母はたくましく踏み出す
部屋の隅で怖がっていてもしかたないと思えたのは、ノーチェとラビの視線のせいだった。目があった瞬間に、私は怯む。
「な、なんなのかしら。動けってこと?」
二人とも丸い可愛らしい目をじいいいいいいと穴が開くくらい私を見る。
(テンション下がってる場合なの?)
(それが母さんのやりかた?)
なんだかそう言いたそうな気がした。お腹が空いた!とか退屈だとかで、泣くと思っていたのに……。
「そうね。うん。私のやり方ではないわ」
二人を抱えて立ち上がる。そっとドアに手をかける。ドアに鍵はかかっていなかった。どうせ出たところでここは天空の地。簡単に逃げ出せないと思っているのだろう。
「うわぁ」
私は歓声をあげた。歩いていくと、美しい天空の地の姿が目の前に広がっていく。白い鳥が飛び、草木が生い茂る。青い空が近い。風にのって、木に実っている甘酸っぱい赤い実のおいしそうな香りが漂う。小さな湖もあり、パシャッと魚が跳ねた。
一度、この景色は視たことがあった。実際に来てみると、こんなに素敵な場所だったなんて。湧き出る水が地上まで滴る。これは雨になるのかしら?それとも地上につくころには蒸発してしまうの?
「なにをしている?」
背後の声にビクッとなった。……落ち着けと自分に言い聞かせて、振り返る。腕の中の二人分の温かさにも励まされる。
「美しい土地ね。見てみたかったの」
「追いやられた結果が天空の地を作ることになったのだが、美しいだろう?」
ミラの姿を借りたルノールの始祖は、皮肉を混ぜて返事が返してきた。私と会話する気持ちはあるらしい。
「ええ。私たちだけで見るのが、もったいないくらいに美しいわ」
「……ここを作った時、もう平和だと思っていた。しかし人は恐ろしい。空を飛ぶ船を発明し、ここまでたどりついたのだ。そして攻撃をしてきた。我々は行き場を失った。減っていく民、消えゆく血、種族はとうとう混じり合ってしまった」
私ではなく、遠い遠い地をみるように視線は移ろう。私は気づいた。これはもしかすると怒りじゃなく……。
「もしかして、もしかしてだけど寂しいの?」
「餌ごときが我の思いを考察するな。……おまえは我が恐ろしくはないのか?」
「あなたの力は強大で怖いと思うわ。だけど私のことを餌だというなら、とりあえず今は殺さないでしょう?」
「今はな。だが、おまえはあの神々に愛されし存在だ。いずれ消えてもらう」
私にこのルノールの始祖の気持ちはわからないし、理解は難しいだろう。そのくらい長い年月、苦しみや悲しみを生きてきている。だからと言って、私はここで終わるわけにはいかないのよ。
目の間にいるのはミラの体だもの。取り返したい。みんなと共に生きたいときっと彼女は思っている。私は微笑んでみせた。
「何を笑っている。何を企んでいる?」
「せっかくの絶景だもの。私ができることをするわ。皆が来るまでの間、一緒に暇つぶしをしましょうか?」
何をするつもりだ?そう美しい景色の中で美しい顔をした神々に嫌われた民はそう言った。
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