天空の地を捨てる日はきたりて

「私が生きている間は守れる。しかし私の命は永遠ではない。またルノールの長になれるだけの力を持つ者もいない」


 ルノールの民は比較的力が強い。だけど長になりこの天空の地を守れるほど強大で神に匹敵する者はいつしか生まれなくなった。だから私が生まれたときは民人達は狂喜するほどだったらしい。


「ちょうど、世界の戦が落ち着いてきた。そのかわり黒き魔物たちが闊歩する世界になってしまったけれど……ルノールの民が密やかに地上へ降り、人の戦に巻き込まれずに済むタイミングは今でないか?と思う」 


 皮肉なものだった。自ら作り出した魔物によって悩まされ、滅ぼされてゆく地上の者達。それによって戦は終わった。


 静かに聞いていた民が手を挙げる。


「住む場所はどうなりますか?」


「トーラディム王国が提供してくれる。光の鳥の王がルノールの民を守ると約束してくれた」


「トーラディム王が我々を利用したいだけではないのですか!?」


「そうだ!そうだ!」


 私はゆっくり大きい広間を見渡す。そこに、収まるだけの民の数になってしまったのだ。


「ここに……この地に最後まで残ってくれた民たちには感謝しかありません。私を信じて、ここで暮らしてくれてありがとう」


 ルノールの民の力が欲しく、他国から狙われ、攻撃された天空の地を捨てて出て行く者達が多かった中、残ってくれた人達だった。


「それは守ってくれた長へ我々が言うセリフです!」


 跪いて、頭を下げる人々。私はその姿に泣きたくなる。最後の長としてみんなを守りたい。この選択は正しいのかわからない。目を閉じる。


『君が選んだ選択肢は僕が半分その重みを背負うよ』


 そう言った彼の声を顔を瞼の裏で思い出す。トーラディム王。どうか私がこの重い責務に負けてしまわないように力を貸してほしい。そして彼を信じたい。


「今なら、ルノールの民は迫害されないでしょう。そのような余裕は魔物によって地上の者達は失われています」


 魔物の装置を破壊できるかもしれないのにしない。そんな罪を私は背負う。民たちのために。滅ぼされてゆく国々を人々の苦しみを見ないふりをしている。


 しかし……いつか……魔物の装置を破壊する。私の命を賭けて、それを約束するから、今は許して。ごめんなさい。私は私の民を守らねばならない。


 力の強さゆえに狙われるルノールの民人たちを安全に地上の民の中へ潜ませるには今しかない。


「長が決めたことなら、ついていきます」


 そう皆が最終的に言った。残る者は誰もいなかった。魔物がいる間は平和に過ごせるかもしれない。いなくなれば、また人はきっと戦を始めて、ルノールの民は狙われる。堂々めぐりの歴史。


 そうして私達は天空の地を捨てて、地上へ降りた。


 光の鳥の王は約束どおり守ってくれた。トーラディム王国は光の鳥の守護により魔物の侵入は少ない。


「大罪ね……他の国の人々を犠牲にして自分の民を守る私は……」


「それを半分背負うと言ったはずだよ」


「なぜルノールの民にここまでしてくれるの?」


「光の鳥が君のことを好きになってしまったからかな?……なんて、嘘だよ。僕が君を助けたかった。それは出会ってから、ずっと言ってる」


 光の鳥の王に各国の王たちは、今までの戦に参戦しない臆病者だと非難していたが、手のひらを返したように、魔物から助けてくれと言われていることを私は知っている。


 この世界が辛くて、嫌気がさし、彼は苦しんでいた。放り出したいが、私も彼も人より魔力があるため、人より長い寿命を持っていて、長い時をこの責務を背負ってきている。


「どうか一緒にいてほしい。二人なら、苦しみも罪も半分ずつ背負える。君が命を賭けて魔物の装置をいずれ破壊する時には、僕も必ず傍にいて助ける」


 約束すると彼は言った。


 だから私達は時を超えて、また出会った。互いを一人にさせないために。罪も苦しみも半分ずつになるように。

 

 長い時を経て、魔物の装置を破壊できた時は本当にホッとした。約束をこれで果たせたと……もうすべてを投げ捨てて、眠っても構わない時がきたのだと。


 だけど、彼なのか光の鳥なのか?どちらかが、手を掴んだ『ここで終わるな。一緒に新しい世界を見よう』と。


 そして自ら捨ててきた天空の地に足を踏み入れることになるなんて、思いもしなかった。


 そして私とキサには今、心強い仲間たちがいる。きっと二人だけでは成し得なかった。


 

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