ポケットに入れたスマホを取り出し、文面を確認すると、その場で返信を返してくれる。


 またすぐに腕を組みなおしてしまったが、すぐに返信を返してくれたことが嬉しく、不覚にも満たされてしまった。


 その後、二人はデートを楽しんだ。


 私とは行ったことのない、高級そうなレストランで食事を済ませ、私には買わないブランド物のバックを買い、私には見せたことのない惚気顔を見せた。


 いらない。


 私はそんなもの、いらない。


 なんで?


 隣にいてくれるだけで、私は満たされるのに。


 何度も葛藤し、そのたびに目の前の対象と比べた。


 比べて、自身が上であると言い聞かせ、安心し、目の前の現実に絶望する。


 浮き沈みを何度か繰り返し、気持ちととみに日が沈みきっていた。


 バーから出てきた二人の頬は赤く上気し、歩く足元がおぼつかなくなっている。


 ふらつき、もたれかかるように体を密着させ、耳元で何かをささやく不倫ちゃん。


 この距離から声など聞こえるはずもないのに、はっきりと脳内でその単語が再生される。


 向かう進路にある建築物を知っている。


 そこでする行為を知っている。


 それが、明確な「証拠」になってしまうと、知っている。


 気付けば、私は最寄りの駅のホームへと戻ってきていた。


 現場をおさえることなく、いつの間にかサングラスとマスクを外し、帰路についていた。


 目元をぬぐっても、袖は濡れていない。


 私は、いつのまにか壊れてしまったかもしれない。


 何度も感情を揺さぶられ、逃避しては現実に引き戻される。


 私はあれじゃなきゃ駄目なのに、なんで他はあれを欲しがるの?


 あれ以外になら何を選んだっていい、勝手に繋がればいい。


 そうしてあれを選ぶの?あれは私が見つけたのに。


 私が、私が、私が…


 待ち人のいない家に着き、着替えもそのまま眠りにつく。


 ここにいるはずのない香りだけが、一時の安らぎをもたらすのだった。

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