【運ぶ人は想いも届ける】

「いらっしゃ……あら!?」


 ペコリと『花葉亭』に来た人が頭を下げた。手には雨に濡れたアジサイの大きな花束を持っている。


「表の玄関から、今日はすみません」


「いつも配達してくれる郵便屋さんですよね?雨のなか大変でしたね。今、タオル持ってきますね」


 私は濡れてる郵便屋さんにタオルを渡した。


「これをお客様に今日、手紙と一緒に届けてほしいと言われました」


「これを?それで、雨の中……」


「最近、流行ってるんですよー。サプライズプレゼントとして当日に物や花を届けてもらうっていうのが」


 なるほどーと私は雨に濡れた花束を指定のお客様の部屋へ持っていくように頼む。確かにサプライズはうれしいものよね。


 お風呂に入って温まっていったら?と私が誘うと、次の配達がありますからとタオルの礼を言って仕事へ戻っていった。


 またある日は大きなケーキの箱を抱えてやってきた。慎重に持っているが、足元が見えず、よろけている。私は慌てて手伝う。


「く、崩れていないといいのですがっ!」


「今日もお疲れ様ね。時間があったら、温泉で疲れをとっていくと良いわよ」


 郵便屋さんにそう私が言うといえいえ!まだ仕事ありますからっ!と行って走っていった。体力勝負の仕事ねーと私は背中を見守る。


 そんなことが続いた日々だったが、ある日を境にあの郵便屋さんが来なくなった。最初は休日でもとっているのだろうと思っていた。


「おはようございます!」


「あら?今日もあの郵便屋さんは来ないの?なにかあった?」


 若くて元気な郵便屋さんが、あー……と言いにくそうに頬をかいた。


「実は仕事に嫌気がさしたと言っていて……」


「ええっ!?辞めたの?」


「いえ、長期休暇という形で休んでますが、もしかしたら辞めるかもしれません」


 私は気になってしまい、新しい郵便屋さんに以前の郵便屋さんに『花葉亭』の温泉へ招待したいことを告げた。


 その次の日に、彼は現れた。申し訳なさそうに頭をかいて言う。


「すいません、なんだか気にかけてもらっちゃって……挨拶もせずにいなくなってしまったからですね」


「いえいえ、こちらこそ、おせっかいでごめんなさい。今まで、とてもお客様を喜ばせてくれていたから、どうしても温泉でゆっくりしてほしいと思ったの。今日は体を休めていってね」


「え!?ほんとにご招待なんですか!?」


 郵便屋さんが目を丸くした。


「そうだけど、都合は大丈夫かしら?」


「もちろんです!ありがとうございます!」


 郵便屋さんはその日、とてもゆっくりとくつろいだ。いつもバタバタ忙しそうな彼しか見たことがなかった。ホッとしたような顔を見ると良かったと思うのだった。温泉に何度も入り、おいしいご飯とお酒にいい気分になったころ、ポツリと語りだした。


「正直、良いお客さんばかりではないんです」


「時々、そういうこともあるわよね」


 世間にはいろんな人がいるし、自分に合わない人だっているものだ。なにかあったのねと察する。


「先日、届けた物が、良いものだと思ったら実は呪いの人形だったんです」


「えええ!?」


「それでその箱をぶつけられて……もしかして自分は喜んでもらえると思ってしていたことが、本当は迷惑や嫌な気持ちを運んでいるのではないか?と不安になったんです」


「あなたのせいではないと思うわ」


「そうなんですが、その嫌な物の一端を担っているかもしれないと思うと怖くなりました」


 私はお酒を注ぎ足した。ありがとうございますとお辞儀する郵便屋さん。


「少なくとも、あなたのおかげで、私の旅館では喜んでもらえてて、お客様の笑顔を見ることができて、私たち、とても嬉しかったわ」


 そう言っていただけるととても嬉しいですとグスッと涙ぐみだす郵便屋さんだった。


 その数日後、郵便屋さんは復帰した。そして私はこう言うことにした。


「ありがとう。お客様にお部屋まで届けてくれる?時間が大丈夫ならだけど……」


「大丈夫です!させてもらいます!」


 郵便屋さんはそれからお客様の笑顔を直に見れることになった。ありがとうと礼を言われると「いいえ!」 と答えつつ、まるで自分がプレセントを贈られたように笑顔になるのだった。


「嫌なお客様はやっぱりいまだに居ます。でもこうやって直にお礼を言われたり笑顔をみれると元気になれますね。セイラさんの仕事っていいですね」


「私もあなたと同じよ。みんなの元気な笑顔や嬉しい顔を見ることが好きなの」


 お互い、仕事、がんばりましょう!と言い合った。自分のしている仕事はいろんなものと繋がっていると感じる。一つの点が集まってこの旅館を良いものにしている。明日もがんばろう!そう私は思ったのだった。

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