天空の地の呼び声
荒れ果て、崩れた神殿のような場所……その奥?何がある?何があったんだっけ?
ここは空が近い。この地では天候も気温もすべてコントロールされている。青い空のまま降る雨は虹を作り出す。キラキラと落ちてくる雫。
嵐、竜巻、吹雪、落雷など恐ろしい自然とは無縁で人々は守られてきていた。ここに住んでいれば怖いものなの何もない。誰もが夢見るはずの天空の理想の地。
そのはずであった。しかし今は誰もいない。いなくなってしまった。
棄てたのは誰だ?棄てさせたのは誰だ?
荒れた誰も住まなくなった天空の地だが、コントロールされた気候は常に繰り返されている。それは誰かの意思によって行われているようで、誰かが操っている。
管理され守られた『楽園』のような地はルノールの長が繋いできた地。あの地を『楽園』にし、コントロールしている存在がいる。何故忘れていた?
『会いに来れば助けてやろう』
その声は突然降ってきた。その言葉にギクリとした。聞こえないふりをしようとしたが、見えない手でこちらを向けと言われたように体が声の主のほうへ向く。
怖い……その言葉の主が発する呪いのような声が怖い。
幾重にも細い血管のようなものに繋がれた人の形をした物体が大きな結晶のなかにいる。銀色の髪、目は閉じているからわからない。女性か男性かもわからない。年齢も不明。
『辛かっただろう?ここへおいで。助けてあげよう』
優しい声が頭に響く。思わず一歩、足を踏みだしかけて………。
ガバッと私は跳ね起きた。ハァハァと呼吸が荒くなる。ここ……ここは!?どこ!?私は……ルノールの長ではない。
震える指で窓を開けた。朝の寒い空気が流れ込む。頭が冷えてくる。明け方の紫色の空が見えた。窓枠にもたれかかる。
あれはなんだった?今の夢は?呼ぶ声かまだ聞こえる気がした。覚えていそうで覚えていない夢と現実の狭間で、やがてなんの夢を見たかぼやけていってしまう。
「ミラちゃーん、テーブルと椅子を拭いてくれてありがとう!喫茶コーナーでなんか好きなもの飲んでいきなよ」
気まぐれに、旅館の喫茶コーナーの掃除を手伝うと感謝された。じゃあ、アイスティーと言うと、カフェインは子どもに良くない!と言われ、オレンジジュースを渡された……いや……えーと、子どもじゃないんたけどと苦笑してしまう。
仕事は楽しい。体を動かしていると、気になることや不安なことを考えずに済む。
「ミラ、一緒に久しぶりに温泉に入ってこない?今日は冬季限定の温泉になってるのよ。フルーツブレンド!みかん、ユズ、りんごの皮乾燥させた物をブレンドして入れてある浴槽も作ってみたのよ。試してみない?」
セイラがタオルを持って、ウキウキしている。最近は体調が良さそうだ。
「へぇ……入ってみたい!一緒に行くー!」
せっかく誘ってもらったので、温泉に入ることにする。試しに……とセイラは言ったけど、試さなくてもわかった。いい香りがしてきたからだった。お客さんが喜びそうと思う。
柑橘系の香りがして、いつもの温泉に特別感を与えてくれる。ゆっくりとお湯の中で手足を伸ばす。
「はー……気持ちいいー。こないだの木の香りも好きだったけど、こっちも好きー!」
私がそう言うとセイラもゆったりと入りながら、この香り、好評そうねと満足げだった。
「このブレンドした香りは売店でも売って、家庭でも楽しめるようにしたいのよねー。後、木の香りのほうも今、開発中で、木を家のお風呂に入れたら香りが楽しめます!ってする予定」
「セイラはすごいわ……温泉だけじゃなくて、お風呂に香りまで求めるの!?」
「その方がリラックスできるでしょう?」
いや……できるけど、こんな温泉すら珍しいのに、お風呂に香油意外の物でってすごいと思う。なにがすごいって……これなら平民でも気軽にお風呂を家で楽しめるからだ。
それに銭湯があるおかげで、そんなに高くないお金を払えば、皆が気軽に、大きなお風呂を楽しめる。
「人のために、よくするなぁって思って……」
十分、今のままでもいいのに、そこまでしなくてもって思ってしまうけど……。
「アハハ。ちょっと呆れてる?」
ポチャンッと天井から水滴が落ちてきて、お湯の中に入る。セイラはちょっと暑くなってきたわねと言って、半身浴にしている。
「最初は自分のためだったのよ……でもだんだん他の人にも、この幸せな時間を味わって欲しくなってきたのよ。欲張りよね」
「そのおかげで、皆、温泉の幸せさを味わえてるわ……私も……きっと王宮にいるキサも……トーラディム王国の人たちも。世界中の人を幸せにするってすごいと思うの」
「フフッ。世界はまだまだよ!もう少し増やしていって普及させたいわねぇ」
「野望は尽きないのね」
私が言うとそうなのよ!まだまだ尽きないわよと笑うセイラ。
私も誰かを幸せにすることができるのかな?セイラは幸せそうに笑っている。人を幸せにすることができる人はきっと自分も幸せじゃなきゃだめなんだなって温かいお湯の中でそう思ったのだった。
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