夜空の星に音楽は響く

「音楽祭を開くんだけど、来ない?」


 アサヒがそう言った。フェンディム王国に住む双子は時々、私達のところへやってきては喋って行ったり、温泉を楽しんだりしていた。


「良いわね!楽しそうね」


 私がそう言うと、アサヒがチケット2枚用意しておくよと言った。


「おい?オレはなにもまだ言ってないが?」


 仕事をしていたリヴィオは書類から顔をあげる。


「セイラさんが来るって行ったら、リヴィオも絶対に来るだろう?」


 からかうようにアサヒは言うと、リヴィオの反応を待つ。


「行くけどな……なんだよ!?笑うなよ!」


 アサヒは口に手を当てて、クククと笑いを我慢しているが漏れている。


「いやー、セイラさんを大事にするのは良いことだよ〜!でも……どうしてもシンや黒猫とのギャップがあって、ごめんごめん!いや

ほんと、黒猫がデレてるって噂は本当だったんだなー!」


 ピッタリくっついて……とまではいかないけれど、確かに、前よりも心配性で、どこへ行くんだ?とか何するんだ?とか私の周りをウロウロしてる気がする。それが他の人には面白くて仕方ないらしい。


 音楽祭の日もそうだった。お風呂に入りつつ音楽を聴くという試みはとても楽しそうだった。


「長湯はするなよ?水分をしっかりとれよ?」


 男湯と女湯に分かれる時も注意を忘れない。ヨイチがそれを聞いて、クスクス笑っている。


「さあ、喋ってないで、温泉に行ってきて。他の人もいるけど、今日の余興は普段、お世話になっているセイラさんとリヴィオへのお礼も兼ねているんだ。いつもはそっちの温泉を楽しませてもらってるからね」


 どんな音楽祭になるのかしらと私はワクワクして、温泉へと足を踏み入れた。常にエンドレスサマーの夏の国なので、温泉は温めにしてある。


 ゆっくりと露天風呂に入る。石に肘を置き、頬をついてくつろいだ。チョロチョロと流れ落ちる温泉のお湯の音が心地良い。


 他の人達も集まってきた。夜空には星々がきらめいている。ふと、流れ星が流れた気がした。


 その瞬間だった。物悲しいリュートのような楽器の音が鳴り出す。文字が空中に浮かぶ。


 『紅葉』その文字が形あるものに変化する。パッと花火のように散ってゆく赤い紅葉。ヒラヒラと空から落ちてくる。お湯や伸ばした手に触れると消えた。


 その間も音楽は優しく奏でられている。


「うわぁ!見て!あれ!」


 他の人が指さした方を見ると白い鳥が舞うように夜空で踊っている。パッと消えたと思ったら、雪になって落ちてきた。ゆっくりゆっくり落ちる雪。


 拍手が起こる。私も手を叩く。まるで雪景色を見ながら温泉に入っているかのようだ。


 『桜雨』桜の花びらが落ちてきた。懐かしい……音楽と共に見せてくれる幻影は美しく、ヨイチとアサヒが使う力は戦いのためにあるわけではなく、二人はこうやって楽しみたいだけなのだとわかる。良い力の使い方だわの花びらを手で受け止めて思う。


 『花火』パパパッと花火があがる。華やかなのに……どうして涙が出るんだろう。私は気づいたら泣いていた。二人の見せる四季は美しくて懐しい。


 ヨイチとアサヒは日本に帰りたいのかもしれないとふと思った。二人は帰りたくないと言っていた。でも帰りたくないと心の底から思ってる人が……こんな表現をできるのだろうか?


 ゆっくりとした時間が流れていく。


 花火の最後の光と共に音楽は止まる。拍手は鳴り止まない。夜空に人々の歓声と拍手は響いていく。私も手が痛くなるくらい拍手をした。


「セイラさんに少しでもリラックスしてもらおうと思ったんだ」


 ヨイチがお風呂から出て、私が素晴らしかったと話すと、そう言った。


「ありがとう。なんだかとても懐かしくて泣けてしまったわ」


「フェンディム王国も少し余裕が出てきたんだ。魔物たちが減ってきたからな。力をこうやって楽しい時間に使えるなんて、最高だ」

 

 アサヒがそう言った。


『楽しいこと好きの怠け者なんだ』


 そう双子の少年たちは声を揃えた。そして顔を見合わせて笑っている。私は目を細めて微笑んだ。


 そのうちサウナもしっかり入って出てきたリヴィオがやってきた。私達は冷たくてシュワシュワとしたぶどうのジュースの炭酸割りを飲んでいた。


「すごかったよ。なんだか日本を思い出した。ありがとう。お風呂で音楽祭なんて良い案だな」


 褒められた双子の少年はにっこりとした。


「ねえ。リヴィオに聞いてみたかったんだけどさ」


 アサヒが言う。リヴィオがなんだ?と髪の毛を拭きつつ返す。


「リヴィオはシンヤの記憶があるんだよね?帰りたいとか思っていたんだよね?」


 ヨイチの言葉に。リヴィオがちょっと思い出すように上を向く。


「そりゃそうだろ。カホのためになると信じてこの世界で役目を果たしていた。帰りたいと……うん、帰りたいと思っていた。でもこの世界も嫌いじゃなかったな」


 そっか……と二人は何かを思うように呟いた。


 もしかしてヨイチとアサヒが帰る時がくるのかもしれない。だけど、この二人がいなくなったら、寂しくなってしまうわねとそう私は思ったのだった。


「あっ!セイラ、顔が赤くないか?のぼせてないよな?」


 リヴィオのまた心配する声に双子が半眼になった。


「いいかげんにしないと、セイラさんにしつこいと怒られるよ」


「心配も度が過ぎるとめんどくさいやつになるぞ」


 リヴィオが体を心配してくれたり労ったりしてくれているのが、わかっていたので言えなかったけど……ヨイチとアサヒの意見に賛成の私だった。


 それからリヴィオは少し心配することを控えめにしたのだった。

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