2章:焦れ
浮気が発覚してから数日、私以外の全てはいつも通りだった。
朝出社する夫くんを見送り、息子の面倒をみつつ、家事をこなす。
出家時代のスキルを活かし、手際よく家事をこなす。
空いた時間に買い集めた育児教本を読み、息子の将来を思い描く毎日。
ふとよぎる、あのアイコン以外、何もかも、いつも通りだった。
ある日、夫くんが「飲みすぎたから、同僚の家に泊まる」とメールが来た。
用意した夕飯のおかずにラップをし、夕食を片づける。
その言葉を鵜吞みにするほど、私もお花畑じゃない。
十中八九、相手は不倫ちゃん。
今ままで飲み会で遅くなることは多々あったが、必ず家には戻ってきた。
代行はお金がかかるので、常々やめて欲しいと口うるさくしていたが、こんな形で約束を守られるとは思いもしなかった。
何かの当てつけ?私が何かしたの?
私は我慢している。
この幸せを離さないよう、必死で我慢している。
おむつを取り替えない夫くんに、一度だって文句を言わなかった。
夜泣きで毎日苦しんでいる私の横で、ヘッドホンをしている夫くんを怒らなかった。
新婚旅行当日に高熱をだし、家で休んでいる私を置いてグアム旅行にいったあなたの旅行話を喜んで聞いた。
これ以上、何を我慢すればいいのだろう。
夫くんをつなぎとめ、一生私から離れないようにするには、どうすればいいの?
子供という鎖すらも、彼には意味をなさない。
感情が、心が、頭が、不倫をしている夫くんでいっぱいだった。
その日、まるでこの状況を見越したかのように、とある刑事シリーズドラマが放送されていた。
山奥で、心中したと思われる男女。
しかし、その男性には妻がいると発覚し、死んだ男女が不倫関係であったことを知る。
心中かと思われた自殺は、妻による犯行だった。
復讐を果たし、妻の悪心が収まるかと思いきや、この後に「本当の最悪」が訪れる。
夫に関しては正真正銘、自殺だった。
不倫相手が妻に殺されたことを知り、その相手を追って、夫が心中した。
妻は復讐を果たすどころか、夫の愛情が自分ではなく、不倫相手にしか向けられていないことを、自ら証明してしまったのだ。
いつしか、かじりつくようにテレビを見て、番組が終わった後も、しばらくそのまま座り込んでいた。
私なら、どうしただろうか。
一時の感情に身を任せ、暴虐の限りを尽くしたか?
探偵を雇い証拠を見つけ、慰謝料をふんだくって離婚するだろうか?
ドラマの見すぎだろうか、夫の復讐手段が湯水のようにあふれ出してくる。
だが、いくつもの選択肢の先にある、重なり合った末路にあるのは「飢え」だった。
殺しても、離婚しても、一時的に和解しても、その先にある未来に「私の夫くん」は残っていない。
夫くんのいない家庭に「幸せ」は存在しない。
(本当にそうだろうか?)
生まれてから一度だって交際をしたことがなった。
お見合いを一度だけし、そのまま結婚した私が、この幸せ以外を知らないだけではないのか?
テレビを眺めていても、答えなど出るわけがない。
なら、方法は一つしかなかった。
証明するしかない、「他の誰でもない彼だけが、飢えを満たす存在たる」ことを。
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