坊ちゃまの乳母
「えっ?乳母!?」
「はぁ?なんで驚いてんだ?」
私の驚く声にリヴィオが形の良い眉をひそめた。そしてしばらく考えて、彼は言う。
「まさか……セイラ、あっちの世界の日本式の育児をするつもりだったのか!?……いや、でも、まぁ、したいというなら、止めないけどな、一応貴族の子供っていうのは乳母がいるんだ。おまえだって、ここの世界ではいたはずだぞ?」
図星だった。私の育児のイメージというものは、あちらの世界の方をイメージしていた。自分が貴族であるということを忘れがちになる。リヴィオもシンヤくんの記憶はあるが、公爵家という超お坊ちゃんなので、どちらかというと……こっちの世界の方の育児の発想なのかな。いや、私がおかしいのかしら?
「そ、そうね……貴族だったわね」
「自分で育てたいというなら、それもそれでいいが、やはりオレたちは仕事が忙しいし、伯爵の称号をもらっているからには、やるべきこともある。寂しい思いをさせるくらいなら、きちんと生まれたときから乳母がいたほうかいい…………って、言われた」
「言われたのね!びっくりしたわ!リヴィオがそんな考えをいきなり言うから……」
カムパネルラ公爵家から……つまり彼の母のオリビアに言われたらしい。
「カムパネルラ公爵家が世話になっていて、オレも育ててもらった乳母がいる。信頼できる者の方が良いからな。どうする?………って言っていた」
オリビアが心配してくれているのが伝わってくる。私はこういうことに疎いからとても助かる。
「えーっと、じゃあ、お願いします」
「……やり手の乳母だ。ほんとにほんとに頼むんだな?」
「えっ?……ええ」
「はー……わかった……」
自分から言ったわりに、やけに念入りに確認し、リヴィオはため息をついた。どういうことなのかしら?
……と、思ったら数日後に挨拶に来たことで理由がわかった。
「はじめまして!アンネと言います。先祖代々、カムパネルラ公爵家や王家には乳母や家庭教師を務めさせてもらってます!わたしたちはスーパー
その若い女性は帽子を被っていた。明るくてハキハキしていて、楽しそうな人だ。良かったーと私はこちらこそお願いしますと挨拶した。
スーパー
その後ろには歳の割に、ビシッと背中を伸ばした背の高い厳しそうな老婆がいた。質素な緑色の長いスカート、立ち姿は威圧感がある。
「リヴィオ坊っちゃん!一番上のボタンを止めなさい!服装の乱れは心の乱れですよ!」
「な、なんで一緒に来てるんだ!?」
「いけませんか?」
いや、いけなくはないけど……と、珍しくリヴィオが怯んでいた。
「えーと、どうしたの?」
「オレの幼い頃に
「あら、そうなんですね。はじめまして。これからよろしくお願いします」
私を見ると真っ白な髪を乱れ一つないまとめ髪にしたグレイシアはニッコリと私に満面の笑みを浮かべた。
「リヴィオ坊ちゃんの奥様になられるなんて、さぞ心広い方なのだろうと察します。カムパネルラ公爵家からも頼むと何度も言われて参りした。私達がいるからにはご心配はいりません。お任せください」
「わ、私達ってグレイシアもか!?」
「そうですとも!リヴィオ坊っちゃん!」
リヴィオは微妙な顔をしつつ、一番上のボタンを素直に止めている。なんだか、こっちまで背筋が伸びてくる。
「しっかりされていて、とても心強いわ」
「私達の教育係でもあるんです。怖そうに見えますけど、基本は優しいから、大丈夫ですよ」
アンネが私にヒソヒソとグレイシアに聞こえないように、耳打ちする。
今日はご挨拶まで……と言ったので、私はよかったら温泉に入りませんか?と誘う。
「温泉?」
「温かいお風呂です。リラックスできますよ」
二人は興味を示し、旅館の温泉に入浴した。お風呂から出てくると称賛の嵐だった。
「健康に良さそうです!」
「素晴らしかった!これはまた来るのが、楽しみです」
「他の乳母にも勧めてみます。これは日頃の疲れもとれそうです」
喜ぶ姿に私も嬉しくなる。
「子供相手はなかなか気が抜けなくて、大変な仕事でしょうね。また気軽にいらしてください。私もそのほうが相談できますし」
アンネがありがとうございます!と返事をする。グレイシアがもちろん、いつでもなんでも相談してくださいと言う。
「あの、リヴィオの小さい頃の話もできれば教えてください。とても楽しそうなエピソードがありそうだもの」
私がそう言うと、グレイシアは『おまかせください』と、にっこりと笑ったのだった。リヴィオのやんちゃな姿を追いかける若かりし頃の乳母との戦いを想像すると話を聞くのがとても楽しみだった。
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