鬼の副団長と黒猫
「いらっしゃいませ。遠い所、お疲れでしょう」
私がニッコリ微笑むと、なぜか一瞬、怯む男。ダークブラウンの髪に褐色の目。そして高い身長と無愛想な顔は相手に怖い印象を与えるだろう。
「騎士団副団長と伺ってます。リヴィオがその節はお世話になりました」
ペコリと私がお辞儀すると、一歩下がる。……なぜ?しかも目を逸らされる。
「いや……別に……少しの間だからな」
あ、そういえばゼイン殿下を殴って退団したんだっけ?
廊下を歩きながら、ジーク副団長が私に尋ねる。
「リヴィオの奥方と伺った。……横暴で乱暴なやつは大変じゃないか?」
「え?そんなこと全然ないですよ?優しいですし、思いやりがあります」
「優しい!?思いやり!?」
な、なんでそんなに驚いてるのだろうか?
お茶と季節限定のさつまいも餡のミニどら焼きを出す。
「噂では聞いていたが、領主としてもやり手とか?」
「そうですね。領地経営の才能はすごいと私も感心してます」
「いや、奥方も、事業のやり手と聞いているが……もっと気性が激しい人だと思っていた」
「私がですか?」
……頷かれた。えっ!?私!?
「エイデンが言うにはリヴィオが唯一恐れ、敬っていると言っていた。フリッツはセイラさんじゃないと扱えないとか奥さんの尻に敷かれてるとか……」
いやいやいや……言葉に悪意を感じるわ。今度、エイデンきたら問い詰めよう。フリッツは通常運転でいつもどおり、余計なことを言い過ぎている。
「それなのに会ってみたら、穏やかで、驚きだ」
「まあ……どんなリヴィオだったんでしょう?エスマブル学園時代の彼は同じクラスだったので、知っていますが、騎士団時代は知らないんです」
「その場にいる全員を叩きのめすまで止まらない。どこかヤケになっていて、常にイライラしていた」
…………え!?ヤケ?イライラ?何があったの!?
「態度は常に生意気。新人のくせに先輩を敬うどころか倒しては喜んでいた」
………は!?
「ゼイン殿下がやってきて、皆が手加減して手合わせをしてやるなか、それを無視して楽しそうに追い詰めていくのはヤツだけだ」
その後、殴った事件も起こったと……。
「騎士団的には、まだ……公爵家のお坊ちゃんで世間知らずのコネで騎士団に入ってきましたってヤツのほうがマシだった」
確かに。
「えーと、すいません。なんか、リヴィオが迷惑をおかけしちゃって……」
なぜか私は謝りたい気持ちになる。副団長は私を上から下までジロジロ見る。
「よく黒猫を御せるな」
「私……特に何もしてないですけど……」
今のやつを想像つかないと言う副団長。
「騎士団をまとめるのも大変でしょう?どうぞゆっくりと温泉に入って疲れをおとりください」
とりあえず仕事で疲れているだろうと温泉を勧める。
「良い奥方だな」
副団長は目を細め、無愛想な顔を緩めた。私はその言葉をあまり言われたことがなかったので、照れて赤面してしまった。
その後、温泉へ行くと、サウナでリヴィオと出会い、我慢大会となったらしい。危うく副団長が倒れかけた所にスタッフが通りかかって、助けてきたと聞いた。
私は慌てて、氷水と冷やすタオルを持って行く。
「情けないな」
顔に冷やしタオルを当てて寝転る。スタッフがパタパタと団扇で仰いで涼しい風を送る。暗くなり、自己嫌悪に陥っている副団長。
「あの……なんだか、リヴィオって絡みやすいんでしょうか?割りとこうやって勝負を挑まれること多いんですよ」
シン……と無言になる。しばらくの間。
「公爵家、エリートの学園出身、歴代最高得点の入団試験、天才的な剣の腕前、計り知れない魔力の持主、見た目も悪くない……これで妬まないやつがいるなら見てみたい」
そう言った副団長にアハハとスタッフが明るく笑い飛ばす。
「それがどれだけすごいか私達にはわかりませんがねぇ……若旦那のリヴィオ様は良い人ですよ。貴族も平民も別け隔てなく扱ってくれるし、気軽に飲みにも誘ってくれるし、時々、旅館の手伝いをする姿やセイラさんを大事にしている姿は本当に素敵なんですよ」
スタッフがそして……と続ける。
「みんな、リヴィオ様のこともセイラ様のことも妬むより、大好きなんですよ!」
私は思わず目が潤む。スタッフが、これはみんなが言ってることです!と胸を張る。
「私達の主はこの国、この世界一だってね!」
「ありがとう……私の方こそ、良いスタッフ達に恵まれて感謝してるわ……」
私は思わずスタッフの手をとった。いえいえと笑われる。
「今の黒猫が皆の噂通りのやつなのか見てみたかったから来たんだが………なるほどな。自分が持つコンプレックスを克服する必要があるな」
そう自嘲気味に副団長は言ったのだった。
一方、リヴィオの方は……腑に落ちなかったようで、二人の騎士に尋ねる。
「サウナに入って、副団長と久しぶりに語ろうと思ったら、勝負を挑まれてしまったんだが……しかも退団してから、ここ数年、ずっと避けられてる。オレ、なんかしたか!?」
「うわー。なんでも持ってる人の無自覚って怖いですねー」
フリッツがそう言う。エイデンがウンウンと頷いた。
「あの時のリヴィオは史上最悪の状態だ。セイラ、頼むから、黒猫を解き放つなよ!?」
なんでだよ!?なんか悪口に聞こえるぞ!とリヴィオが二人にそう言う。
リヴィオが少しふてくされていたが、私に向かって、ニヤリと笑う。
「黒猫を飼えるのは世界で一人だけだからな。ちゃんと最後まで面倒みろよな」
見るわよと私は微笑んだのだった。
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