噛みつく黒猫を飼えるのは誰か?
「騎士団長の結婚式の日に、フリッツが言っていたんだけど、鬼の副団長って怖いの?リヴィオもやられてましたよーって言ってて、大丈夫だったの?」
そうセイラに尋ねられ、フリッツめ……また余計なことを口走ってんなと思う。
「大丈夫だった」
オレは一言で片付けておく。
……が、セイラはジイイイイイッとオレを見た。黒い目はすべてを見抜いていると感じる。
「まあ。良いわ。話したくないこともあるわよね。リヴィオがひどい目にあってたら、私も嫌だもの。聞かないでおくわ。その方がイライラして接客しなくてすむもの」
「は?接客!?」
「そうよ。今度、予約が入ってるのよ」
な、なんだとー!?オレは動揺を表情に出さないように気をつける。それなのにセイラは心得てるわよとばかりにニッコリ優しく微笑んだ。
「リヴィオ、大丈夫よ。嫌なら、出てこないで良いのよ。うまく誤魔化しておくわ」
じゃあねーと仕事へ行ってしまう。
副団長とはずっと会っていない。会う機会はいくらでもあった。それなのに会わないというのは……あっちが避けてるとしか思えない。
なんで避けてるのかは謎だけどな。
騎士団に入団したあの当時、オレはイライラして腐っていた………。あの頃を思い出す。
エイデンが新人騎士の初訓練が過酷なものであることを教えてくれた。
「第一、第二グループは全員医務室送りだってよ。なんでも先輩騎士に従うように、まず最初にぶっ潰される……っていう慣例らしいぞ。けっこうこれで騎士団を辞めるやつもいるってよー」
ふ~んと、オレは適当に相槌を打った。
「おいっ!リヴィオ……セイラがいなくなってから変だぞ!しっかりしろよ」
「……うるせーよ。それ以上オレに話しかけんな。訓練の前にオレがおまえをぶっ潰すぞ」
機嫌悪いなとエイデンがオレから離れる。セイラがいなくなったせいで確かにイライラしている。なんで何も言わずにいなくなったんだよ!もちろん恋人ではないが、友人であるとは思ってた。そんなに薄っぺらい仲じゃなかったよな!?セイラが王宮魔道士になると思っていたから、オレは王宮騎士団に入ったんだぞ!
「オイ!さっさと第三グループ!最終グループ、来い!」
副団長が呼ぶ。ダークブラウンの髪をした無愛想で怒鳴ってばかりのやつだ。対象的にホワイトアッシュの髪をした柔和な態度の騎士団長。
新人騎士たちは、先のグループがやられたとあって、誰もが前に出ることを嫌がっていて、出ていかない。
オレはスタスタと前に出る。さっさとめんどくさい訓練は終わらせて、シャワー浴びて夕食だ!
ヒュッと音をさせて、模擬刀を下へ振り下ろす。副団長がニヤリとした。
「へぇ……公爵家の坊っちゃんが一番に出てきたか。まぁ、入団テストは歴代トップだと聞いたが……まさかコネじゃないだろうな?鍛えてやるぞ!」
床を蹴って、オレに向かってくる。コネ?そんなもん、ないし、あったとしたら、どうだと言うんだよ?実力1つだろと笑う。素早い剣先を受け流す。繰り出される剣さばきは見事だけど……とオレはニヤッとした。単純すぎる動きだから読みやすい。
キンッと音をたてて、副団長の剣は宙を舞う。ピタリと喉仏に剣先を当てる。
「コネじゃねーよ。フクダンチョウサマ、新人だと思って、油断しすぎたか?」
「調子にのるな!全員!剣を持て!」
『全員!?』
先輩騎士達が声を揃えた。騎士団長がやりすぎたと止める。
「生意気な『黒猫』を躾ける」
最高だなぁとオレは残酷な笑みを浮かべる。ペロリと唇をなめる。その表情は他の騎士たちを怯ませる。
「かかってこいよ」
そう煽る。
「リヴィオ!自暴自棄になりすぎだろ!」
エイデンが止める。オレは無視した。セイラが学園からいなくなってから、退屈で仕方ない。
「オレに勝てるのはセイラだけだ」
女でありながら、このオレに勝つことがある。まるで先を読まれているような動きに自分の剣のリズムや流れを崩されて一本とられることが、ごくまれにあった。それがオレをワクワクさせる。もちろん他の教科もセイラはトップだ。あんなやつ、なかなかいない。
「おいおい……失恋でもしたかのような……」
ゲシッとエイデンがオレに蹴り飛ばされて吹っ飛ぶ。ガシャーンと棚にエイデンがぶつかり、倒れる。
「乱暴者だな。ほんとにカムパネルラ公爵家のお坊ちゃんか!?」
騎士団長がドン引いている。副団長がやれ!と合図を出した。飛びかかって来た騎士たち。オレは模擬刀を手に一本持ち、予備にもう一本を帯剣して戦う。
予想どおり、途中で一本折れた。二本目を使う。床には先輩騎士たちが苦悶の表情で這いつくばっている。
「もう終わりか?」
流石に息が切れてきた。それでもそんな口を叩いてオレは笑う。副団長と団長が模擬刀を構えた。同時に攻撃してきた。
呼吸を急いで整える。この二人同時はマズイか?……手の握力が疲れからなくなってきている。
オレの剣が初めて手から離れた。肩に剣を振り下ろされ、激痛が走った。ぐるっと体を反転させて、蹴り飛ばす。団長が吹っ飛ぶ。肩を抑えているオレの横から腹を横薙ぎに払ったような副団長の剣が当たる。思わず床に膝をつき
、腹を抑える。
すぐ立とうとした瞬間にガッと頭を掴まれて、床に叩きつけられる。足で顔を踏まれた。続けざまに蹴り飛ばされて、体が弾む。痛みで意識が朦朧とし、途切れた。
そこで、訓練は終わった。
最後まで立っていたのは、副団長のみだったらしい。
先輩騎士たちはオレと手合わせを避けるようになっていて、たいてい副団長か団長が相手をしてくれたが、時々、副団長は横暴な訓練をオレに命じた。城の周りを80周走らされたこともあったっけな……。
オレのこと、すっげー嫌っているなぁとは感じてた。たまたま城の廊下で宰相である父と副団長の会話のやり取りを聞いてしまう。
「公爵家の坊っちゃんのコネかと思ったらとんだ問題児をよこしましたね。宰相?」
「なんのことだ?」
父はとぼけている。語気を荒げる副団長。
「あいつは騎士団を乱すんですよ!」
「そう言わずに、黒猫をうまく飼うように頑張ってくれ。ちょっと今は荒れて噛みつく習性が出てるようだが、本来はそこまででもない。飼い慣らしてみてくれ」
ニコニコしながら父はそう言って、副団長の言葉を流して行ってしまったのだった。
それから言うまでもないが、ゼイン殿下を殴って退団し、セイラの護衛としてジーニーに呼ばれ……今に至る。
うん………若気の至りだ。セイラには騎士団での暴走は内緒にしておこう。呆れた顔をされるのは間違いない。
黒猫を飼えるのはたった1人だけだ。この世でたった1人だけだとオレは今でも思う。
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