初春の花
雪解け水が小川に流れ込む時期になった。
「うーっ……春っぽいのにさむーい!」
玄関掃除をしながら、ミラがそう言った。
「まだ朝は冬って感じの寒さよね」
私がそう言うと、ミラは本当に……と手にハーと息を吹きかけた。
「春になったら、転移装置を完成させて、天空の地へ行ってくるわ」
ちょっと近所行ってきますというような言い方に私は一瞬思考を止めたものの、えーと……と言葉を返す。
「私はついていけないけど……もう少し後じゃダメ?」
私の都合だから、とても申し訳ない気持ちになりながら、そう言うと、ミラが苦笑した。
「むしろセイラは置いていかないと、リヴィオがすごーく神経質になると思うわよ」
「……私もミラの力になりたいの」
「なーに、言ってるのよ!こうやっていつもセイラは力になってくれてる。ここに来て、心安らぐ場所を私にくれて、楽しくて、みんな優しくて、すごく感謝してるの!」
ありがとうとミラは言った。私、1人だけ一緒に行けないと思うと、寂しさもある。
「おはようございます」
可愛らしい声がした。私とミラは振り返る。小さな女の子だ。花売り?かごに春の花を入れている。
「こんなに朝早くにどうしたの?」
ミラと同じくらいの目線。女の子はニッコリ笑う。
「春を届けに来ました」
かごの中を見せられ、私は中身を見る。桃の花や黄色の花、クロッカスのように色鮮やかな花。早い春の花達はどこか健気な感じがする。
「お花を売りに来てくれたの?」
ニコッと幼い少女は笑う。フワンフワンとしたピンク色の髪の毛が笑うと揺れる。愛らしい子だった。
「せっかく摘んできてくれたのだから、買うわ。ちょっと待っててね。あ、ミラ、売店から……」
あ、わかったわ!とミラは売店に走る。子どもの好きなサニーサンデーグッズをあげようと思ったのだ。私は財布を取りに行く。
「おまたせー!」
あれ?女の子はいなかった。かごいっぱいの花だけが置いてあった。
キョロキョロと私は見回したが、いない。
「可愛いヤツ持ってきたわよ〜って……アレッ?どこ行っちゃったの?」
ミラが戻ってきた。私もわからないのよと首を傾げる。かごを持ち上げる。せっかくのお花だから枯れる前に、旅館に飾ろう。
「お礼を言いたかったのに……あら?」
私がふと見上げた視線の先にピンクの花が1輪木の枝に咲いていた。
「わあ!可愛い!旅館の桃の花が咲いたわね。ピンク色が良いわね!」
ミラが嬉しそうに言う。皆にも教えてあげようっと!と、スタッフの所へ行ってしまう。
……もしかして、さっきの女の子は桃の精だったのだうか?私とミラの会話を聞いて春を運んできてくれたのかもしれない。
春が来る。……どうか何も起こらず、ミラの本来の姿と力を取り戻せますように。そしてみんなが幸せになれますように。そう小さな桃の花に願いを込めた。
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