天空の地へ踏み入れる

 ミラが一緒に温泉へ入ろうと誘いに来た。その表情を見て、私はそろそろなのかな?と思った。


「行くのね?」


 ええ……と彼女は頷いた。お風呂に桜の花びらがひらりひらりと舞い落ちる。湯気が立ち上る。


「私、ミラが元に戻らなくても戻っても……変わらずにここで待ってるわ」


「うん……もし力も姿も戻らなかったとしても、絶望はしないわ。すごくここでの生活は楽しかった。友達もできたし、またここへ戻ってきたいって思えるの。……感謝してるわ」


 源泉の流れる音が響く。静かな夜。二人で空を見上げる。露天風呂から見える空は桜の花と夜空が広がる。


「私達を繋ぐ空はずっとこうやって続いている。大丈夫。天空の地へ行ってもミラはミラでいられると私は信じてるわ」


 私の言葉にミラが少し目を伏せてありがとうといった。彼女の不安が伝わる。過去の自分の記憶にとらわれないか、自分を見失わずにいられるか……。


「あなたのそばにはキサがいるわ。不安になったら振り返ってみるといいわ」


 きっと彼女をキサは優しく見つめているだろう。その名にミラはフッと微笑んだ。


「ついて来なくて良いって言ったんだけどね。一国の王になにかあれば、民に申しわけないわ」


 それでもついていく!って絶対に言いそうだけどねと私はクスッと笑ってしまう。


 ゆっくりとお風呂に入るのは久しぶりだわと私は目を閉じる。この桜を植えて、季節が巡ってきたのは何度目になるだろう?桜を愛でながらお風呂に入ったり花見をしたり……どの時も本当に楽しかった。


「また帰ってきたら一緒に温泉に入りましょう」


「うん。待っててくれる?」


「もちろんよ」


 私はそう言った。そして……その数日後に皆を見送る。


「帰ってきたら、ノーチェとラビに会ってみたいな」


 そうアサヒが言う。ヨイチもそうだねーと頷いた。なんとなく来る機会を逃してしまい、まだ会えてない二人だった。


「これは二人の子供にお祝いだよ」


 キサが銀色の護符をくれる。これは!?あの鉱山でとれる希少な物質で作られてるという……リヴィオも一度、大神官様からもらっていたけど。


「2人分も!?」


「魔除けと思ってつけておいてあげてほしい」


 ありがとうと私は驚きつつ、お礼を言う。そんな危険なこと、寝てる赤ちゃんには当分なさそうだけど。


 お金を出しても手に入れられないものをポーンとくれるとは……王様の感覚はすごいわ。


「セイラ、すぐ帰ってくるから大人しくしてろよ?」


 リヴィオが私に釘を刺すように言う。


「子どもたちもいるから、こっそりついていこうなんて思ってないわよ。安心して」

 

「そうだな……そうだよな!」


 安心感が顔に出てるわよと私は半眼になる。なんか腑に落ちないけど、仕方ないわ。今回はみんなの帰りを待つしか無い。まだ私の体も本調子ではないし……でも天空の地を実際に見てみたかったな。


「じゃあ、行ってくるわね」


 私は屈んで、ミラと同じ視線になり、ぎゅっと抱きしめた。


「待っているわ」


「うん……一緒にまた温泉入りたい」


 そうミラが言うと春の雲一つ無い晴れた暖かい日に5人は天空の地へ向かった。


 私は取り残され、なんとなく心細くなりつつも、ノーチェとラビと居ると思うと少し気持ちが慰められる気がしたのだった。


 どうか無事に何事もなく、帰ってきてくれますようにと私は青い青い空を見上げた。

 

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