愛はすべてを包み込む

「あ……あの……」


 ミラの声が発せられた。手首をキサにつかまれたままだ。成り行きを見守る私たち。


「おかえり」


 そうキサが言って、ミラを抱きしめた。おかえり!?元に戻ったの!?


「た、ただいま……です」


 顔を赤面させているミラは年相応で、可愛い。自分を取り戻したのがわかった。


「始祖はどこへいったんだ?」


 リヴィオが尋ねると、ミラはその言葉にポロポロと大粒の涙を流す。口元を抑える。止まらない涙が頬をつたう。


「もうここにはいないの。この世界のどこにもいない」


 やっと言葉にするミラ。


「ミラ……大丈夫?」


 私はそう声をかけた。涙の理由がわかる気がした。ミラはその身に宿したことで、ルノールの始祖の思いを痛いほどに知ったのだ。孤独も寂しさも無念もすべて。


「皆、ありがとう。そして迷惑かけてごめんなさい。ルノールの始祖はずっと一人で、寂しくて、もう終わらせたかったの。私も始祖も同じように終わらせたいものがあったから……」


 それってなんなの?と聞きかけたが、キサは気付いていたようだった。


「ミラ、オレとの関係を終わらせるつもりか?そんなこと許さない。二人で作る。始まるんだ。終わりじゃない」


 離すか!と言わんばかりにミラから離れないキサ。


「ここまで執念深く追ってきたんだ。ミラ、これ以上聞かなくても、キサの本気、わかるだろ」


 リヴィオが、そう言うと、ミラが無言でうなずいた。

 

 私はホッとして、ノーチェとラビを抱えたまま、その場に座りこんでしまった。リヴィオがおいっ!と慌てる。


「ちょっと疲れただけよ。二人を抱っこしてくれる?意外と重いのよ。きっと筋肉痛になるわ」


 腕が痛い。ずっと抱きかかえていたから。リヴィオがわかった!と受け取る。


「これでみんなで帰れるね」


 アサヒがにんまり笑ってそう言った。ヨイチが暴れ足りなかったんじゃないの?とからかう。


「そういえば、セイラ作の天空のお風呂、最高だったのよ」


『お風呂!?』

 

 ミラの言葉に皆が叫ぶ。……ミラ、意識あったのね。


「ええ。始祖に作ってくれたのよ」


「な、なにやってんだ?」


 リヴィオがやや、引き気味に私を見る。


「信じられない。そんなのんきなことを……」


 キサまであきれている。


「セイラさんらしいよ。力が有る無しは温泉の前では関係ないしね」


 ヨイチがクスッと笑ってそういった。ミラがそうなのよと同意した。


「ゆっくり入ってね、天空の地の景色を眺めて『誰もいないな』って始祖は呟いたのよ」


 誰もいない……なんて重い言葉。でも静かな景色を一人で眺めて、気づいた事があるのだろう。


 もう自分を求める者も崇める者もいない。守るべき者たちも新しい地で他の人々と混ざり合い新しい人生を歩んでいると。


「ところで、なんでキスなんてしたんだ?」


 リヴィオがキサに尋ねた。トーラ王はハハッと笑いながら言った。


「どんな魔法も王子様のキスで目覚めるものだろう?」


 は!?と尋ねたリヴィオだけでなく、私やアサヒ、ヨイチは目を丸くする。


「それ根拠なしだろ!?よくやったな!!」


 さすが生粋の王族は違うとリヴィオは震撼していたのだった。……なかなかできることではない。


 でも神々の力で倒すのではなく、愛の力なんて、お伽話のようだけど、最高ねと思ったのだった。


 この世界にとって、一区切りついたことを多くの人達は知らずにいつも通りの生活を営んでいる。だけどそれでいい。


 繰り返される普通の日々が幸せである。私達も日常へと帰ろう。皆でまた笑い合って、幸せな日々を築き上げていく。ルノールの始祖もまたそれを望み、ルノールの民を長く守ってきていた。望むことは同じなのだ。


 続けていきたい。平和で穏やかな世界を100年200年……ずっとずっと。

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