名を呼ぶ時

「奥様がミルクをおあげに!?」

 

「オムツ替えは乳母におまかせください!」


 アンネとグレイシアが言う。そりゃあ……二人は完璧よ?飲ませ方も私より上手。


「でも可愛いんだもの。できるところはしたいのよ?」


 グレイシアが顔をしかめる。


「貴族の家では世話は乳母に任せるものです。セイラ様はお仕事があるのですから」


 リヴィオにも乳母の二人から話がいってしまう。リヴィオは仕事から帰ってきて、私が日本式の育児をしたいのかもしれないと察していて、うーんと唸った後に私の目を見て話す。


「セイラ、ここは日本じゃない。オレたちも一介の高校生じゃない。伯爵という身分、そして事業を起こしている。子どもの世話は乳母がするものだ」


 リヴィオの言ってることは正論だ。いつか育児で意見がぶつかると思ったけど、こんなに早くとは……。


「でも愛情を感じながら育ってほしいもの」


「ああ……だから、セイラは無理しちゃいけないと思う。しばらくマリアに旅館の方を手伝ってもらって、家電や店の方はトトとテテに頼むというのではダメか?」


 私はでも……と迷う。


「お客様も待ってると思うのよ……」


「うん。待ってるだろう。だけど両方は無理だし、無理してほしくない」


 金色の目は真っすぐで、本当に私を心配してくれてるとわかる。……この目に見つめられると、弱いのよね。しばらく……しばらく少しだけ休暇をもらうことにしようと私は素直に頷いた。リヴィオは明らかにホッとした。


「で、双子の名前を考えた!」


「え!?どんな名前にしたの?」


「グレイの目の兄がノーチェ、金の目の弟がラビ」


「なんだか可愛い名前ね!良いと思うわ」


 ノーチェ!ラビ!と私は呼びかけつつ、二人の頬を優しく撫でた。リヴィオも嬉しそうに黒色の髪に触れて笑った。そして真顔になる。


「この容姿からもわかるように、魔力高そうなんだよな……自分で制御できないようなら、早めにエスマブル学園に入学させることになるかもしれないな」


「えっ!そんなの寂しいわ。私が教えるわよ!」


「オレは制御が難しかった。気持ちと力のバランスがとれるように学園へ行くことを決めた」


「………イタズラの度がすぎてヤンチャで手がつけられなくて入学したわけじゃなかったのね」


 リヴィオは明後日の方向を見る……あ、やっぱりそれもあるんじゃないの!?その反応で察する私。


「ま、まぁ、とにかく……まだ先だが考えておくこと、気をつけることは必要だ」


「わかったわ。リヴィオ、ちゃんと二人の父として色々考えてるのね。……私なんて、もう日々のことで手がいっぱいよ」


 そんなにひどい夜泣きしたり暴れるような子達ではなく、むしろ落ち着いた雰囲気の双子ちゃんなんだけど、私は知識は詰め込んだものの、実際にしてみるとなると……一つ一つが慣れないことで、オタオタしている。


 アンネやグレイシアがなんでも完璧に手早くしてくれて、自信がなくなってきた。任せたほうがいいのかな?と思うのに自分でもやってみたいし、母として何かしなくちゃと思ってしまう。


「そこはオレの役割として、させてほしい。セイラの一番の役割はこの子たちの傍にいることだ。それで本当に十分だと思う。まだわかってないような小さいノーチェとラビだけど、セイラがいると嬉しそうに見える」


「リヴィオ坊ちゃん、良いこと言いますねぇ」


 グレイシアがそろそろミルクの時間ですねと扉を開けて入ってきた。


「なっ!なんで聞いてるんだよ!?」


「セイラ様、最初はみんな自信がないものです。我々のスーパー乳母ナニーの家系でも修行中は落ちこむ乳母見習いたちがどれほどいるかと!このグレイシアも見習いの時のことは覚えてます」


「あなたでも?」


 そうですよといつもは厳しい顔つきのグレイシアが優しい顔になった。


「ゆっくり親になっていけばいいのですよ。子どもだけが成長するわけではありませんよ。親も共に子どもから学び、成長していくのですから。人が人を育てるのに正解もありませんから、あまり深く考えずに……大丈夫ですよ」


「そうね……つい私は正解を求めてしまうところがあるかも」


 答えがでない時。正解なんてない時。そんな時があっても良いのかな……と私はフニャフニャと泣き出した双子ちゃんを抱っこして思うのだった。

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