【カムパネルラ公爵家の三兄弟】

 久しぶりに夜会に私は出席した。青いドレスにふわりとしたチュールを合わせ、落ち着いたパールの入ったネックレスや髪飾り。


「これはこれは、お久しぶりです。ナシュレ伯爵の奥様でしたかね?お名前を忘れるところでしたよ」


 ……ん?私は違和感を覚えた。リヴィオはにっこりと笑みを浮かべた。


「妻が体調を崩しておりまして、ようやくこれたのです」


「その割に商売の方は順調で羨ましいですな」


 嫌味とも捉えられることをサラッと言ってアッハハ!と笑って去っていく。


「えーと、嫌味言われちゃったわね。私のせいかしら?あんまり社交界に出てないものね。恥をかかせちゃってる?ごめ………」


 謝ろうとすると、リヴィオが首を横に振った。


「違う。セイラの問題じゃないんだ。これはカムパネルラ公爵家の問題だ」


「えっ!?公爵家の!?どうしたの?」


 ざわりとざわめく人達。その皆の視線の先に現れたのはレオンとステラ。ステラはずいぶん大人の女性らしくなり、美しく、夜会のお客様達に挨拶をしている。


「カムパネルラ公爵家を妬むやつらがいる。レオンが王女の夫となったことで公爵家と王家との繋がりがさらに強くなった。それを面白く思わない貴族たちがいる。そうなるだろうとは予想していた」


「じゃあ、今のは……」


「オレに向けて嫌味を言ってる。気にするな……だが、嫌がらせに気をつけてくれ。オレやレオンはまだ良いんだが、王宮で仕事をしているアーサーは大変だ」


 そうリヴィオが言う通り、アーサーへの風当たりは強かった。私がたまたま横を通りかかろうとした時、耳に彼らの会話が届いた。


 アーサーは何人かの貴族に囲まれていた。


「カムパネルラ公爵家は今が最高だね。君が継いだら落ち目になるんじゃないかい?」


「弟達のほうが優秀なんじゃないかね?聞けばナシュレの領地は潤い、豊かになっているとか」


「いやー、しかし王女も面食いだなぁ。顔で君の弟は落としたのかい?」

  

 意地の悪い会話に笑い声。アーサーは無表情で「そうですか」なんて返しているが、顔色はいつもより青白い。


「カムパネルラ公爵家に生まれついたというだけで、君らは人生楽して生きれて羨ましいよ」


 私はカッとヒール音を鳴らした。アーサーを囲む貴族たちの視線が私に向いた。パチンッと扇子を閉じる。


「その言葉、どうしても我慢できませんわ。私がカムパネルラ公爵家の方々を庇うと身内だからだろうと思われるかもしれませんけど、カムパネルラ公爵家の人たちは貴族としての義務を果たそうとする方々です。けっして楽などしていませんし、心優しい人たちばかりです。私も何度、助けられたかわかりません」


「なんだ!?このっ!女のくせに!生意気だぞ」


 一人の貴族がそう言った時だった。私が言い返す前に後ろから声がした。


「女のくせにですって?おかしな話ですわ。女王陛下も女性ですわよ。あなたは女性だって活躍する国に住んでいましてよ。その言葉は陛下やこの国を貶める言葉に聞こえますわ」


『ステラ王女っ!』


 冷たい眼差しを王女はアーサーを囲む貴族達に向けた。


「セイラ様、お久しぶりです。お体はもう大丈夫ですの?母から『体を労るように』と伝えてほしいと言われてますの」


「ありがとうございます。もうすっかり元気なんです」


 やれやれと言いながら、明るくレオンが会話にひょっこりと入ってきた。

 

「まったく、君たちは気が強くて、心配になります。でも強い心を持つ彼女たちは魅力的ですよね」


「レオン、なんで褒めてんだよ!?そこは止めろよ!?」


 リヴィオまでやってきてしまった……。さすがにカムパネルラ公爵家の三兄弟が集うと、アーサーを囲んでいた貴族達は気まずくなり、逃げようとした。

 

 レオンがにっこりと笑って言う。


「全貴族の顔と名前を覚えていますからね」


 その一言を放った時、笑顔なのにゾクッとした。なんか……すごく怖い!


 貴族達がいなくなると、アーサーがハァ……とため息をついた。


「おまえ達、心配してくれるのはありがたいが、余計なことをするな」


「ですが、僕たちの中では、一番常識人で大人で相手に酷いことをしない……といった点で、アーサー兄さんが一番嫌がらせを受けているでしょう?」


「レオン、そう思うなら大人しくしろよな」


 リヴィオが笑うと、レオンとアーサーが、バッとリヴィオを見て声を揃えて言う。


『リヴィオには言われたくない』


 なんでだよ!?とリヴィオが言うが、二人の兄は取り合わない。そりゃそうだろうと私までコクコク頷いた。


「楽しいご兄弟ですこと!」


 クスクスとステラ王女が笑った後、真面目な顔で私達を見た。


「わたくしとレオン様の結婚により、迷惑をかているようで心苦しく思います」


「別に大したことではありません。王女が気に病むことではなく、我々はやり返そうと思えばやり返せる力はあるが、あんなバカどもに労力を使うのがもったいないだけですから、ご心配なく」


 アーサーが抑揚のない声で、そう言う。そうですよとレオンも続けて言う。


「本気になれば、あんなやつらの家を潰すくらいなんてことは……いえ、なんでもありませんよ」


「まあ、アーサー、やろうと思ったら声をかけてくれよ?オレも楽しいことに参加したい」


「おまえだけは呼ばない!」


 ピシャリとリヴィオはアーサーに断られ、なんでだよ!?と本日二回目の言葉が出た。


「カムパネルラ公爵家の三兄弟は怒らせない方がいいみたいね……」


 私が言うと、ステラ王女もそのようですわねと頬に手をやった。


 後日、アーサーに嫌がらせをし続けた貴族の家になにやら不幸な事件が起こったとかなんとか噂で聞いた。リヴィオは『なんでオレに言わないんだよ!?』とアーサーと連絡球で会話していた。『レオンもおまえもやり過ぎるから嫌だ!』と叫ぶような声がした。長男アーサーは嫌がらせの貴族達よりもきっと弟達の方に手を焼いているのではないだろうか。


 私は聞こえないふりをしていたが、なんのかんのと仲の良いカムパネルラ公爵家の三兄弟に、フフッと笑ってしまったのだった。




 

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