逃げる者と追いかける者

 エナが『花葉亭』にやって来た。久しぶりにやってきて………。


「ワインをボトルでちょうだい!後、お風呂の準備しておいてちょうだい!」


 なんだか荒れている気がするんだけど……?


「エナさん、おつかれですか?」


「いいえ!ぜーんぜん元気よっ!」


 私はいつものエナが気にいっている露天風呂付きの特別室へ案内する。


「お茶は良いわ。お酒持ってきて!」


「かしこまりました。お腹は空いてませんか?簡単なものならば、すぐ出せますよ?」


「じゃあ、つまみも出して!セイラ、ちょっとお酒に付き合いなさいよ!」


「私は今、呑めませんけど、それでも良いならば……」


 来なさいッと命令口調……すごく荒れてる。これはなにかあった……?


 テーブルにドンッと二本目のワインボトルが置かれた。


「あのジーニーはどうなってるのよ!?セイラは性格知ってるのよね?本当の彼はどれ!?」


 ど、どういうこと!?これは恋の話なの!?やはり噂どおりで、喧嘩でもしたの!?私はジーニーから聞いていないので、なるべく知らないフリをしようと決めた。


「本当の……とは?なんでしょう?なにがあったんですか?」


 つまみに出したチーズがグサリ!とフォークにやられた。あ、荒々しい。


「のらりくらりとこの美女のエナ様から逃げるのよ!?」


「逃げる!?」


 エナとジーニー……なにがあったのよ!?酔っ払い出したエナの話はまったくわからない。エナがハァ……と大きく溜息をついた。その憂いの姿すら、美しい。


「エイデンがねー、うるさくつきまとってくるから、ジーニーに恋人役を頼んだのよ」


「えっ!?恋人………役!?」


「でもそのうち、わたしに本気になると思ったのよ?こんなに魅力的なんだからっ!」


 私はえーと、つまり……と話しを整理することにした。


「エイデン避けを頼んだのは実はジーニーのことが好きで、気を引きたかったから……?」


 遠回りすぎる気が……。


「そんな大したものではないんだけど、誰もが夢中になるエナ様なのに、あいつったら、いつも平然としてるから、落としてやろうと思ったのよ!それなのに舞台に呼んでも、食事に行っても、耳元で囁いても、花束ありがとうって抱きついても………」


 すごい!百戦錬磨!技がすごい!私は思わず拍手したくなった。


「ダメなんだものおおおおお!」


 エナは逆に何をしても落ちないジーニーのことが気になってしまって、本当は恋に落ちちゃったのはエナ?……と思ったけど、口にしたら怒られそう。


 ジーニー、モテるわね。確かに表面的には優しいし、紳士的だし、気配りもできる彼はモテそう。確か学園の時も好きな子はたくさんいたと思う。


「自分の気持ちに素直になって、ストレートに行くほうがジーニーには良さそうかと……あの手この手を使うよりも……」


 私がそういうと、恋愛初心者は黙ってなさいっ!とピシャリと言われる。


 これは……ジーニー呼ぼうかな。私では無理。私は席を立つ。その瞬間、ドアがノックされた。


「エナが来てるんだって?」


「ジーニー!?……すごくタイミングいいわね」


「エナがわざわざ今日、花葉亭に行くって連絡してきたんだよ」


 ……来てほしかったわけね。もうこれは恋じゃないの!?私は席を外すわと苦笑した。すまないとジーニーは肩をすくめる。


「な、なにしに来たのよっ!」


 そうドアの向こうからエナの動揺した声がしたのだった。


 夜、ジーニーが私とリヴィオがいる執務室に入ってきた。


「今日はセイラ、悪かったね」


 すぐにジーニーは謝った。私は良いのよと笑う。


「エナはジーニーのこと………」


 ジーニーは困ったように笑う。


「たぶん好きなのかもね」


 じゃあ?ジーニーの気持ちは?と聞く前に彼は私とリヴィオを見て笑う。


「僕はリヴィオとセイラの世話があるから忙しいんだ。好意は嬉しいけどね」


 リヴィオが額に手を当てる。


「おまえなぁ………冗談はほどほどにして、本音はなんだよ?」


「僕には僕の理由がある」


「エスマブル学園長として後継者は魔力の強い子どもがほしいとかか?血筋とか?」


 わからないんだがとリヴィオが眉をひそめる。ジーニーはいつも通りの優しい笑顔で、まぁね。そんなところだねと言う。


「そんなものに囚われるおまえか?」


「リヴィオ、僕に自由は君が思っているほどないんだ。あの学園を守る義務がある。だからそう言われるのは心外だよ。強くてなにもかも手に入れていく君には僕は一生敵わない。現世だって前世だって君はいつもそうだよ」


 けんか?もしかしてけんかしてる!?私は冷や汗が出てきた。


「はあ?どういう意味だよ!?」


「……僕にも記憶がある。前世のね」


『えっ!?』


『ええええええ!?』


 私とリヴィオの声が重なった。


「誰なのかはナイショだよ。じゃあね」


 そう言うと転移装置に乗って消えた。青い光だけが残る。


「どどどどどういうことだよ!?」


「ジーニーはいつから記憶あったのよ!?私達の傍にいた人!?」


 でも確か、私は聞いたことがある。


 魂が近いものは来世でも傍に生まれ変わるって……だからきっと知っている人なのだ。


 私とリヴィオは顔を見合わせて出てこない答えを互いの表情の中で探したのだった。

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